042話 行方 / 後編


「どういう事なの? 二人がいないって」


 告げられた内容に唖然とするマルー達。告げに来たリンゴは疲れ果てたのか三人の前で座り込んでしまった。


「校舎にもいないし、図書館にもいなかったの。もしかしたら二人共、犯人にさらわれちゃったかもって――」

「そんな……!」

「でもー、お昼にラックが言ってたじゃない。特別授業を受けられるんだーって」

「特別授業は普段、図書館でやるはずよ。でもリンゴのその話からすると、学園の教室を借りてやっていそうね」

「でもどの教室もそんな気配がなくて……とにかくお願い! あたしと一緒にボールとラックを探すの手伝って!」

「もちろんだよ!」

「練習どころじゃないねー」

「まずはこの園舎の最上階から最下階まで。四人でくまなく探すわよ」


 こうしてマルー達は、ボールとラックの探索に乗り出した。全員で同じ階の教室に目を凝らし、二人を見かけなければ一つ下の階へ――延々とこれを繰り返す一行だったが、一階にまで来ても彼らの行方は掴めなかった。


「残りは地下の、魔導専攻専用実技室ね」


 十字路の中心に集まった一行。レティが地下へ続く廊下を見据える中、リンゴから性根のない声が漏れた。


「行かなきゃ駄目なの、レティ?」

「当然でしょう――って、あなた地下は探していないの?」

「だって、あの暗がりよ? 背筋が凍ってしょうがなくて、なかなか進む勇気が持てなかったのよ」

「そういう意味でも私達を呼んだって訳ね」

「ええ。というか、分からない? この、嫌な予感というか、侵入させたくないって雰囲気が滲み出ている感じ?」

「分からなくはないわね。でもこの感じはいつ来てもそうよ」


 いつかは慣れるわ、とリンゴの心配を切り捨てたレティが地下へ歩き始めた。


「二人を見つける為だよ。行こう!」

「ごーごー」


 マルーは意を決して、リュウは間延びした意気込みを携えてレティに続く。呆気なく取り残されてしまったリンゴはやむなく三人に続くのだった。


 道のりには明かりを取り込む窓など一切ない。まとわりつくひんやりとした空気が四人の緊張感を高めていた。その感覚は階段を降りきっても変わらない。むしろ一人の声によってそれは密着して離れないものになってしまった。


