011話 あたしに眠る力 / 前編
話は少しさかのぼる。
壁をすり抜けてしまった女王を追う為、リンゴは魔法で壁を壊すことに挑戦していた。のだが。
「もう嫌! どうして出来ないのよ!」
いくらたっても変わらない状況に、リンゴは駄々をこねるばかり。挙句の果てに彼女はぺたんと地面に座り込んでしまった。
「あぁあ……大切な事は目に見えないって言われたけど。そもそも何なのよ大切な事って。それが分からなかったら、何をやっても上手くいかないじゃない」
リンゴはその場で頬杖をつく。
「そういえばあの人――エンさんが言ってたわね。“イメージ”とか“想像力”とか……そうよ。あの人が出した様なホノオよ。あれを想像しながらやってみたわ」
でも、出来なかった、とぽつり。
「どうすれば良いと思う? って。話しかけても答える訳ないか」
ふと手持ちの杖に視線が動いたリンゴは、力なく笑いながら手で杖をなぞった。枝のようにすらりと長い持ち手はなめらかで、出会って間もないリンゴの手に寄り添う。
そんな持ち手の頂点には、炎のように真っ赤な宝玉が鎮座していた。ただ、その宝玉の頭は、僅かながらかすり傷を負っていた。
「この傷ってまさか、あたしが地面に線を引いた時に――?」
気が付いたリンゴは、傷付いた宝玉を撫でた。
「あの時はきっと痛かったわね。女王様がいう“心臓部”だもの。これからずっとあたしのパートナーなんだから――」
もっと大切にしないと……と、リンゴの手がぴたりと止まる。
「そうよ! パートナーよ!」
すくっと立ち上がったリンゴは両手でしかと杖を握り締めた。
「マルーやあの二人と同じ、この杖だってあたしの仲間。そんな人達をあたしが信じないでどうするのよ――!」
リンゴは再び杖を構え、まぶたを閉じる。
どうして道しるべを引いたのか。それは、道しるべを辿って、マルー達が来てくれるって信じたから。こうやってマルー達を信じて、マルー達を信じる自分を信じたからこそ、女王様とここまでやって来た……。
「(だからあたし、信じるわ。あなたには力が眠っているんだって。だからお願い! あなたも、あたしに眠っている力を信じて――!)」
願うリンゴの周りで、僅かに風がそよぐ。
――胸の奥で何か、熱いものが沸き上がってくる。
しかもそれは次第に大きくなっていき、リンゴの中から飛び出そうとしている!
「 や あ あ あ っ! 」
沸き上がった熱はリンゴを叫ばせ杖を前に突き出させた刹那、杖に一瞬かかった重みと共に熱風が巻き起こる! 熱風は後方に彼女を叩き付け前方に爆破音を鳴らした。
「痛あい……って、えっ!?」
背中の痛みを噛み締めながら、リンゴはまぶたを開けた。彼女の目に飛び込んだ光景は、崩れ落ちた“壁だったもの”と、壁に空いた大きな穴だった。
「まさかこれ、“あたし達”が……!」
やったあっ! と両腕を上げるリンゴ。と思いきや、腕を胸に引き寄せ、抱き締めるように杖を両手に握り込むのだった。
「――これで。先に進めるのね」
ひとしきり喜んだリンゴは息を吐き出すと、壁に空けた穴をくぐり抜け、歩を進めた。
空けた穴の先。足元に現れたのは、途方に暮れるほど長い下り階段だった。それを下れば下る程、砂が混じったような風が消え、つんと澄んだ空気に変わってゆく。これまで歩いてきた道とは打って変わった雰囲気が、疲弊したリンゴを癒してくれている気がした。
