043話 夜の魔導学園 / 前編
「さーあ召し上がれ! この世の全てに感謝して!」
マルー一行を同じ食卓に座らせたおばちゃんは瞬く間に食器と料理を配置してみせるとこう言い放った。しかし一行から返事が全く帰って来ない。
「何シケた顔してるんだい! はい手を合わせて! たーんと食べな!」
残したら許さないからね! と、去り際に告げたおばちゃん。だがこの言葉に反応する者はいない。
おばちゃんが用意してくれた席は律儀にも七人分だった。サイクロンズの分と、レティ・フロウ・ラックからなる三人組の分。だが席は全て埋まっているわけではない。
「帰ってこないね」
目の前の空席二つを見てぽつりと、リュウ。その声に顔を上げた者が一人。
「皆さん本当なんですの? ラックさんとボールさんがいなくなったのは」
問いかけたフロウが全員を見回すも、リュウ以外はうつむいたまま目を合わせようとしない。必然的に視線を交わすこととなった彼も下向き加減で口を濁す。
「下校時刻が迫っちゃって、戻るしかなかったから、本当かどうかは――」
「分からないというのですか!? 無事かどうかすらも!?」
フロウが両手を食卓につき立ち上がる。食器とマルー達の肩をびくりと跳ね上げたその音は、リュウを口ごもらせるには十分だった。
「本当に探したのですか!? 全員に徹底して聞いて回ったのですか! 敷地の隅から隅まで探し回ったのですかッ!」
「えっと、それは、……」
「ううん。してない」
全然してないよ、との言葉と共にすくと立ち上がったのはマルーだった。
「教室を見て回るのに必死で、全然人に尋ねなかったし、教室以外の場所を全然探してなかった。私達まだまだ探し足りなかったんだよ! なのにどうして私、諦めちゃったんだろう」
「マルーさん……」
そうして肩を落としたマルーを見て、フロウのつり上がっていた眉が下がってゆく。
「私達はただ、ローゼ先生の提案を飲んで帰ってきたまで。でも、正直私は、おばちゃんや先生に怒られてまでも、隅から隅まで二人を探していたかった。一刻も早く行方を知りたかった――!」
「それだったらあたしもよ! もっとちゃんと、いろんな人に話を聞いて回っていれば沢山手掛かりを掴めたかもしれないのに、あたしってば中途半端で――」
「レティ……」
「リンゴさん……」
うつむき膝上で拳を握るレティと、立ち上がったものの力なく座り直したリンゴ。こうしてまたも辺りは静まり返る。だが。
「探しに行くべきだよ」
この一言で全員が顔を上げた。
マルー達の目が捉えたのは眉を潜めたリュウ。彼の、彼女達を据える瞳には決意の色が伺える。
「僕達は事件解決の為に来てるんだから、その為に動いたほうが後悔しないって、僕は思う」
「うん、私もそう思う! 絶対リュウの言う通りだよ!」
「でも今からどうやって探しに行くつもり? 外の扉はさっき閉められちゃったわよ?」
「えーっとー……どうするー?」
真面目きった表情から漏れた締まりのない返事に、マルーとリンゴは思わず足を滑らせてしまった。
「だから! それをあんたが考えなさいよ!」
「でもこういう所がリュウらしいや!」
そう言って軽快に笑ったマルーが、リンゴとリュウの、そしてこのやり取りを端で見ていたレティとフロウの笑みも引き出してゆく。
「心配ありませんよ。方法はありますわ」
ただ準備は必要ですから――そう口にしたフロウは席に着いてはカトラリーを手にした。
「皆さん食事にしましょう。夜はこれからです。しっかりお腹を満たして、それから探索に向かいますよ!」
こうしてマルー達はようやく食事にありついた。テーブルいっぱいに置かれていた料理をあっという間にたいらげた一行は、すぐに部屋へ戻っては身支度を整えていった。
「――あった! はい、リンゴとリュウの武器!」
「ねえマルー。ただの探索なのにそんな物騒な物必要?」
「だって、犯人に会っちゃたらどうやって戦うのさ」
「戦わなきゃダメなの? 助けられるだけ助けてあとは逃げれば良いじゃない」
「それじゃあ解決してないよー。またさらわれる人が出てきちゃうよー?」
「そういうこと! ちゃんと退治しないと!」
言ったマルーは斜め掛けに剣を背負い、準備万端だ。
「てことで、今回の目標は、ボールとラックの救出と、犯人退治! 二人共武器は持ったし、忘れ物は無いよね?」
「ええ」
「うん」
「じゃあはい!」
と、突飛にマルーが片手を差し出してきた。いきなりの出来事に、差し出された二人は目を見開いて静止しているしかない。
「ほら! 二人も手を前に出して!」
早く! と促すマルーに渋々従う二人――そっと片手を前に伸ばすも痺れを切らしてか、マルーがその手を強引に引き寄せ自身の手に乗せた。
「はい! サイクロンズファイトおぉーーー――っ、オーッ!」
マルーは掛け声とともに大きく手を振り上げた!