「せ、先生っ!?」


 声を上げたのは一番前にいたレティ。すぐさま彼女と並んだ三人の目に飛び込んだのは、すっかり面変わりしたローゼが膝を落としたままこちらを見る様だった。


「大丈夫ですかローゼ先生! 何かあったんですか?」


 マルーが駆け寄って尋ねるも、ローゼは目を丸くしたまま何も喋らない――予告なしに現れたマルー達に動揺しているようにも見える。


「確か図書館の受付の人が言っていたわ。ローゼ先生がボールとラックを連れて行ったって」

「それであの様子って……」


 リンゴの言葉で思い立ったらしいレティがこの階全ての教室に目を通し始める。見渡した教室の数が増えれば増えるほど彼女の顔が徐々に焦りの色へ。


「やっぱりあの二人この階にもいないわ!」

「じゃあ、どの教室にもいなかったってことー?」

「なら先生があの状態だと――」

「事件の犯人に襲われて……」


 身を挺したローゼだったが無念にも二人はさらわれてしまった――そう全員が理解したその時だった。


「あの。何ですか? 事件って」


 絶句していたはずのローゼが吐き出した言葉に全員がきょとんとする。


「この学園で、何かあったの?」

「えっと。それは……」

「先生知らないんですか? 生徒が行方不明になってるって事件」

「知るわけないじゃないマルー! あたし達と学園長先生ぐらいしか知らない事なんだから!」

「あー」


 リュウの間が抜けた声で、口を滑らせてしまった事に気がついたマルーとリンゴ。この様子にレティは、やれやれと両腕を上げ、ローゼの耳を借りた。


「最近長い間欠席している教え子が多いんです。でもその欠席者は、研修へ行っているわけでも、実家に帰っているわけでもなくて――」

「もしかしたら誰かが生徒をさらっているのではないかと、そう結論がついたのね」


 でも、とローゼは、レティの頭に手を置いた立ち上がる。


「私が聞いたからには、私が何とかするわ。それに皆さん、もう最終下校時刻が近付いています。もしかしたらラックさんとボールさん、既に寮へ戻っているかもしれないわ」

「あれ? ローゼ先生がここに連れてきたんじゃないんですか?」

「いいえ。途中でルベン先生に引き渡したわ」

「じゃあどうしてここで倒れていたんですか?」


 何食わぬ顔で覗き込むマルーに、ローゼは薄い笑みを浮かべて頭を掻いた。


「恥ずかしい事に、早朝の無理がたたってしまって……しばらく起き上がれなかったの」

「それじゃあ、私達が稽古をお願いしたせいで――」

「大丈夫よ! 教え子の熱意に張り切って応えちゃうのが私なの。だから、気にしないで?」


 マルーの頭に優しく手を乗せながら、ローゼは階段の方へ足を運んでいった。


「とにかく、話してくれてありがとう。明日から皆は何も気にしないで授業を受けているのよ? 良いわね?」


 振り返り際に言ったローゼは顔に微笑を浮かべていた。その表情で、マルー達が感じていた背筋の冷たさを溶かしてくれたような気がした。


「先生の言う通りかもしれないね。二人共寮に戻ったんだよ!」


 ローゼを見送ってから始めに声を上げたのはマルー。帰ろう! と口にして彼女は先生と同様に階段を上り始める。


「そうかもねー。帰ろー」

「え、ちょっと二人共!」

「あたしも帰ったほうが良い気がするわ。門限までに帰っていなかったら、何も知らないフロウが心配しちゃう」

「それはそうだけど……」


 階段と廊下を交互にを見やるレティの目は、僅かに影が落ちている。その様に向かって大げさな息を吐いたリンゴは、ほら! と両手でレティの背中を押し上げるのだった。


「ここにもいないってことは結局手詰まりなんだから! 先生に従って明日からは大人しくしていましょ!」

「だけど……!」

「だけどじゃない!」


 けど! けどじゃない! と繰り返しながら、リンゴとレティも地下から抜け出した。一階に差す光は真っ赤に変わり、外は帳が落ちつつある。


「今日はもう帰るしかないのね」


 暗示のように呟いたレティは、マルー達と共に帰路についた。


 明かりの落ちた学園を抜け、門番しかいない正門をくぐり、外灯でまばらに照らされた道を急ぐ。そうして寮特有の赤い屋根が見えてきたところで、二つの見覚えある容姿が目についた。


「おばちゃん待ってーっ!」


 レティの声が届いたようで、寮の前にいた二人がこちらに振り返る。


「良かった! 皆さん早く! もう少しで門限の時刻ですわ!」

「分かってるわよー! おばちゃん止めておいてーフロウ!」


 はいっ! と小気味良い返事が聞こえたと同時に二つの容姿が取っ組み合いをし始めた。それを確認したレティがマルー達を追い上げると瞬く間に寮へ。その扉を開け放つ。


「三人共早くーっ!」

「ありがとうレティ!」

「急げー」

「ちょ、っと、待って! 皆ぁ!」


 煽られ、マルー、リュウが寮に駆け込んだ一方で、リンゴはおぼつかない足取りだ。辛うじて疲弊しきった表情だと分かる距離だが、あの速度では門限に間に合うか否やの瀬戸際だ。


「フロウちゃん……あんたの腕っぷしには、太鼓判を押してるけどね? ……あたしにはまだまだなんだよ!」

「きゃっ!?」


 フロウに両腕を取り押さえられていたおばちゃんは、片腕一つで強引にフロウを引き寄せ、持ち上げた。その間にレティは、自ら開けた扉を壁際まで押し込み取っ手を背中に隠す。行動を見たおばちゃんは、造作も無いと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「大人しく退いてくれないかいレティちゃん?」

