049話 霊の集まる場所・後編



 ローゼが放つ冷気に蝕まれてゆくマルーの身体。しかし、どこからか感じる温もりで氷結だけは免れていた。


「マルーしっかりして!」


 温もりの横で聞き慣れた声がマルーを鼓舞してくる。見れば、ホノオを灯した杖を掲げるリンゴが隣にいた。後ろには臨戦態勢のリュウと、身をすくませながらもローゼを見つめるフロウとレティがいる。


「ここはどうにかして耐えないとよ! ボールとラックがいるかもしれないんだから!」

「うん! でもどうしたら?」

「後ろの扉は開けられる? 確認してみて!」


 リンゴが横目で見たのは、マルーが先程目にした漆塗りの扉。恐る恐る後ずさりしたマルーは、その扉の取っ手の在り処を、手の感覚だけで探ってゆく。


「マルー、どう?」

「あ、ったけど……カチャカチャ言ってて捻られないや」

「開けられないのね――鍵がかかってるのかもしれないわ」

「何を話しているの」


 ローゼの放つ冷気は未だ留まる所を知らない様子。


「後ろの扉を開けるつもりね……それは不可能よ」


 言ったローゼが歩を進めながら、空いた手からかちゃりと音を出した。


「この中の鍵を使わない限り開けられないのだから。いい加減諦めなさい!」


 勢いを増した冷気で小さくなるホノオ。杖を突き出す腕がみるみる凍りつく。


「このままじゃっ、もう――ッ!」

「諦めてはいけませんわ」


 唐突に紡がれた言葉がホノオに息吹を注いだ。


「ここはどうにかして耐えないと、なのでしょう?」


 声の主は、後ろにいたはずのフロウのものだった。リンゴの肩に置かれた彼女の手は淡い光に包まれている。そこから伝う温もりでリンゴの凍りかけた腕が溶けてゆく。これを目の当たりにしたローゼが顔をひきつらせると、冷気の威力は更に上がっていった。


「上手く意識を向けられたようですわ」

「どういうこと?」

「リュウさん今です!」


 差し向けた声の先でフロウに呼ばれたリュウが黙って投げつける動作をすれば、彼に何かが引き寄せられる。


「よし。これを使って」

「どれどれ……って! これ今さっき先せ」

「しーっ。気付かれちゃうよー」


 身をすくませたマルーが、リュウが出した手の平から見たものはローゼが見せびらかしていた鍵の束だった。


「風の魔法で取ったんだ。その鍵ですぐに扉を開けて」


 マルーはお礼もそこそこにすぐさま最後尾へ。それを横目で見届けたフロウは再び冷気と向き合った。


「鍵寄せに成功したようですわ。あとは扉を開けるまでの辛抱です!」


 これにこくと頷いたリンゴは改めてホノオに色を灯した。後方の扉が開くその時までを、フロウと共に堪えてみせる。



「――やった、鍵が合った!」

「リンゴー、フロウー、開けるよー!」

「ええ!」

「はい!」


 せーの! で開けられた扉は、ローゼを戸惑わせるのに充分だった。


「そんな!? どうしてあの扉が――」

「先生ー、奪ってごめんなさい」

「私達、どうしてもこの先に行かなきゃなんです!」


 言葉を放つマルーが扉を抑える間に一行が駆け抜ける、はずだった。


「さあレティも――って、レティ? 座り込んでないで早く!」

「どうやらレティさんだけは利口のようね」


 未だ身をすくませるレティと、彼女を急かすマルーに、ローゼは冷気を手にしながら近づくいてくる。


「ねえレティさん? 皆に言ってくれるかしら? あの扉の先に行かないようにって。そうしてくれないと、皆をあの人に献上しなきゃいけなくなるわ」

「先生あの人っ、てッ゛!!」

「マルー!?」

「マルーさ――!」

「あなた達が動けばこの子の命はないわよッ!」


 扉を抜けた三人にこう言い放ったローゼは、マルーの首を片腕で締めていた。


「や、めて、くだ――」

「黙って!」

「ぅっ! ……冷、たいのッ、痛、いですッ……!」


 冷気を頬に押し当てられたマルーの表情がみるみる引きつってゆく。


「本当はこんな事はしたくないの。この子にも、あの子達にも可能性を感じるのに、どうしてこんな事で、私がその可能性を摘まなきゃいけないの……ッ!」

「くッ、あ゛ああああッ!」


 首を締められてゆくマルーを三人は苦悶げに見ているしかなく、ローゼの行為も決して止まりはしない。

 ただ、たった一人は違った。


「――めて」

「がッ、ぁア……ッ!」

「もうやめてよ先生っ!」


 飛んできた声でローゼの腕は緩みマルーは解放される。そうして彼女が虚ろに見やる場所で、きっとした瞳のレティが立っていた。


「こんな事、嫌ならやらなくて良いじゃないですか!」

「あなた達には分からないわ。大人には気持ちを曲げてまでもやるべき事があるって事が!」

「そんなの間違ってます! だって。物語ってますよ、先生の顔が」


 レティがそっと指差した先。ローゼの、腫れたまぶたと真っ赤な目。そこから頬に流れる涙をローゼは片腕でしきりに拭う。


「もうやめましょうよ、先生」

「来ないで! 近づかないでッ!」


 とっさに放たれた冷気に“火柱フレイムポスト"で迎え撃ったレティ。火柱の熱が冷気を昇華して姿を消すと、その場で膝をつくローゼがいた。いかにもな姿を目にしたレティはもちろん、次の扉をくぐっていたマルー達もローゼの下へ戻ってゆく。


