015話 烈火の戦士・リンゴ
「――士様。赤の戦士様。お目覚め下さい」
「……う、うーん」
リンゴがまぶたを開けた時、味気ない白が目に飛び込んだ。
上体を起こして見回してみれば、四方八方真っ白に包まれてしまっている――今まで居た遺跡や広間とは明らかに雰囲気が違っていた。
「どこなのかしら、ここは」
「良かった! リンゴが目を覚まして!」
「あら、マルー」
気か付くとリンゴの隣には、先の戦いでの転身を解いたマルーがいた。
「ねぇ、他の人は?」
「それが……私とリンゴしかいないみたいなんだよね」
マルーが辺りを見回しながら言う。リンゴももう一度見回してみたものの、隣のマルーと、毛並みの長い耳を垂らした子犬しかいなかった。
……え? 子犬がいる?
「お目覚めですね、赤の戦士様」
「ひゃあっ!?」
子犬がしゃべった!?
「そうそう。目が覚めた時からこの子がいたんだ――“キャニス”っていうみたい!」
「なっ何をするんですか真理奈様!」
マルーはしゃべる子犬――キャニスの胴体を両手で掴むと、お腹を見せるように股に乗せては手を交互に上下へと揺らした。
「私はただ、赤の戦士様と、お話をぉぉーーあぁぁ~~」
「えへへー気持ちいいでしょー!」
「別に! 気持ちよくなんかあぁぁーダメですってぇーー!」
マルーの揺らし方が相当気持ちが良いらしい。目尻を下げ、尻尾を振るキャニスはマルーにされるがままだ。
この子は――クリーム色の見た目からすると、ダックスフントに似ている。耳にのみびっしりと長い毛を生やしており、他はすべすべの肌であることが何故だか不思議だ。
「はいおしまい! ありがとうキャニス! 面白かったよ!」
「真理奈様、私で遊ばないでください! このような事の為にやって来たのではないのですよ」
そうなの? とマルーはとぼけている間に、キャニスはリンゴに近付き、お尻を地面につけた。
「私はこの、赤の戦士様とお話をする為にやって来たのです」
「赤の戦士? あたしが?」
はい! と歯を見せて笑うキャニス。ホノオのように赤々としたキャニスの瞳の中に、口を半端に開けたリンゴが写っている。
「あっ! 私のブレスレットが!」
その時だった。マルーの左腕のブレスレットが黄色く眩き出したのだ!
眩きは小さな玉となり空中へ。ゆっくりとリンゴの元に降りると、彼女の周りを時計回りに動き始めた。しかもそれは次第に速度を増し、眩きも力強くなってゆく!
「これ! どうすればいいのよ!?」
「こんなの初めて見たから分からないよ!」
「そんなっやっ、眩しい!」
突然、リンゴの目の前で一段と光を放った!
「何が起こったのよ……」
光が治まると共に、目を守る為に上げた腕を下ろそうとするリンゴ。だったが、その腕は動きを止めた。
自分の腕が、光沢あるマゼンタ色に包まれていたからだ。
へっ? と立ち上がった勢いで腕を退けると、腕と同じ色の、膝まで隠れたブーツに脚が包まれていた。そしてその上を、とびきり短いフレアのスカートが揺らめく。お腹から胸元までを白が、レオタードのようにぴったりと包み、肩からは真っ赤なマントが下りていた。
「すごい! リンゴが転身した!」
そう言ったマルーも、知らないうちに戦士の姿に変わっている。
つまり自分は、マルーと同じように転身出来るようになった、ということ――?