そんな広間の中心には、等身大の柱。その上には、正方形の箱。そしてその傍では、一心に祈りをささげている者。
「女王様!」
リンゴが呼びかけると、その者が飛び跳ねるような勢いで振り返った。迫真迫る振り返り様がリンゴに、女王は大声や大音量が苦手だったことを思い出させる。
「ごめんなさい。また大きな声を出しちゃって」
「いいえ。お気遣いなく――それよりも。無事、魔法を発動できたようですね――」
「あ……はい。この杖のおかげで」
それは良かったです、と言って微笑む女王は、出会った頃と比べると、頭一つ分背が低くなっていた。
「女王様、あなた――」
「あっ! リンゴいたーっ!」
話を振ろうとした途端、聞き慣れた声が飛び込んできた。
振り返ると、おさげを揺らすマルーが向かってくるのが見えた。
「ちょっとマルー……!」
リンゴは駆け足でマルーの方へと向かう。
「良かった! 無事だったんだね!」
「ダメよ! あんまり大きな声を出さないで!」
「ええっ!?」
「おいおい。再会して早々、その言い草はねぇだろ?」
「どうしたのー?」
叱られたマルーの後ろから、ボールやリュウが姿をみせる。
「大きな音とか声が苦手な人がいるの。だからなるべく声量を落として、ね?」
「リンゴ、誰かと一緒なの?」
「ええ。ここに詳しい女王様とね」
リンゴは、マルー達を女王の元へ案内した。
こちらに、とリンゴが女王を指し示す。しかし、マルーは首を傾げるばかりだ――女王を凝視しているにも関わらず。
「本当にそこにいるのー?」
「頭おかしくなったんじゃねえの?」
「そんな事ないわよ。ちゃんとここにいるんだから」
疑うリュウとボールにこう言ったものの、二人はマルーと同じように首を傾げる。
「どうやら、私の姿は彼らに見えていないようですね――」
「そんな、見えていないなんて……」
「うん。ごめん、リンゴ」
「気にしないで、マルー。でも、残念だわ。誰もが見惚れる美人さんなのに」
「ふっふっふっ――僕にはお見通しさ」
そこに現れたのは、マルー達に遅れてこの広間に入ったエンだった。
「えっ? 師匠、見えるんですか!」
「もちろんさマルーちゃん! ――女王様、お会い出来て光栄です」
片膝をついたエンは手を差し出した。それを見たリンゴがため息混じりにああ、と漏らす。
「手、突き抜けちゃってますよ。女王様の身体を」
「おっと、これは失礼……この辺りかな?」
「離れすぎです」
「じゃあ……この辺?」
「惜しいです。もう少し前に――」
「リンゴさん。無理をなさらないでほしいと、お伝えいただけませんか? この方、私の事は見えていないんですよね――?」
「良いのよ。あたしの事を散々馬鹿にした人なんだから」
「そんな、良くありませんよリンゴさ――づうっ!!」
突然だった。女王は頭を抱えてしゃがみ込んでしまったのだ!
「どうしたんですか!? しっかりして下さい!」
「――あなた方の侵入に、気が付いて……あの人が!」
「あの人って?」
問い直すリンゴだが、女王は唸ってばかりだ。
「師匠! 大丈夫ですか!?」
不意に上がった声にリンゴは目を向ける。なんと、エンも、女王と同じように頭痛に見舞われていたのだ。
「あの方も、あの人の存在を感じているようです――」
女王は重そうに頭を上げるとリンゴにすがる。
「どうか、伝えて下さい! 私が愛した人を、どうか――!!」
女王が言い切る瞬間。それをかき消すような雄たけびが轟いた!