「大丈夫ですか!?」

「しっかりして! 先生!」

「先生ー!」

「……ごめんなさい、ローゼ先生」

「レティさん、気に病む必要はありませんわ。私達もローゼ先生も無事ですもの」

「そう、ね。ありがと、フロウ」

「あの――」


 ローゼの戦意を奪ったレティをフロウが気にかけている間に、サイクロンズの三人に囲まれた先生が声を上げた。


「ごめんなさい。皆に手を上げてしまって」

「生徒をひどい目に遭わせるなんて許せる事じゃないわ。だけど――」

「こんな事したくなかったーって、さっき言ってたよー?」

「そうだね。リンゴとリュウの言う通り。どうして先生はやりたくない事をしなくちゃいけなくなったんですか?」

「それはね、これのせい」


 マルーの問いかけで、ローゼは首元の黒いチョーカーを握り締めた。


「脅されてるの。ここの事を公言すれば、このチョーカーで私を絞め殺すって。私が死んじゃったら、ここの事を知っている人は誰もいなくなる――だから大人しく従うしかなかったの」

「先生を脅してまでこんな事させるなんて。許せないわ」

「ルベン先生もそんな事になっていなければ良いのですが……」

「そういえば、“力に魅せられた男性、助けようとしたけど出来なかった”って、装置の中の女神様が言ってたよね?」

「ま、まさかマルーさん、その男性がルベン先生だと言いたいんですの!?」

「力に魅せられた――ですか。外れてないわね、その表現」


 そうして立ち上がったローゼはマルー達が開けた扉の方へ歩みを進めると、皆に向き直った。


「あなた達、ルベン先生を救いたい?」

「もちろんです!」

「もちろんですわ!」

「良い返事ね。でも、それだけじゃダメよ。ここから先は覚悟をもって進んでほしいの。あなた達にとってきっと、受け入れがたい光景が広がってるから――」

「大丈夫です!」


 弱腰のローゼに明瞭な一声が響く。


「私達に任せて下さい!」

「マルーさん……」

「何があっても全部、私達が打ち払ってみせます! その為にこの学園に来たんですから。ねっ、リンゴ!リュウ!」

「まあ、そうね」

「だねー」

「それって一体どういう――」

「じゃあ、皆行こう!」


 屈託ない笑顔を振りまくと、マルーは開いた扉の向こうへ真っ先に向かってゆく。それを追い掛けるリンゴとリュウを、ローゼはただ目を丸くして見ているのだった。


「学園長先生がお迎えしたんです。マルー達“サイクロンズ”を」

「サイクロンズ?」

「いわゆるお助け屋ですわ。私達が事件についてお話をしたら、協力してくれると言ってくださって」

「だから急に学園長が依頼してきたのね。体験入学者を引き受けてほしい、と」


 そういうことですわ、と話の区切りがつく頃だ。先生! と、扉の向こうへ行ったはずのマルーがこちらに戻ってくる。


「扉の先のあれ、どうなってるんですか!」

「何か見つけたの?」

「はい! とにかく早く来て!」


 そうマルーに言われるがまま三人が進んだ先では、痛いほど鮮やかな黄緑色の光が全員を照りつけてきた。


「これって……」

「なんですの、これは」


 長い長い廊下の壁際に所狭しと並んでいる機械。光の正体は、その機械に充たされている液体だったのだ。しかも液体の中には人影が見える。


「この装置にさらった生徒を閉じ込めるの。瘴気を宿した液体に漬けて眠らせて」

「どうしてそのようなことを!」

「魔力を吸い取って自分に流し込むのよ。自分が最も優れていると世界中に知らしめる為に」

「何よそれ……」


 唖然とするしかないローゼとフロウ。一方、先に入っていたリンゴとリュウは、装置が壁際に所狭しと並ぶ様を眺めていた。


「この中に居るのって、アレよね」

「僕達と同じ服装だから、今まで拐われた生徒だろうねー」

「だろうねー、って、よく呑気そうな感じで話せるわよね? ここは敵の本拠地なんだから! 何があっても良いように気を引き締めて行か――ひいぃぃぃっ!」

「どうしたのー? 急に後ろに隠れるなんて」

「だ、だって! ぬくぬくした何かが足元にぃ!」

「どうしたのリンゴ!?」

「マルぅー! ここに何か居るんですけどぉ!」


 リュウの背中に隠れたリンゴが指差す方向には確かに黒い影があるも、足元を照らす光が無いために正体が分からない。


「大丈夫!?」

「大丈夫ですか!?」

「その場を動かないで下さいね! レティさんとフロウさんは私より前方へは出ないこと」


 そう告げたローゼが持ってきた箱型のランプでリンゴが指し示した方向を照らす。照らされた場所を目にした全員は黒い影の正体に息を呑んだ。


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