「やりましたね! あなた様は、最後の審判を突破し、赤の戦士として認められました!」
「――あたしが、赤の戦士?」
いまいち状況が飲み込めていない様子のリンゴに、マルーは、やったあ! と声を大にして抱き付いた。笑顔のキャニスも前足を上げて立ち上がるなり、手の甲を見せるように拍手をしている。
「それで、キャニス。“最後の審判”って何?」
「はい真理奈様。既に戦士として選ばれたあなた様と、新しく選ばれた彼女が、きちんと共鳴出来るのか? それを見極める為の儀式が、最後の審判なのです」
「共鳴出来るのか……?」
「はい。世界を闇に染めようとする影を倒すには、あなた方同士はもちろんのこと、これから現れる戦士の方とも、力を合わせなくてはなりません。そのうちの一人でも違う方向を向いてしまえば、前進することはかなわないのです。ですから、他の戦士と同じ志かどうかと、互いを信じ、力を合わせて戦うことが出来るのかどうか、これらを診る必要があるのです」
「それが、最後の審判なんだね!」
いつの間に前足を下したキャニスが頷くと、とことこと辺りを歩き始めた。
「ですが、私は信じていましたよ。武器という名の道具でしかない私を、命ある者の様に大切にし、信頼してくれましたから――」
「あれ? 道具でしかない私、ってどういうこと?」
語り途中に挟まれたマルーの問いで、キャニスが表情を変える。
「ああっ! いけません。私についてを、まだしっかりとお話していませんでしたね」
跳ねるように言ったキャニスは、マルーとリンゴに全身が見えるように移動をした。
「改めまして、私はキャニス。赤の戦士様がお持ちしていました、“メテオロッド”に宿る守護生物でございます」
「メテオロッドって! リンゴが持っていた、あの杖の名前!?」
「はい。ですから、赤の戦士様の努力はしかと目に焼き付いておりますし、仲間への想いも、勇気を振り絞ったあの瞬間も、私は全て存じております」
そうしてキャニスはもう一度リンゴに近付く。今度は前足を、リンゴの足下にひょいと乗せた。
「今、強烈な不安に襲われていますでしょう?」
首を傾げながら言われた言葉に、リンゴはぴくりと反応する。
「大丈夫です。私がついていますし、あなた様の為に涙を流された、真理奈様だってついています。ですから、どうか安心なさって下さい」
「キャニス……」
今までだんまりだったリンゴが、やっと口を開いた。
「そうだよ!」
そこにマルーが、更に強く抱き締める。
「私に出来ないことが出来たリンゴなら大丈夫だよ! それに、何かあったら絶対に! 私が助ける!」
「マルー……」
眩しい笑顔を向けるマルーに、リンゴは肌を寄せるのだった。
「ありがとう。これからも、よろしくね!」
「こちらこそ! よろしくね、リンゴ!」
「では、お話はこれくらいにして――」
キャニスがリンゴの足下から前足を外すと、数歩下がりまたお尻を地面につけた。
「赤の戦士様。お名前をお聞かせいただけますか?」
「名前……」
マルーは離れ、リンゴはキャニスに向き合った。
「あたしは、赤石凛! リンゴって呼ばれているわ」
「ありがとうございます。では! 赤石凛様と、丸山真理奈様に、守護生物の祝福を!」
キャニスのこの言葉の直後、辺りは白い光に包まれた――!
「うーん……」
「おっ。目が覚めたんだな、マルー」
「ん? ……眩しい――」
マルーが目を開けると。広がっていたのは、輝かしい太陽と真っ青な空であった。今までつけていたマルーの装備もいつの間に解けていた。
「ねぇボール。ここはどこ?」
「遺跡の外だぜ。ほら」
ボールが指を差した先、そこには今まで探索していた遺跡がマルー達を見下ろしていた。どうやら遺跡の外へ瞬間移動したらしい――太陽がかんかんと照りつけてくる。
「他の人はどこにいるの?」
「今マルーを見つけたばっかりだからな。他のヤツらは知らねえ」
「そっかぁ」
「あーっ、マルー達いたー」
「リュウの声だ! おーい!」
「エンさんもいるみたいだぞ」
遠くから歩み寄ってくるリュウとエンに、マルー達は手を振った。
「あれ? 君達、魔法使いの彼女と一緒ではないのかい?」
「……そういえば。リンゴのこと、あれから見かけてないや。どこに行ったんだろう?」
「まぁいいや。リーダーには会えたからね」
そう言いながら、エンさんはおもむろに何かを取り出した。
「何ですか、これ?」
取り出したのは、手の平程の大きさをした蒼い玉であった。
「これ、実は僕も初めて見た品なんだ。あのぼうれいの跡である黒い砂の中にこれが埋もれてあってね。君達に見せようとした所でリンゴちゃんが何か言っていたからさ。ついちょっかいかけちゃって」
またもや軽快に笑ったエンに、マルー達は苦笑するしかなかった。
「とにかく、これをミズキになるべく早く渡したいんだけど、僕はもう少しこの辺りを調べたいんだ。だから君達にこれを託してもいいかな?」
「もちろんです! しっかり渡してきます!」
マルーはエンから“蒼い玉”を受け取った!
