014話 哀しみの海から / 後編
リュウの案を採用したマルーがボールと共に作り上げた踏み台の広さは、僅か手の平四枚分だ。
「リュウ! ちゃんとこの――私達の手の平に乗っかってね!」
「ほーい」
「ミスったら承知しねえぞ! 来い! リュウ!」
「いきまーす!」
槍を中段に構えたリュウが、二人に向かって駆け出す。
「とう!」
「来たぞ!」
跳んだリュウの足裏を、「せーの!」で受け止めた二人が放り上げた。
ぐんぐんとぼうれいに迫るリュウは遂に頭上を捉える!
「やあーーーっ!」
リュウの一喝。彼が投げた槍はぐさりと音を立てた。脳天を突かれたぼうれいは悲鳴を上げながら上体を揺らしている。
「いいぞ! 上手くいった!」
「やったね、リュウ!」
踏み台役を終えてへたり込む二人に、攻撃を当てたリュウが戻って来た。
「二人共ありがとー。当ててこれたよー」
「ああ見たぜ。ばっちりだったな」
「さすがだね、リュウ! ――あれ?」
ねえ見て! とマルーが指を差す。指し示す方向には体勢を戻したぼうれいがいた。それはリュウが突き刺した槍を抜き取ると、そのままどこかへ放り投げてしまった!
「あっ、僕の槍! 待ってー!」
「おいリュウ離れるな!」
槍を追いかけるリュウをボールが追おうとした瞬間、地面が鈍い音を立てた。ぼうれいが、一歩一歩踏み締めるように二人へ近付いてくる。
「さっきまで痛がっていたじゃねえかよ!」
「ここは逃げ――!」
言いかけたマルーの近くに影が落ちる。見上げた先のぼうれいは、二人に向けて腕を振り上げている――!
「いけえっ!」
そこに突如声と熱気が二人の間を縫った。熱気を放ったのはホノオ。ぼうれいに直撃し攻撃を止めさせた!
「何してるのよ! 最後まで油断しない!」
「リンゴ――!」
「言う通りだな。ぺしゃんこだったぜ今頃」
「ほらよそ見しない! あっち向きなさいよあっち!」
言いながらリンゴがホノオを宿した杖を振り上げる! ホノオはぼうれいへ二人の視線を導くように飛んでゆく。
「あたしがあいつをひっくり返すわ。だから二人はとどめをお願い!」
「おっけい!」
「了解」
マルーとボールが散る一方、リンゴはその場で再び杖に手をかざした。
「ここは一番大きいホノオで決めるわよ……」
マルーとボールの連携攻撃を受けるぼうれいを見上げながら、リンゴは宝玉にホノオを溜め込んでゆく。
「勢が出ますなあ魔法使いさん?」
「……何か用? 今あたし集中しているんですけど」
杖を見つめたままぶっきらぼうに言い放ったリンゴに、彼女の隣にやって来たエンが困り顔で笑う。
「僕は君に力を貸そうと思って来たんだけどなあ?」
「何よ今更。あたしが休んでいた間、あんた何もしていなかったじゃない」
「いやだってね? ミズキさんお墨付きの駆け出し戦士と少年達、それに君だよ? あまり協力しすぎるのはさ? 成長を妨げるかと思ってね?」
そんなエンの発言にリンゴは顔をしかめた。
「もしあたし達が全滅したらどうするつもりだったんですか」
「そんな事は考えていなかったなあ。なんてったって君がいたからね」
「……どういうことよ」
「言っただろう? ああいう魔生物には魔法が効果的だって。君が魔法を放った時点であいつの邪悪な力が弱まるって、相場が決まっているのさ。おかげで僕も頭痛に悩まされることなく、百パーセントの力で君をサポート出来るってわけ」
言い切った頃のエンから、にじみ出るような熱気。
暑さに耐えかねたリンゴがエンの方を見やると、なんと彼は人一人分の直径を誇るホノオを作り上げていた。
「……凄すぎ」
「でしょ? さあとどめを刺そう! せーのを合図にホノオを放つんだ。良いね?」
「ええ、分かったわ」
ホノオに魔力を充分に溜めた二人は、ぼうれいの顔を見据える。
「行くわよ……!」
「行くぞ……!」
せーの! 二人が放ったホノオがそれぞれ渦を巻きながら加速する。
「あった! 槍はっけーん……わあ。太陽みたいに大きい……!」
槍を見つけたリュウが気付いた頃には、二つのホノオが火力をあげたままぼうれいの額を目前としていた。ホノオはぼうれいを押し込み、耳をつんざくような発破音と爆風をこだまさせる!
そうしてぼうれいが横転した床から破片がはじけ飛んだ。
「もう! こんなに当たった音がうるさいなんて聞いてないわよお!」
「それだけ今の魔法は強力だったって訳さ……!」
耳を塞いで破片から身を守ろうとするリンゴに対し、隣にいるエンはぼうれいの倒れる末を真っ直ぐ見つめていた。
塵が治まると見えたのは、ぼうれいが大の字で倒れている所だった。
「わぁ……」
「とんでもねえ威力だぜ」
マルーとボールがその場で立ち尽くす中だった。
「二人共ー! とどめを刺しに行こーう!」
リュウだけは広間中を駆け回っていた。
「マルー! ぼうれいさんが、起き上がる前に――!」
「――そうだった!」
リュウの声を聴いたマルーは、我を返さんと顔を横に振った。
「ボールも! 早くしないと――!」
「ああ、悪い!」
同じくボールも、気を引き締めるべく武器を握り直す。
「皆行くよ!」
こう言って武器を構えたマルーが走り、ボールも掛け声を合図にその場から走り去った。目指すは二人を我に返したリュウと同じ、広間の中心でのびている黒いぼうれいだ。
「「「 りゃあああああっ! 」」」
ぼうれいの顔面の三方から剣と槍が深く突き刺さる! すぐに抜くと傷口から黒い塵が飛び出した!
黒いぼうれいは次第に小さくなり、やがてそれは砂に姿を変えてゆく……。
「これって……」
「俺達、勝てたのか?」
三人は一度黒い砂の山から離れ、それを見た。
「あの砂、今まで戦っていた幽霊で良いんだよな?」
「うん。違ってないと思う」
「じゃあ僕達勝ったんだよー」
しばらく顔を見合わせる三人。
結果を確信した彼らの顔が輝く。
「「 よっっっしゃああああああああああああああああっ! 」」
「やったわ! マルー! 皆ー!」
喜びをあらわにした三人にリンゴも駆け寄り、サイクロンズ全員で、黒いぼうれいを倒した、という達成感を分かち合った。
「大勝利だよ! これもリンゴの魔法のおかげだね!」
「ふふっ! あたしならこれくらい当然よ!」
「調子乗るなし。あんなにすっげーデカいホノオを出せたのも、あの人がいたからだろ?」
「そんな細かい事は気にしない、のっ!」
「いでっ! そんなに強くどつくなよ……」
「でも、本当にすごかったよ。もしリンゴがいなかったら、私達、どうなってたか……」
胸元で指をいじりながら、マルーが口ごもった。それを見た三人が、少しずつ静かになってゆく。
「えっと……ごめん、リンゴ」
「どうして謝るのよマルー。別に悪い事してないでしょう?」
「したよ。私、リンゴの事、信じてなかった。分かってもなかったんだよ」
マルーの発言を聞いたボールが、ぶっきらぼうに手を上げ、すっとその場から外れた。という一幕に気が付かないまま、マルーとリンゴは会話を続ける。
「どういうことなのマルー? 分かるように教えてくれる?」
「……だって私、リンゴの事、弱いって思ってたの。でも、もう違った……リンゴは、とっても強いんだって! すっかり、変わったんだって! なのに私、それに、気付いてなかった……!」
言葉を紡ぐごとに、マルーの目からぼろぼろと涙がこぼれてゆく。
「やだマルー、何で泣くのよ」
「うぅ――わぁああぁ――!」
マルーは吸い寄せられるようにリンゴの腕の中へ。
「もう、らしくないんだから」
「だって! っだってぇ――!」
「あたしが強いだなんて、今更気付いてもらっても、ねえ?」
「だからごめんってぇ――へぐっ!」
はいはい大丈夫よー、とマルーの背を叩くリンゴは、まるで幼子をあやす母親のようだ。
「へえ? 当たり前だったんだね、それ」
皮肉を飛ばすような物言いをしながら、エンが輪に加わった。
「何です? 何か文句でも?」
「いやだってね? 暗い場所も怖いって聞いたし? 最初の道で上から降ってきたオオコウモリに腰抜かしてたし? どこがどう強いんだか、ねえ?」
「……あたし一人じゃ、そうかもしれないわ。ここまで来れたのも女王様と一緒だったからだし――」
つまり! とリンゴが指を立てる。
「一緒ならあたしは強くなれるってこと! 特に、マルーと一緒ならね?」
「私と?」
「ええ! あたしは、マルーを想っている時が一番強いんだから!」