耳を突き刺すような悲鳴を上げる女王は、背中を丸め、みるみると背を縮めてゆく。
「女王様! ダメよ消えちゃあ――!」
リンゴが声をかけても、女王の縮小は止まらない。
「お願いします――どうか――よから――きはな――て――!」
苦し紛れにも顔を上げ、リンゴに言葉を投げた女王を、雄たけびが無情にも押し潰してゆく――。
「イヤあああぁーー!!」
「どうしたのリンゴ! 大丈夫!?」
リンゴの絶叫を聞いて駆け付けたマルー。顔を手で覆って肩を震わせるリンゴにさっと寄り添う。
「ねぇ何かあったの? 私に話せる?」
声をかけてもリンゴはすすり泣くままだ。会話が出来そうにない。
「おい! あの箱やばいんじゃねぇか!?」
不意に飛び込んだボールの声でマルーが顔を上げた。見ると、柱に乗った正方形の箱ががたがたと動き出しているのだ。そしてそれは大噴火のごとく暗雲に似た物体を噴き出した。
マルーはリンゴの傍を離れないまま、立ち昇る物体を見据える。その物体はやがて四肢をかたどり、広間を覆い尽くしてゆく!
「なんて邪悪な力なんだ。未練に怒り――黒い感情が、ぼうれいに成り果てたような――あ゛あ゛っ!」
両手で頭を抱えながら突っ伏したエンを、ボールとリュウがとっさに介抱した。
「すまない、二人共」
困憊したような声で呟いたエンへ、ボールとリュウは静かに頷く。
「リュウ、あの“黒いぼうれい”を何とかするぞ。まずはエンさんをぼうれいから引き離す――マルー! そっちは大丈夫か!?」
「大丈夫! とりあえずリンゴを端っこに連れてってそれから――!」
次の瞬間、黒いぼうれいの雄たけびが再び轟いた。もう猶予は無い――リンゴとエンを広間の端に避難させたマルー、ボール、リュウは、ぼうれいの前に立ちふさがった。
「よーし! 戦士の力、今こそ見せる時だよ!」
言うや否やマルーは左手を握りこぶしに変え、胸の前に構えた!
「 転身! The Soldier !! 」
左手を突き上げながらマルーが叫ぶと左手首を巻くブレスレットから一筋の光が飛び出す。光は黄金の鳥に姿を変え、マルーの周りを旋回。彼女の装備を整えてゆく――。
「黄色の戦士マルー! 転身、完了っ!」
戦士らしい装備を身にまとったマルーは、背負った剣を抜きながらぼうれいの元へ駆ける!
「りゃあっ!」
跳躍したマルーが上段から斬撃を見舞う。
「俺達もだ」
「うん!」
続けてボールとリュウが一声。それぞれの武器で斬りつけた。
「……空振りした気分だな」
「僕もそんな感じー」
「――もう一度だよ!」
言うなりマルーは敵の元へ走る。が直後、マルーの道筋にぼうれいの腕が振りかかった。床を跳ね上げるほどの衝撃がマルーを吹き飛ばす。
「あだっ! ううぅ、お尻痛い……」
「大丈夫ー?」
「うん。これくらい、平気っ!」
マルーは飛び起きるなりもう一度剣を構える。
「まだまだ行くよーっ!」
「待てマルー」
「えっ? 何で止めるのさ」
ボールに肩を掴まれ、待ったをかけられたマルーは頬を膨らませる。
「また突っ走ったところで同じ目に遭うぞ」
「でも攻撃しなきゃ何も始まらないよ!」
「攻撃しねえとは言ってねえだろ。作戦を立てるんだ」
「作戦?」
マルーが聞き耳をたてた所でボールはマルーの肩に置いた手を外した。
「ああ。三人で正面突っ切ったって、さっきの腕振りで全員飛ばされるのがオチだ。だから一人一人違う場所から攻める――」
ボールは、徐にマルーの横を通り過ぎながら、話を続けてゆく。
「つまり狙いを一つから三つに分散させるんだ。そうすれば敵に、攻撃を誰に仕掛ければ良いか、迷いを生じさせられるはずだ」
「そっか! 敵が迷っている所で!」
「どーんと攻撃、だねー」
「そういう訳だ。俺は左、マルーは正面、リュウは右から攻撃だ。よろしく頼むぞ」
「おっけい! 任せておいて!」
「ほーい」
こうして、ボール発案の作戦が決行された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます