041話 行方 / 前編
皆が鍛錬に励む一方。リンゴは相も変わらずボールとラックを探して回っていた。各階隅々を探し回り、彼女は昇降口前で腕を組んだ。
「並んで明らかなあの身長差よ。ひと目見たら絶対分かるのに……あと二人が行きそうな場所は図書館なんだけど、そんな所で特別授業なんて……」
するわね――そう結論づけたリンゴが学園を出ていく。
「特別って言うくらいですもの。この場所以外で授業をすることだって、あり得なくない話だわ」
かつかつと図書館に向かってゆくリンゴ。道程が真っ直ぐであるが故、周りを見ずとも足を運ぶことが出来てしまう。その為に彼女は知らなかった。
「にしても、どうして学園に戻るんすか?」
「だよな。普段は図書館の一角を借りるのに」
ローゼと会話する二人とリンゴがすれ違っていたことに。
「大掛かりだそうよ? 今回の特別授業。だから自由に空間を使える実技室を選んだみたい」
「そういう意味でも手が離せねえのか」
「俺達の為にそこまで――!」
感心の色をみせる二人。特にラックは顔から喜びを溢さずにいられないようだ。浮足立っている彼に反して、ボールは歩いた道の方へ目を向けていた――図書館に向かってゆくリンゴを見つけたのだ。
「あいつが図書館なんて珍しいな」
「おいボール? わざわざ見つかりに行くような事するか? また色々言われるぞ?」
「……それもそうか」
ボールが横目で見ていた事も露知らず、リンゴは図書館へ入っていく。
「お疲れ様です。スペルク大図書館へようこそ」
「あの、ここで男子生徒二人組を見かけていませんか? 身長差あって、小さい方が黄色い髪で――」
「ラック君のことですね、見かけましたよ。それこそついさっき、ローゼ先生と一緒にここを出たばかりですよ」
「なんですって?」
リンゴは真っ先に図書館の外へ顔を出した。しかし景色は、芝に敷かれた石畳の一本道が広がっているのみ。彼らの気配は微塵も感じられなかった。
ローゼについてゆくボールとラックは昇降口を通り抜け、すぐの十字路を左――魔導専攻の実技室がある方へ進んでいった。
「実技室で何するんだろーなあ……」
「おいおい。どこの実技室か分かんねえのに先に進むなよな」
鼻歌交じりで列の前に出たラックがぐんぐんと先へ。お構いなしに階段を降りてゆく彼を見やるボールが最後尾で息をつく一方、間にいるローゼはうんともすんとも言わないまま歩いていた。
「まあ、あの先生は大人しそうだもんな。騒がしいあいつを叱るのは――?」
思考に更けていたボールの頭が突如止まる。
「険しいな、今の顔」
何気なく目に移ったローゼが踊り場に差し掛かった刹那、行き先を見つめる表情に生気が無い――気がした。
「どうされました、ボールさん?」
目を合わせてきた彼女は、図書館で見た柔らかい笑みを携えている。
「いえ。なんでもないです」
今見たかもしれない表情を振り払うように首を振ったボールは再び歩き出した。眼前から離れたラックの高揚感に、張り詰めた空気をまとい進むローゼ。二人の相反した雰囲気について行く程、ボールの背筋がこそばゆくなる。だが、せっかくの機会を逃すのは惜しいという気持ちが勝ってか、彼の足は自然と動いた。
「こちらですよ」
戸を叩きながら言ったローゼ。引き戸を開けたと同時にラックが彼女の間を割り室内へ。
「ったく、興奮しすぎだろ」
「それほど楽しみだったのでしょう。さあ、どうぞ?」
開けた戸を押さえている腕で入室を促すローゼ――表情に影はない。
「私の顔に何か付いてますか?」
「いや、別に――」
「なあ先生! ルベン先生いないっぽいんだけど!」
「は?」
声を投げたラックに向かってボールは足を運ぶ。彼がいる実技室内は、今入ったボールを含めた二人以外誰もいない。
「どっか取りに行ってるんじゃね? 授業で使う物とか」
「かもな。席について待ってれば良いな! 先生――」
ローゼがいたであろう場所に視線を移すが、いない。彼女が立っていたはずの戸も閉められていた。
「先生? どこに行ったんだ?」
人の気配が消えた室内を見回す二人。ここに来るまでに感じていた空気の緊張が、ボールにはもちろん、ラックにもぴたりと横たわってくる。
「しかも、なんか寒くなってきてね? 冷房利かせすぎじゃねーか?」
「いや冷蔵庫並みだろ。一旦出――」
そうして踏み出そうとした足はびくともしない。見れば足元は氷に包まれていた。
「なっ……はず、れねえっ!」
いくら動かそうも払えない氷がボールの両脚を蝕めば、氷は否応なく腰・腹・胸へ迫る――確定的な予感と掴んで離さない緊張がボールの心臓をも締め付ける。
「こんなんっ……出来ねぇよっ! 俺じゃどうにもっ!」
「落ち着けボール!」
頭を抱えるしかなくなったボールに飛び込んだラックの声と手。ボールの肩を掴んだ彼が穏やかに、かつ強い表情で何かを訴えてくる――氷が彼の喉に迫ろうとも。
「ぜってぇ許さねえ。一人で勝手に――!」
氷に閉ざされたラックの言葉。しかしその続きは、ボールの頭で確かに響いたのだった。
「おう、諦めたりしねえ――」
決意を口にしかけたボールの意識は氷に閉ざされた。
冷え切った実技室の戸を開ければ、中心で、真っ白に反射する二人の生徒。それを見て膝から崩れる者と、無表情のまま佇む者。
「よくやったな」
佇んでいた者は崩れ落ちた者の頭に手を置いた後、生徒に歩み寄りながら杖を振るう。いくつもの光の線が床を這い、生徒を中心とした魔法陣が出来上がった。だが魔法陣は8の字の如く円が二つ接着している。生徒それぞれに設けられた小さな円達が発光すると、それは跡形もなく消えた。
「これで良い」
呟いたその人が実技室から去ってゆく……。
「待って下さいっ!!」
その人の歩みを止めたのは崩れていた膝を伸ばし立ち上がった者の声だった。
「これっきりなんですよね? ルベン先生」
きっと唇を噛み締めて見つめる先のその人――ルベンは端でも分かるほどの嫌悪を表情にしていた。何故聞くのかと言わんばかりの彼に相手は言葉を続けようと噛み締めた唇を薄く開く。
「思えないのです。あなたのその顔を見てしまうと」
「……何を言っているんだね、ローゼ君」
言われたルベンが大きく息をつくと、言葉を放ったローゼの下へ歩を進めてきた。
「彼の魔力があれば完成するのだよ。究極で完璧な私がね」
「ですがあなたは何事も追究される方です。それほどの方ですから――」
「この私に言及するのか!?」
怒号と共に突き立てられた指がローゼのチョーカーを光らせ、苦しめてゆく。
「いいか、君がするべき事はただ一つ! 私に従うのみだ! 決して口を出すな! この私を型にはめようとするなッッッ!」
怒鳴り散らしたルベンは息を整えながら、どさりと床に伏したローゼを虚ろに映す。
「行くぞ」
ルベンはそう吐き捨て、起き上がらないままのローゼから離れていった。一人残された彼女には、二人の生徒を襲った冷気が締め付けてくる。それを和らげるはずの太陽も、素知らぬ顔で傾斜していた。
「そおおおいっ!」
すっかり日が傾いても、魔導学園内ではそこかしこで武器や魔法の振るわれる音がする。リュウが一声と共に槍を振り抜くと、その軌道と同じ形の刃が出現しては打ち込み台を
「技の勢いも上々! 完成してきたわね、リュウ!」
「本当? なら良かったよー」
「だけど峠は越えていないわ。動きながらでも安定した勢いで技が出せなきゃ完璧とは言えないわね」
「確かに。僕ももちろんだけど、相手も動くんだもんねー」
辺りを見回し始めたリュウの目には真っ先にマルーが飛び込んだ。
「こぉおおおおおおおいフェニックスぅうううううううううううううううっ!」
近くにいたマルーは未だ必殺技の言い回しを気にしている様子。一向にままならない進捗にレティが息をついた。
「もう、マルーったらそんなにフェニックスが大事?」
「大事だよ! 私のパートナーだもん!」
「パートナー、って何?」
「え、この言葉の意味知らないの? んーと…………なんて説明しようかな……」
「パートナーは、相棒みたいな意味じゃなーい?」
「そうだよそれ! リュウさすが!」
「じゃあつまり……」
マルーとリュウの会話を理解したらしいレティがもの問いたげに変わる。
「どうしたのーレティ?」
そうリュウが声をかけても思考にふけるままなレティ。静止するしかないマルーだったが、そんな彼女に向けてレティは指差した。
「あなたの相棒は、五大戦士の一人が従えていた守護生物。ってことで間違いないわよね?」
「守護生物って、何ー?」
「フェニックスの事を言っていると思うよ? リンゴの杖にいたキャニスも、自分の事を守護生物って言ってたし――」
「リンゴまで……あなた達って、まさか――!」
「ねえーーーっ! 三人共知らなーーーい!?」
レティが口を突こうとした刹那に響いた声。それに振り返ると、引き戸を押さえながら全身で息をするリンゴがいた。
「すごい汗だよ。どうしたのリンゴ?」
マルーに言われた滴る汗を腕で拭い、リンゴは止まる。
「いないのよ」
「何が?」
「いないのよっ! ボールとラックが!」
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