063話 〇番目のチーム



 リンゴに急かされ、ミズキとの待ち合わせ場所に向かうサイクロンズ。目と鼻の先に見えるのは、森を背にそびえる木製の両扉。ファトバルの拠点のように大きいその場所に、小さな人影が見える。そこに近づけば近づくほど人影は増えていき――


「サイクロンズ! 待っていたぞ」

「お待たせしてすいませんミズキさ――あれ?」

「あー」

「あの時すれ違った子だわ」


 ミズキが引き連れる人達の中に黒髪の少女がいたのだ。声に反応して琥珀色の目を見開かせた少女は、隣にいた誰かの後ろに隠れてしまった。


「おいどうしたんだよ……まぁいいや。すまねぇな! こいつ人見知りなんだ」

「あ」

「どうした、少年?」

「あの、もしかして、リツキさんすか?」

「お!」


 少女の前に立つ青年も、ボールにとっては顔見知りの存在らしい。名前を言い当てられた青年リツキは両腕でガッツポーズを構えた。


「おおー!! 俺の名前を知ってるとは! ついに俺も有名人だ!!」

「やりましたねリーダー! やっぱり賢者sageの職業は最強だったんっすね!」

「何言っちゃってるのよ。実力はさておいて、まだ認められてから一年しか経ってないんだから、さしずめスペルクの過去の問題児っていう認識でしょ?」

「問題児とは失礼な! 俺を見てくれてた先生なのにそんな事言うのか!?」

「言うわよ! 私はあなたに散々振り回されてるの! 何なら今でも!」

「はいはいやめるっすよー二人共。それで、君はどこでリーダーの名前を聞いたっすか?」


 リツキと、彼が先生と呼んだ人物に割入るようにして、別の青年がボールに問いかけてくる。


「俺は、スペルクで一度話した事があります、最近」

「スペルクで? 最近?」


 リツキはボールの言葉に疑問符をつけて近付いた。顔をよく観察すると、何かを思い出したかのように「ああ」と声を漏らした。


「なるほど。こいつらが学園長も世話になったって言うチームか。戦士が三人いて……黄色いのが剣士のマルーで……」

「どうやらどちらのチームも何かしら面識があるようだね」


 言ったミズキが互いのチームから見える位置に立ち、片手を青年らに差し出した。


「彼らは、私達の組織が立ち上がる前から存在するチーム。つまりは〇番目のチーム“シャイニングシャークズ”だ」


 その通り! と、リツキが胸を張った。


「まずはこの俺。賢者の職に就くシャイニングシャークズのリーダー、リツキ様だ! リッキーでもいいぞ?」


 ボールが少し面識をもっていたという“リッキー”が、白い歯をみせてにかっと笑う。栗色の髪と赤みのある橙色の瞳をした彼は、実に軽装な格好だった。腹にポケットが付いた一分袖の服にハーフパンツ、手にはグローブで武器がない。

 そんな彼が、後ろの二人を紹介し始める。


「こっちが魔導師のランシーおねいさん・・・・・

「お姉さんを無駄に強調しないの」

「おばさんと間違われたら困るからなっ」


 ありがた迷惑よ……と言いながら片手で頭をかかえた女性“ランシー”は、胸辺りまで伸びた軽めの黒茶髪で黄緑色の瞳をしている。ノースリーブにふくらはぎ辺りまである紅色スカートを身に付けており、左手で小ぶりの杖を持っていた。


「こっちが漁師の家の長男、ブラスだ」

「皆さんよろしくっす!」


 語尾に「っす」が付くことの多い男性“ブラス”は、青みがかった黒の髪色で若葉色の瞳をしている。マルー達より少し背が高い彼は、フード付きのTシャツに軽くまくし上げたズボン、先端が三つに分かれた槍のようなものを持っていた。