「じゃあ、僕は行くよ」
「もう行くんですか?」
「ああ。あの魔法使いにもよろしく伝えてくれ。今日はどうもありがとう。また出会えるといいね」
「はい! 何かあったら、またよろしくお願いします!」
こうして、三人は依頼人のエンと別れたのだった。
彼は今の遺跡の外見を確認しようと遺跡の周りを歩く。しかし、途中である人を見かけた。
「あれは魔法使いの……」
エンが見かけたのは、何か思いつめているようなリンゴの姿であった。彼女は地面をじっと見つめているように見える。
「やっぱり君だ。こんなところにいたんだね」
「ひ! い、いつからいたんですか!」
「ついさっきだよ。どうしたんだいこんなところで考え込んじゃっ――!!」
彼女が見つめていたのは、左手首できらめくブレスレットだった。
「……もしかして君。マルーちゃんと同じ――」
「はい」
「そうかそうか! やったじゃないか! ここに来て初めて魔法を覚えられて、更には赤の戦士になれただなんて、嬉しいことじゃないか!」
「……」
「なんだよ! そんなに暗い顔をして! 世界を護る戦士として、ちゃんと認められたんだろ? 良い事じゃないのかい?」
「そうですけど――」
リンゴはしばらく黙っていた。エンはそれをじっくりと見守る。
「あたし、不安なんです。赤の戦士だって、この杖に眠るキャニスに言われた時、あたしはマルーと同じになれたんだなって、一瞬だけ思えたんです。でも……」
「でも?」
「でもあたしは、マルーみたいにすぐ行動に移せるわけじゃなくて、マルーよりはやっぱり臆病で――そう考えると、やっぱりマルーと同じように出来る自信はなくて……」
「ふーん」
「キャニスにもマルーにも、心配ない、大丈夫だ、って言われたけど。あたしいまいちそう思えなくて――ってちょっと!」
リンゴが思わず立ち上がる。彼女を見守っていたはずのエンが、いつの間に距離を置いていたからだ。
「ちゃんと話を聞きなさいよ! エンさんだからあたし、考えてたことを伝えたのに!」
「本当に?! いやあ、嬉しいことを言ってくれるねー!」
「ふざけないで! あたしは真面目に考えてるのよ! マルーに迷惑なんかかけたくないんだから!」
「迷惑なんかかけたくない? その考えは良くないよ――」
やれやれ、といった様子で、エンは少しだけリンゴの方へ歩を進めた。
「人は大抵ね、迷惑をかける生き物なんだよ。僕だって、頭が痛くなったあの時は、運んでくれたボール君にリュウ君、治るまで敵に立ち向かってくれたマルーちゃん。あと僕の傍にいた君。この四人に迷惑をかけたんだ――完璧に迷惑をかけないなんて、残念ながら出来ないんだよ」
「出来ないって――」
「それに、君は誰かと同じである必要はないよ」
「……どういうことよ」
「言ってる通りだよ。君は君らしく振る舞えばいいってこと。別にあの子みたいになる必要はない。自分を貫くんだ」
「自分を……」
「自分に出来ないこと、自分じゃどうしようもないことは、出来る人に任せちゃって良いんだ。でも逆に、相手が出来ないことの中で自分に出来ることがあるなら全力で相手を助けてやる! これが大切さ」
――私に出来ないことが出来たリンゴなら大丈夫だよ!
「あたしに出来ることは――」
リンゴの目線は、気が付くとメテオロッドに向いていた。太陽の光を受けた宝玉が、引き締まった表情のリンゴを映す。
あの! と目をエンに向けると、またもや彼はリンゴから離れていた。今度は下手をすると見失いそうだ。
「もうーっ! 話、終わってないんですけどー!」
「いや終わっただろう!? だって君、答えが見えたみたいな顔していたじゃないか!」
「そうですけど! 教えてもらったお礼はちゃんと言わなきゃいけないじゃない!」
そうしてリンゴが、エンに向かって頭を下げた。
「ありがとうございます! あたし、頑張りますから!」
言い切ったリンゴに、エンはひょいと手を上げたその瞬間、リンゴの目の前で砂混じりの風が強く吹いた。
目を開けたときには既に、依頼人のエンは何処かに消えてしまったのだった。
「おーい! リンゴーっ!」
その時、後ろでリンゴを呼ぶ声が聞こえた。
「――マルー! それにみんな!」
「わざわざ遺跡の周り一周したのによ。見つかる訳ねえじゃねえかこんな所にいたら」
「リンゴの声が聞こえなかったら、どうなってたかー」
「心配かけちゃったみたいね。ごめんなさい、三人共」
「ううん! とにかく見つかって良かった! 皆、フライトに戻ろ!」
マルーが来た道を駆けてゆく。
「そうね、戻りましょ!」
言うなりリンゴはくるり。マルーの後を追った。
「おい待てよ!」
「置いていかないでよー」
ボールもリュウも、帰路につくのだった。
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