047話 霊の集まる場所・前編



「さて、行き先は……あっちよ」


 ルベンの部屋を去ったマルー達は、先頭に出たレティが指し示す方へ向く。リンゴのホノオでその先を照らしたが、直線的な分かれ道しか見当たらない。


「確か、右は昇降口で、左は地下への階段よね? それ以外に何があるの?」

「甘いわね、リンゴ。よーく目を凝らしてみて」


 言われたリンゴも、他の三人も照らされた先を注視してみる。すると、僅かながらも壁で煌めきを捉えることが出来た。

 近付いてみればそれは、階を示す金属文字に添えられた、天井から床へ延びる細身の金板だ。レティがその金版に手をかけ、引くと、めきりめきりと壁から音が立ち込めた。


「すごい! 隠し通路だ!」

「壁が扉になっていたのですね」

「フロウも知らなかったようね――さあ、進むわよ」


 胸を張ってみせたレティが扉のように開いた壁の向こうへ足を踏み入れる。先は庭木と芝生で舗装された一本道が延々と続いていた。それを進んでいくうちにマルーはリュウへ、リンゴと共に聞いた“女神様”の話を伝える。


「そっかー。霊が集まっている場所に、ボールとラックがいるかもしれないんだね」

「レティが行こうとしている場所が、そういう所らしいけど――」

「あ、レティが左に曲がったよ!」


 一本道の突き当たり、左方へ曲がった途端、一行の視界は開ける。目にしたのは淡々と整列された墓の数々。その奥にはこれらを見守るように一際大きな碑石が鎮座している。まさに「墓地」そのものだった。


「こういう場所かもねー、霊が集まっている場所って」

「確かにそうかもしれないわね」

「皆見て、向こう」


 言ってマルーが指差したのは墓地の片隅。そこには古びた一軒家が建っていた。明かりがついているということは、誰かがその家を住まいにしているのだろう――レティが迷いなく一軒家に向かっている事がこれを裏付けてくれる。