「そして、俺の後ろに隠れちまった……」


 と言いかけて、隠れている女の子に耳打ちしてから、「この女の子が!」と言ってマルー達の前に出した。


「……アスカと言います。よろしくお願いします」

「よろしくね! 私はマルー! サイクロンズのリーダーです! そしてこっちがボール、こっちがリンゴで、向こうがリュウ!」

「よろしくな」

「よろしくね!」

「よろしくー」


 お願いします、と一言言ったアスカは再びリッキーの後ろへ隠れてしまった。


「おいおい……初対面なんだからちゃんと覚えてもらえるように顔出しとけって」

「実はあたしとリュウが、途中でアスカさんの事を見かけてて」

「初対面じゃないのか。どこで会ったんだ? ――」


 リッキーとアスカで会話し始めたのを見て、リンゴがすかさずマルーに近付いた。


「あの子がさっき話題に出た子よ。色白の肌、綺麗な髪、澄んだ瞳に、白いワンピース! って服装、よく見たら右腕だけ、袖広がりな黒い長袖で隠れてたのね」

「へぇ……」

「マルー? どうしてあんたも凝視してるわけ?」

「なんか、どこかで見たことある気が……」

「僕もそう思うんだー。学校ですれ違った人と似てる気が――」

「それだーっ!」


 と声を上げたマルーにその場の全員が注目した。よっぽどの大声だったらしく、ミズキとシャークズの目は不思議そうだ。


「すいません、こっちの話で……」

「おう、ならいいんだ。ミズキさん! もう出発しようぜ!」

「そうだな。行くとしよう」


 ミズキは扉に三回ノックすると、しばらくして、ひとりでに古めかしい音をたてながら開け放たれた。


「森だ!」

「先が見えねぇ」

「この整備された黄土色の路を歩けば迷うことはない。進むぞ」



 こうして一行は、ミズキを先頭に森の中を進み始めた。

 踏みならされた地面によって出来た黄土色の路は真っ直ぐに続いており、ミズキの言う通り迷子になることはなさそうだ。深緑鮮やかな木々が並ぶ景色はどこまで進んでも変わらない。あくびが出そうな景観だったが、一行の中であくびを出している者はいなかった。


「ブラスさんの槍、フォークみたいですねー」

「これはモリと言うっす。魚とかを突き刺して捕る、漁師の必需品のひとつっすよ。 持ってみたいっすか?」


 リュウはうんうんと頷き、ブラスのモリを両手で受け取った。


「おー軽いー!」

「海中で重いものは不利っす。だからなるべく軽くして、それでいて鋭いものにするっす」

「僕のとは全然違うー」

「そ、それってロイヤルランスっすよね!? 是非見てみたいっす!――」


 リュウとブラスで話に花を咲かせている一方。


「ランシーさんは、どんな魔法が使えるんですか?」

「私は攻撃魔法全般と、補助魔法を少し」

「攻撃魔法全般!? すごいです!」

「ま、俺の方が使える魔法多いけどな! ただランシーは元スペルク魔導学園教師! だから知識は豊富!」

「確かに言ってたすね。生徒だったリツキさんに、ランシーさんは振り回されてるとか」

「嘘っ、聞いてたの!? もー恥ずかしいじゃない!」

「おーい、おねいさんの可愛い子振る舞いの方が恥ずかしいぞー」

「何か言ったかしらぁー?」

「なんでもないですよーランシー先生ー!」


 と、リンゴとボールの前でリッキーとランシーが口喧嘩を広げている。


「ところで、リッキーさんってホントに賢者なんすか? ランシーさんの言い様からして、口だけにしか見えないですけど」

「お前疑ってんのか!? よーしいいだろう! この俺のすごいところをみせてやる!」


 リッキーが前に躍り出た。と同時に、茂みからぴょこっとゼリーのような物体が飛び出してきた。


「何あれ気持ち悪い!」

「キプンジェですね」

「アスカさんいつあたしの隣に!?」

「皆さん、手出さないで下さいっすよー?」

「私達の実力を見せる、良い機会ですからね」


 シャークズの人達がそれぞれの武器を構えて前に出ていった。いくつもの黄色いゼリー状の魔生物キプンジェが、列を成して茂みから飛び出してくる。その列の内の一匹が、こちらの殺気に気がついたようだった。


「わ、こっち向いたよ」

「――ああっ! みんなこっち向いちゃったじゃない!」

「そんなに騒ぐなよ。どーせあの人たちがなんとかするんだろ?」

「なんとかならなかった敵は、僕がなんとかするー」

「……とりあえず、見守るとしよう」


 ミズキもマルー達と共にシャークズを見守る様子。


 先に動いたのは敵の方だった。大きかった一歩がだんだんと小刻みになり、やがて最前線にいたリッキーに向かって飛びかかる! 誰もが身の危険を暗示した直後なんと、しゃがれた断末魔が耳をつんざぐ。彼は手を振る動作を一度したのみで敵一体を倒してしまったのだ。

 それをみた敵がたじろぐところを、三人が一気にとりかかる。ランシーの火魔法が敵を包み、ブラスの槍さばきに敵は押し潰され、アスカの速い双刃に敵は切り離されていった。


「早いね……」

「手慣れてる感じだな」

「スムーズだねー」

「そういえば、アスカさんの武器はどこから出てきたのかしら? 隠し持っていたにしては大きい方じゃない?」

「肩幅くらいはありそうだね、あの刃」

「それが二本だろ?」

「難しいかもー」

「よーし終わった! 皆お疲れ!」


 会話をしているうちにリッキーの声がした。彼の声でシャークズはそれぞれの武器を収める。彼らの戦闘の俊敏さは、サイクロンズを唖然とさせるには充分だった。


「どうだ! 俺達の戦闘っぷりは!」

「十分連携出来ていたよ。ただ、リーダーは最初の一振りだけで、あとは仲間任せだったじゃないか」

「みんな早いから俺の出る隙がないんだよな! ははは――!」


 ミズキは呆れたような顔をしてから、路の先を歩き始めた。


「あ! 待ってくれよミズキさん! 言うことはそれだけかー!?」

「リーダー待つっすよー!」

「リッキー待ちなさい!」


 ミズキを追いかけたリッキーを追う形でブラスとランシーが駆け出す。一人になったアスカがサイクロンズを見つめるが、一行はぽかんとしたままで動く気配が無い。


「行かないんですか? 置いていきますよ?」

「え? ……皆大変! いつの間に私達だけになってる!」


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