044話 夜の魔導学園 / 後編
学園長の逆鱗による雷撃で目をつむってしまった一行。だが、音が落ちて以来全く変化を感じられなかった――周りにも、自分自身にも。
「さすがは“お助け屋”、と言ったところかね」
拍手とともに響いた声色は、一行を追い出そうとした怒声と比にならないほど落ち着いていた。つむってしまった目を開けてみれば、穏やかに目を細める学園長がいる。
「あの、学園長?」
「どういうことですの?」
「ちょっとした度胸試しをだよ。大した用事じゃない子はね、私に声をかけられただけで帰っていったり、歯向かって来てもさっきみたいに脅しをかければ逃げ出すんだ。だけど、お嬢さんは逃げることはしなかったし、魔法にも動揺しなかった……余程の事があるからだろう? 私に立ち向かったのには」
「あの……話を聞いてもらえますか?」
ええ良いとも、と応えた学園長へマルーは、ラックとボールが未だに帰って来ていないことを伝える。
「なので、今から学園中を調べたいんです! 良いですか、学園長先生?」
「もちろんだとも。ただし、新しい犠牲者を出さない為にも今回だけで真相を掴みなさい。寮長には私が伝えておくから、探索には大いに時間をかけると良い」
「ありがとうございます! じゃあ皆! 早速調べに――」
「待ちなさいお嬢さん」
その場を発とうとしたマルーを呼び止めた学園長。振り返ってみるとその人は再び杖を構えていた。ただ、その杖先に宿っている光はビー玉のように小さく青いものだ。
「我願うは、加護と祝福。
そっと掲げた杖の光が弾け、星屑のように一行へ降り注ぐ。
「あの、この光は一体?」
「これは私からのお守りだ。探索の過程で君達の力になるだろう。行ってきなさい」
一行は学園長にお礼を言ってすぐこの部屋を飛び出した。見送った学園長はくるりと扉を背にすると、書斎机に据え置かれている電話機から受話器を取った。
「……おお出た出た。今、君のところの――」
「やっぱりあんたの仕業だね! うちの子ども達をどうしたんだい!」
「……泥棒扱いしないでもらいたいな、寮長」
「だって最近のあの子達遅くまで何かやってるし――今となっちゃ体験入学の子達まで巻き込んで! そんな子達とさっきまで妙な落ち込み方をしてた後のこれだからもう――!」
「心配ご無用。私がちゃんとついていますから」
「そうなのかい?」
もちろんですとも、とにこやかな声色の学園長だったが、面持ちは硬い。
「信じるからね? 帰ってこなかったら許さないよ!」
電話先から受話器を乱暴に置く音が響いて通話は切れた。彼も受話器をそっと置き、深く息をつく。
「何かあればひとたまりもないのは重々承知。だからこそかけた“お守り”なんだが……それだけで安心しきれないのは何故か」
そう紡いた彼の口元は、マルー達の前で語った明瞭さをすっかり失っていた。机に仕舞われていた椅子に腰掛けそれから、両手で頭を隠す。
「お嬢さんがつけていたあの腕輪。私の目に狂いがなければあれは――。そうすれば合点がいく。この場所で広がりつつある不穏の正体に」
両手を解いた彼の目に、マルー達が出ていった扉が映る。
「厳しい戦いを強いられるだろう。どうか無事でいてくれ」
学園長が祈る相手――マルー達はある先生の部屋の前にやって来ていた。
「ルベン先生! いませんかー?」
一行を率いているマルーが扉を叩くも、部屋の中から声は聞こえてこない。
「反応しないよ? もう寝ているんじゃない?」
「そんな事はありませんわ。先生は短眠だという噂ですから、この時間でも間違いなく起きています」
「短眠だからってこの時間に起きているとは限らないと思うけど……まあいいわ。こうなれば強行突破ね。時間は無駄に出来ないし」
と、肩を回しつつ腕をまくるレティに、いけませんよ! と叫ぶフロウ。止めに入ろうにも振り回している腕に遮られ迂闊に近付けない。そうしてフロウがもたついているうちに、レティは扉に手をかけた。
すると、がちゃり。扉のノブが小気味良い音を鳴らした。
「鍵掛かってないじゃないこの部屋。これはいい機会ね」
「レティさん!? いけませんよ入ったら! ――」
「って言いながら、フロウも入っちゃったよー」
「何やってるんだか」
「そうだね」
腰に手を当てて言うリンゴに、呆れを笑みに含ませたマルーだったが。
「ねえ三人共来て! 先生がいないの!」
レティの声がマルー達の姿勢を一瞬にして崩した。三人は声に引き寄せられるように部屋の中へ入ってゆく。
湿り気と薬品の香りが鼻をくすぐるこの部屋に、唯一ある大きな窓から月明かりが差し込む。本や資料、実験道具等がごった返した部屋には、レティが言った通りマルー達以外誰もいなかった。
「あなたの先生ってこんなにうっかりさんだっけ? 窓も開けっ放しよ?」
「そんなはずは……」
動揺を隠せない様子のフロウに飄々と話しかけながらレティは窓に鍵をかけている。その様子のすぐ先では僅かに煌めきが漏れている――?
「あれ?」
「どうしたのよマルー?」
「ねえリンゴ。向こうで何か光ってない?」
「……本当ね」
近くにいたリンゴも、マルーが捉えた煌めきを捉えたらしい。レティがその場を去ったタイミングで、二人は顕になった煌めきに近付く。
煌めきの出所は、彫刻のような飾り台に乗った円筒形のガラスドームから。それによく目を凝らしてみると、手の平程の女性がぐったりと横たわっていたのだった。
「大丈夫かな? だいぶ疲れてるみたいだよ?」
「そうね……」
「リンゴ、何か心当たりあるの?」
「そういうわけじゃないんだけど……でも、初めて見た気がしなくて」
「マルーさん達、何を見ているんですか?」
「あ、フロウ。これ見てよ」
背後から現れたフロウに二人は道を開ける。
「これは精霊を保護する装置で――!? この中の精霊、だいぶ弱っているではありませんかっ!」
急に捲し立てたフロウが装置に手をかけた。どうにかガラスドームをどかした彼女はブレザーのポケットから青い小瓶を取り出すと栓を引き抜き女性――精霊にひと雫垂らす。
「これで快方に向かうと思うのですが」
「……本当だ! 精霊さんの身体から光が溢れてきてる!」
「良かったですわ。魔力を取り戻したようです」
横たわっていた精霊が光と浮遊している様子を見て胸を撫で下ろしたマルーとフロウ。ただ、一緒にいたリンゴは何かを思い出したように精霊を指差していた。
「この子、よく見たら、あいつが出した“女神様”ってやつじゃない?」
「そうですわ! あの時ボールさんが出現させた女神様です!」
「女神様って?」
「あれ、マルー聞いてないの? ボール、この前の授業で魔法陣を描いたんだけど、その時にこの女神様が出てきて、液体を一滴あいつに渡していったのよ」
「そうなんだ! 勉強の成果が出ているんだね!」
――助けて
「あれ?」
「……何よ今の声」
「マルーさんリンゴさん? どうかしましたか?」
助けて――あげて――
「何? どこにいるの?」
「どこにって……ここはルベン先生の部屋ですよ?」
「あ、ううん。そうじゃなくて……」
ここ――視線を下に――
「下?」
「マルー、もしかして……」
マルーとリンゴにしか聞こえていないらしい声に従うと、もう既に元気を取り戻している女神様と目が合った。二人を見つめるその姿は真剣そのものだ。
「助けてあげて、って言ったのは、あなたですか?」
問うと、女神様はこくりと頷いた。
「まさかマルーさん、この女神様と会話しているのですか?」
「うん。あっちから話しかけてきたんだ」
「そんなっ、あり得ないですよ!」
「本当だよ! フロウには聞こえないの?」
「全くですわ」
「うーん……どうして私とリンゴだけ?」
腕の、証――
「証?」
二人が同時に片腕を見ると、銀のブレスレットが月光に煌めいた。
「これ――!」
「戦士の証ね――!」
聞いて――私の話――
「うん」
「ええ」
助けてあげて――闇に取り込まれた人――
「闇に取り込まれた人?」
力に魅せられた男性――助けようとしたけど、出来なかった――
あの時、雫が十分にあったら――
「雫?」
「ボールに渡したあの液体のことじゃないかしら」
あれは“セイント・ドロップ”――闇から救い出せる唯一の雫――
あの男の子にお願いして――闇に呑まれたその人に、雫を使うの、と――
「その男の子、実は見当たらなくて……」
「犯人にさらわれたかもしれないのよ。闇に呑まれた人、どこにいるか分かる?」
――霊の集まる場所の深く――男の子が二人――
「男の子二人!?」
「きっとラックとボールだよ!!」
闇の力が迫っている――早く、行ってあげて――
「分かったわ!」
「ありがとう女神様!」
二人が話を終え、女神様に背を向けると、目を丸くしているフロウと視線が合った。
「一体何を言われたのですか?」
「ラックとボールが犯人に襲われそうなんだって!」
「本当ですか!?」
「あの二人、霊の集まる場所の地下深くにいるそうなの。何か心当たりはない?」
「私の記憶にはありませんね――レティさん! この学園で霊の集まる場所って知りませんか?」
呼びかけられたレティは考える仕草の後、にやりと笑った。
「これからそこに行こうと思ってたのよ。ここには何も無いみたいだし!」
付いてきて! とレティが勇んで部屋を出てゆくところをフロウが続く。
「――何も無かった事はないんだけどね」
「そうなのー?」
「あ、リュウ!」
「マルー、何があったの?」
「後で教えてあげる! ね、リンゴ!」
「そうね。ひとまずレティに付いて行きましょうか」
相槌を打ったマルーとリンゴが踵を返したところを、リュウは慌てて追いかけていった。
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