リンゴの表情は、涙で景色をかすませるマルーでも分かる程誇らしげだった。
そっか、と、噛み締めるように頷いたマルーは、片腕でごしごしと涙を拭いた。
「ありがとう、リンゴ!」
「良かった。笑顔になったわね」
リンゴとマルーが互いに微笑んだ時だった。
「ありがとうございました、皆さん――」
リンゴに聞き覚えのある声が天から降りてきた。彼女は泣き止んだマルーを抱き締めていた腕をほどき、声がした方へ見上げるとそこには――。
「女王様! 無事だったのね!」
なんと、リンゴの前で消えてしまったはずの女王が宙に浮いていたのだ。
「リンゴさんこそ――ご無事で何より――」
「わー。お姫様が浮いているよー」
「この人が女王様なんだね! 初めまして!」
マルーの挨拶に、女王は首元で手を振り微笑む。
「女王様に案内されたっつーのは、本当だったんだな」
輪から外れていたはずのボールも、女王を真っ直ぐに見つめていた。
「おかしいわね。さっきは皆分かってなかったのに」
「それはきっと、僕に憑りついてしまった邪悪な力が消え去ったからでしょう」
「……誰よ、今の声」
「 ! 今、王の声が――!」
女王の顔が華やいだ。
彼女が見上げる先。ゆっくりと、王冠を被った人物が降りてきた。
「――会えて、良かった!」
「やだ。さっきの声王様だったの?」
つい視線を落としてしまったリンゴ。だが、王はそんな彼女に近付いてくる。そして王はリンゴに深くお辞儀をしてみせた。
「女王が、貴女の世話になったようですね――感謝します」
「そんな! とんでもないです!」
慌てふためくリンゴに顔を上げ、微笑みかけた王は、また女王の元へと戻っていき、彼女の両手を握った。
「君には辛い思いをさせてしまったね」
「いいえ。私が謝らなくては――貴方が生きていた頃に私が眠っていた場所、それが違う場所に移されてしまったから――」
「そんな事、君のせいではないじゃないか。全てはしきたりだ。仕方のない事だった――」
「あの、王様? しきたりって何でしょうか?」
二人の前に踏み出したリンゴが投げかけた問いに、王がああ、と応える。
「当時は階級によって、どこに納棺されるのかが決まっていたんだ。僕が死ぬ前は彼女がこの国で一番高い階級だったから、彼女は今いるこの広間で眠っていたんだよ。でも、彼女より高い位の僕が死んでしまってから、彼女の納棺場所が変わってね――代わりに僕がこの広間にやって来た」
冷静になれば理解出来ることだったんだけどね……と、王は眉を下げ、うつむく。
「僕は彼女と共に眠れることを夢想していた。だからこそ、ここに彼女がいなかった事にひどく悲哀した。そうして、哀しみの海に、囚われてしまったんだ……」
「ですが貴方。もう心配はいりません――リンゴさん達のおかげで、こうしてまた、巡り会えたのですから――」
「そうだね」
頷いた王は、女王の肩を抱いだ。やがて二人は、リンゴ達に再び向き合う。
「僕を哀しみの海から解放し、更には僕らの切なる願いも叶えてくれた――本当に感謝します。これで安らかに、眠ることが出来そうだ――」
そう言うと、女王様と王様は淡い光に包み込まれていった。
「待って女王様!」
そこにリンゴがまた声をかける。
「短い間だったけど、楽しかったです! あと、あたしが魔法を使えるようになったのは女王様のおかげです! 本当に、ありがとうございます!」
「――そう言って下さるのなら、私は幸せです。ただ、この結果は貴女自身の力による導きでもあります。
リンゴさん。どうか、貴女に眠る力を信じるのです。貴女の力と、貴女の素敵な仲間達とでしたら、どんな困難が待ちわびていようとも、乗り越えてゆくことが出来るでしょう――」
女王はリンゴにはにかむと、後ろにいるマルー達にも目をくれた。
それを見たリンゴが振り返ると、マルー達は口角を上げて応えてみせた。
「さて、そろそろ逝こうか」
「ええ――」
「女王様! 王様! ――ありがとう!」
五人の思い思いの言葉に見守られ、二人を包む光は次第に強くなってゆく。それが天高く昇ってゆくと、光は太陽のようなまばゆい輝きを放った。
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