「すいません!」


 扉の前に立つレティが呼びかけている。マルー達がその家に辿り着く頃には部屋から足音が聞こえていた。これが止むと扉は、軋みながらそっと開かれた。


「どちら様で――レティさん!?」

「こんばんは、ローゼ先生。少しお邪魔しても良いですか?」

「ええ。手狭だけど、どうぞ?」


 家主・ローゼは、突然やって来たマルー達に驚きを隠せない様子だったものの、すぐに道を開けてくれた。


「ごめんなさいね。夕食の最中で散らかってるし、先客もいるの」

「先客ですか?」

「先生ー、誰が来た――ああっ!」


 ローゼと共に部屋の中へ入ってゆく一行は「先客」らしき一声を耳にする。捉えた姿にマルーが、あっ! と一番早く口にした。


「一昨日の学級委員の人!」

「アギーさんじゃないですか! どうされたんですか、このような時間に?」

「それは! その、こ、こっちの台詞、なんだな」


 フロウの顔を見るや否や視線を泳がせたのは、魔導専攻の生徒・アギー。彼の様子に首を傾げるばかりのマルーへ、レティが耳打ちしてきた。


「あいつ、かなり動揺してるでしょ。急に好きな子が現れたからよ」

「好きな子? どういう事レティ?」

「あっこらっ! どうでもいいだよそんなのは!」

「どうでもいいとは、あんまりではありませんか!」

「いや、あの! それはこっちの事でフロウちゃんに言ったわけじゃ――」

「もう結構ですっ!」


 御託を並べながら近寄ってくるアギーをかわしたフロウはローゼと向き合った。


「先生が明け渡した後のラックさんとボールさん、実はまだ学園から帰って来ていないのです」

「そんな……本当なの?」

「どうせあいつのことだ、本の虫にでもなってるだよ」

「そう思ってあたし図書館にも行ったわよ。でもいなかったわ」

「校舎中探してもいなかったもんねー」

「その時に私達、ローゼ先生に会ったんだ。寮に戻ってるかもって教えてくれたから行ったんだけど……」

「帰ってきていないのね」


 話を聞いたローゼの表情が浮かなくなる。


「あれからはこの部屋に戻って、書類をまとめて、それから見回りをしに行って……その時に会ったの、アギーさんと、ね」

「んだんだ。忘れ物を取りに行ったら最終下校時刻を過ぎてしまっただよ。あの時に会ったのが先生で良かっただ。もし学園長先生だったら……」

「ええ。大変だったでしょうね」


 両腕で肩を抱き、大げさに身震いしてみせたアギーに、応えたフロウを始め皆が苦笑を浮かべた。


「で、結局あんたはラックとボールのこと見てないのよね?」

「んだ。おらは見てな――」

「あっそう。先生も、あれから見かけていないんですよね」

「ええ。……ごめんなさい、お役に立てなくて」

「いや、そんな! 気にしないで下さい!」

「――他をあたるしかなさそうね」

「でも、もうあたる所はなさそうだよー?」

「それを今から考えるの!」

「むー……」


 ますます沈むローゼをなだめるレティに、一人思考にふけてしまうフロウと、これからの行動を考え始めるリンゴとリュウ。手持ち無沙汰になってしまったマルーは、ふとアギーに目が留まった。


「ねえねえ、一つ聞きたい事があるんだけどさ」

「どうしただ?」

「霊が集まりそうな場所ってここだけかな?」


 飛んできた質問に目を丸くしたアギーだったがすぐにそれが細くなると、大きく吹き出し笑いこけ出した。


「君、幽霊を信じてるだ!? 出るわけないだよそんなの!」

「そうじゃなくて、他にこういう場所はないのかなって」

「そんなのここしかないね!」


 一蹴したアギーは腹を抱えたまま目尻に溜まった涙を拭いている。一方、話を聞いたマルーは窓の外から見える墓地を見据えた。


「あの墓地に何があるだ?」

「何があるか分からないから、私調べてみたいんだよね」

「どうせ何も無いだよ。時間の無駄だ」

「そんな事ないよ。だって女神様が言ってたもん。霊の集まる場所の深くに二人はいるって。そういう場所が向こうしかないってことは、隅々まで調べたら手掛かりが見つかるかも!」


 そうしてマルーが、ねえ先生! と声を投げた。


「向こうのお墓とか、その周りとか調べても良いですか?」

「ちょっと待つだ! どこまで調べるつもりだ? まさか、墓を掘り返してまで調べたりしないだよな?」

「そこまではしないけど……した方が良いかな?」

「いやいや駄目だよ! 変なのが出てきたらどうするだ!?」

「変なのって?」


 もしかして、と、アギーが答える間もなく声がする。目を向けてみればフロウがきょとんとした目つきでこちらを見ていた。


「アギーさんまさか、幽霊が出ると思っているのですか?」

「あれ? 信じてないんじゃなかったっけ」

「も、もちろん! 信じてるわけないんだな! ただ、死霊系の魔生物はいるかもしれないだよ?」

「幽霊も死霊も、似たようなものの気がしますが――」

「何にしても、私達の手でもう一回あの世に送っとけば良いのよ。先生、調べに行って良いですよね?」

「そうね。構わないわ」

「行きましょフロウ。あんな腰抜けに構うことないわ」


 ローゼから許可をもらったレティがフロウを連れて部屋を出ていった。


「何も思いつかないし、あたし達もマルーの考えに乗っかりましょ!」

「だねー。行こうよ、マルー」


 リンゴとリュウが後に続いてゆく所をマルーもついて行く。そんな一行をローゼは柔らかな笑みで手を振った。


「先生いいだ?」


 しかし彼女の表情はたった一言で掻き消される。

 声をかけたのは、先程までたどたどしい話し方をしていたアギー。大きな机に片肘を付けて寄り掛かる様は、まるで家主が彼であるかのようだ。


「バレてしまうだよ? 先生の秘密」

「大丈夫よ。私がなんとかする」


 言葉を切ったローゼがそそくさと部屋を出ていった。それを彼は大きな顔で見送ると息を解いた。


「ああやって気丈に振る舞う時の先生は相当気を揉んでるんだな。ま、原因はおらの言葉なんだけど」


 こう口振ったアギーがくつくつ笑いながら席に向かう。そうして着席しては背もたれに身を預けた。


「こういう時は大人しくしているのが懸命なものの。先生の思考も感覚的なんだな、全く」


 頬杖をついた末に彼は、仕方がない、と呟いた。その場を立っては玄関に足を運んでゆく。


「からきしな頭の連中には、おらの手の上で踊る踊り子ダンサーがお似合いなんだな」


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