しかし二人は彼女に冷ややかな視線を送っていた。
「何してるのよマルー! こっちにまで丸聞こえよ!」
「一刻の猶予も無いんですよ! 早く行きましょう!」
「……ですって」
「行こー」
部屋の外で待つレティらに告げられ、リンゴとリュウにはそそくさと部屋を出て行かれるのだった。
「皆待ってよー!」
マルーより先へ行った皆は階段を上っていた。後をついて行くと、初日の朝に通った農園のある屋上に辿り着く。
リンゴとリュウ、レティが並び立つ先、農園を前にしてフロウが立っていた。地べたに向けて小振りの杖を振るっている彼女はさながら卓越した指揮者のようだ。
「ねえレティ。フロウは何してるの?」
「私達を学園内に移動させるための魔法陣を描いてもらってるの」
「魔法陣?」
確かに、フロウの足下で、模様や文字らしきものを閉じ込めた正円が輝いている――これが魔法陣なのだろう。
「何が書いてあるんだろう――」
「触らないでっ!」
しゃがみ、手を伸ばそうとした刹那の一喝。
声の主はフロウだ。言葉を発したはずの唇はきゅっと結ばれ、あごからは玉のような汗をしたたらせていた。遠くから見ていた時の優美さは彼女の顔に一切なく真剣そのものだ。そんな姿に感心している間に、フロウは既に杖を下ろしていた。
「皆さん。出来上がりましたので、こちらへ」
一呼吸置いたフロウが、出来上がった魔法陣への道を開ける。ぞろぞろと入ってゆく皆を見てマルーは慌てて魔法陣の中へ。全員がいる事を確認したフロウも中に入り、杖を持ち上げた。
「時空魔法――」
唇が詠唱をなぞった瞬間、魔法陣が輝きを増した!
「 ワープ ! 」
そうして杖が一振りされると視界が純白に。圧が振動したかと思えば目の前は、暗がりに変わっていた。
「やりました! 時空魔法、成功ですわぁ……」
「フロウ!? 大丈夫!?」
「ええ、問題ありませんわ。つい張り切って、魔法陣を大きくし過ぎました」
ぺたりと座り込んでしまったフロウがはにかんでいる、と思う。さんさんと輝いた魔法陣の光にやられた為に視界がぼやけているのだ。
「暗くて分からないわね。今あたしのホノオで辺りを照らすわ」
背後でリンゴの声がすると、ぼう、と音が上がり、周辺が明るみになった。
十数人は川の字になって眠れそうな空間に、大きな書斎机と、奥に広がる大窓を挟み、左右に本棚が鎮座している。
そんな本棚の片側。衣類を吊るす棒状の家具に青紫の上着が掛かっているのが見えた。家具の頭にはジェントルハットが被されている。
「あの帽子、学園長先生のだ!」
「ってことはここって――!」
何かを言いかけた刹那に空間が明転した。
「君達どうやって入ってきたんだね」
背後から聞こえた学園長先生の声。ランプを持って現れたということは、恐らく学園を見回った後なのだろう。ランプを突き出した学園長は鋭い目でマルー達を見回している。
「剣に、杖に、槍と、ずいぶん物騒な物を持っているな」
「学園長! これには訳があるのですわ――」
「問答無用だ」
前に出たフロウに向けられたのは指揮棒の如き杖先。一秒も満たずに現れたそれは電流を
「とうに過ぎているだろう。下校時刻も、寮の門限も」
「ですけど、私達にはどうしても!」
「まだ言わせるのか?」
言った学園長の持つ杖はフロウの目と鼻の先――思わず彼女は足を引いてしまった。それに付け入った学園長がみるみるとマルー達に詰め寄ってゆく。
「あのっ! 話を聞いてください! 私達には理由が――」
「まだ食い下がらないか……それほど私を怒らせたいのかね」
「そんな、ことはっ! ただ、私達は――」
「やらなきゃいけないことがあるんです! だから帰るわけにはいきません!」
後込み始めたフロウの横に立ったのはマルーだ。彼女は大きな瞳で真っ直ぐに学園長を捉える。
「どんな理由があろうとも、時刻は守ってもらいたいのだがね、マルー君」
「今じゃなきゃ絶対ダメなんですっ! だからお願いします! 残らせてください!」
しっかりと頭を下げたマルーが動かなくなる。その様子に感化されてか、後の四人も「お願いします!」と共に頭を下げた。
「仕方がない」
良しとしよう、と思われた声色で全員が頭を上げた。だが。
「力業だ」
学園長は冷然とした面持ちで掲げた杖をマルー達に振り下ろした!
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