「彼女が寮に入るまで、退くわけにはいかないわ」

「それでも門限は門限だからねえ? 困るんだよ。あたしの仕事を邪魔されるのはとーっても――」

「 タツマキ! 」


 おばちゃんがレティに手を伸ばしかけた時だ――寮内から聞こえた詠唱と同時に風の音が迫るとおばちゃんをつむじ風が包んだ。

 が、それは一瞬。もう一方の腕でその風は容易くかき消される。


「ほう? 魔法を覚えてきたのかい、リュウ君」


 寮内に向けた視線の先にいたのはリュウ。詠唱後の構えを保ったまま彼はこくりと頷いた。


「体験入学した甲斐があったってものだけど、その使い方は感心しないねえ」


 おばちゃんの矛先は寮内のリュウとマルーを捉えた。おばちゃんはフロウを手放し、ゆったりとした足取りで近付いてゆく――おばちゃんから離れられたフロウと取っ手を隠したままのレティは眼中に無いようだ。


「タツマキってのは、こんな威力なのさ!」


 横投げの如く放られた旋風は備品を巻き込みリュウ達を吹き飛ばした!



「はあ……はあ。あぁ間に合ったわ。ありがとうだけど、何なのこの状況?」

「おばちゃんの逆鱗に触れたようです」

「リュウが魔法を放ったおかげなんだけどね」

「魔法!? リュウが!?」

「そう。マルーも今日、雷魔法をこなせるようになったのよ」

「そうなの? ……」


 やっと寮に辿り着いたリンゴが中に入ってゆくと、散らかった物をいそいそと片付けるおばちゃんと、その先で伸びているリュウとマルーがいた。


「二人共大丈夫?」

「うー……ぐらぐらするー……」

「リンゴ見てよ! 私の髪型! もうぼっさぼさのばっさばさ!」


 あちこちに枝分かれしたまま浮かぶおさげを向けられ、息を吹き出してしまったリンゴ。それが波紋してか、近くのリュウもおばちゃんも、後からやって来たレティとフロウまでの顔も綻ばせてしまった。


「加減したつもりなんだけどねえ。いやあ悪いことしちゃったよ!」

「謝るのはこっちの方ですよ! 門限過ぎてたのに無理矢理入ろうとしちゃったから」

「大丈夫! よくあるから慣れっこな――ん? あれ?」

「どうしたんですか?」

「誰か見てないかいうちの寮の鍵! 腰に付けてたはずなのに無いんだよ!」

「もう、おばちゃんしっかりしてよ!」

「ですがこれは大事件ですわ! 早く見つけなくては――」

「あのー」


 辺りが鍵を探し始める中でリュウが手を上げる。そうして彼が掲げたのは、一つの円でまとめられた鍵の束だった。目撃したおばちゃんは爛々とした目でその鍵に飛びつく。


「まさかあんたあの魔法、気を惹かせる為だけじゃなかったのかい!」

「すぐ返すつもりだったんですけど……すみません」

「いやいや! これは一本取られちゃったねえ」


 あんたやる子だね! とにっかり笑ってリュウの背を叩くおばちゃんに、周りはまた破顔した。


「きっとあんたの連れもかなり成長しているんじゃないかい? この時間になっても全く帰って来てないんだから」

「帰って来てない……ですか?」

「そうですわ皆さん! 道中でラックさんとボールさんを見かけなかったのですか?」

「僕達は見てないよー?」

「そうよ! フロウこそここで二人に会ってないの?」

「会っていません。生徒会の後すぐここに戻りましたから。お二人がここに戻らない限り、目にすることはありませんわ」

「そんな事って……」

「じゃあやっぱりボールとラックは……」


 それっきり。マルー達が岩のように固まってしまった。それを見てフロウの表情も徐々に固まってゆく。


「まさか、何かあったのですか? お二人に」


 フロウの投げ掛けに応えもしないマルー達。

 徐々に重くなってゆく空気だったが、それを晴らしたのは一つの柏手だった。


「ひとまずお腹を満たしておいで! まだ夕飯はあるからさ!」


 言ったおばちゃんが身体全体で全員をまとめ上げると、形振り構うことなく皆を食堂に押し込めてみせるのだった。


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