012話 あたしに眠る力 / 後編



 その頃。目を真っ赤に腫らしたリンゴは広間の端で果敢に戦う三人を見守っていた。自身の数十倍は大きいぼうれいの周りを、三人はひるむことなく縦横無尽に駆け回っている。


「はあーやっぱり若いっていいなあ。あんなに動けるんだもんなあ――」


 そう口にしたのはリンゴの隣にいるエンだ。彼もリンゴと同じように三人を見守る立場にいた。


「エンさんだって――あたしよりは年上でしょうけど、十分若く見えますよ」

「そうかい? これでもミズキさんと同じくらいの年なんだけどねー」


 ミズキさんというと、恐らく、ファトバルで会った凛々しい顔立ちの女性の事に違いない。歳はいくつか知らないので何とも言えないが――少なくとも、彼女の肌はまっさらに見えたから……。


「やっぱり若いじゃないですか」

「そうかー。君はまだ分かってないなー」


 息を潜めるように笑うエンに、リンゴは眉間を寄せるしか出来なかった。


「ところで、君は行かなくて良いのかい?」

「えっ?」

「仲間が戦っているだろう? 助けに行かなくて良いのかい?」


 この問いに、リンゴは視線を落として首を振る。


「足手まといです、あたしが行ったって。泣くしか出来なかったあたしなんてどうせ――」

「僕は違う考え方をするよ。負傷者と一緒に居るんだから、もしもの時はその人を守らなくちゃいけない――つまり、とんでもない大役を任せれたんだ。ってね」

「あたしが、大役?」

「そ。ミズキさんに杖を託されただけはある。君は僕が思っているよりずっと優秀なはずさ。あそこの穴だって、君の魔法で空けたんだろう?」


 エンが指差す先。今いる広間と廊下を繋ぐ大穴が、向こうにはあった。


「確かにそうですけど――」

「だからこそ、君の魔法で仲間を助けてやるんだ。

 君のリーダーはきっと力押しで勝てると考えているだろう。でも残念ながらね、あいつには……いいや。幽霊や、怨念を糧にして動いている奴らは大抵、打撃攻撃は効き辛いんだ。

 ここに来るまでの魔生物は子分だったから良かった。でもここにいるあいつは親分的存在だ――だから簡単にはいかない。むしろこのままでは三人共やられてしまう」

「そんな――!」

「だからさ!」


 エンの手が、リンゴの肩に力を込める。そして彼は、始めに会った時と同じような瞳で彼女を見つめた。


「君がその杖と一緒に戦うんだ。君に眠る力を信じて」

「あたしに眠る力……」

「女王様も、君の事を見守っているはずさ」


 言いつつ、エンはリンゴの肩から手を離し、広間の壁に寄りかかった。


「女王様も。ね……」


 ほんの短い間ながら、たっぷりと見せてくれた微笑を思い出す。

 だからこそ、女王が最期に残した、すがるような表情が、あんまりにも悲痛で――。


 リンゴは杖を握り締めながら、一人その場でうずくまった。




「あの野郎、まだぴんぴんしてやがる……」

「さすがにもう、疲れてきたかもー」


 この頃も三人は黒いぼうれいと対峙していたのだが、変わらない戦況を前に体力をすり減らしていた。


「休んでいる場合じゃないよ二人共!」


 その中でもマルーだけはひたすらに攻撃を続けていた。一喝した勢いそのままに、彼女はぼうれいへ斬撃を加えてゆく。


「ここは私達で何とかするんだから!」

「もちろん、そのつもりだよー。でも……」

「あいつは?」

「え?」

「赤石だよ。あいつだって、俺達の仲間だろ?」

「それは、そうだけど――」


 マルーは攻撃を止め、ボールの元へやって来る。


「あんなに肩を震わせてたんだよ? 今のリンゴじゃあきっと戦えないよ」

「お前、そんな事言って良いのか?」

「だって怖がっている人に無理矢理戦いなんてさせられないよ!」

「んな事言ったらあいつは一生足手まといだぞ」

「そんなつもりじゃあ……私はリンゴの事を思って――!」

「そんなお節介必要ねえよ。お前のそれがあいつを戦えなくさせてんの! いい加減気付けし」

「ボールだって! 昔のリンゴを知らないからそんな事が言えるんだよ!」

「昔なんてどうだって良いだろ!?

 大事なのは今! お前の為に、勇気振り絞ってここまで来てる今だろが! ここでお前が「戦えない奴」だって言い切っちまったら! あいつは何の為にお前と一緒にいるんだよ!」

「それは――」


 言い返そうとしたマルーだったが、ボールの血走った目が彼女に言葉を失わせた。マルーを黙らせたボールは肩で息をしている。


「二人共危ないー!」


 突如リュウの声が二人に飛んでくる。はっとした瞬間、ぼうれいの腕が二人の頭上を捉えていた。




 爆発のような打撃音が広間を覆い尽くす時、リンゴは立ち尽くしていた。目の前でマルーとボールが床の破片に紛れて舞っているのだ。


「大変だ! すぐ助けにっ――ぐっぅ!!」


 飛び出そうとするエンには頭痛で歯止めがかかる。彼の苦しむ声すら届かなくなっているリンゴへ追い打ちをかけるようにどさりと音がする――二人が床に身体を打ち付けたまま動かない様子が目に飛び込んだ。

 ぼうれいの前に立っているのは槍を構えたリュウのみ。四人の中で一番ふくよかなはずの彼の背は、のそのそと近付いてくるぼうれいと比べるとあまりにも小さく、頼りなく見えてしまう。


 どうしよう、このままじゃあ――大きくなる不安で、彼女のまぶたと、杖を握る拳は力まずにいられない。


「(お願い……お願いよ!)」



 あたしに、もし、力が眠っているんだとしたら――!



「今目覚めてもらわなきゃ、絶っ対に許さないんだからあああっ!」


 リンゴの叫びが頭上にぼうっ、と音を呼ぶ! あまりにも大きな音に驚いたリンゴが見開くと。いつの間に掲げていた杖の宝玉に、赤々としたホノオが宿っていた。


「まさかこれって。魔法?」


 ひとたび自分の杖を握れば応えるようにホノオが燃え上がる。そのままリンゴは幽霊を見据え、杖を大きく振りかぶる! 宝玉にこもっていたホノオは飛び出し、リュウの横を通り過ぎてはぼうれいに直撃! 発破音と共にぼうれいが後退する。


「あれが、あたしに眠っていた、力……!」


 リンゴが再び杖を握り締めると再びホノオが姿を現した。ホノオの勢いはまるで臆病な自分の背を押してくれているように感じる。

 ごくりとつばを飲むと、リンゴは一喝。ぼうれいに向かって駆け出した!


「さあ、行くわよ!」


 あっという間に前線へ躍り出たリンゴが杖を突き出す。そうして放たれたホノオは加速し、ぼうれいのあご下で爆発。ぼうれいは大きく悲鳴を上げながら仰向けに倒れた。


 あんなにマルー達が苦戦していた相手を、ホノオ一つでひっくり返してしまった――あっという間の出来事に、リンゴは目を疑わずにいられない。


「あたし。やったの?」

「すごいよリンゴ! かっこよかったよー」


 そんな彼女にリュウの声がかかる。


「どうしたのー? 嬉しくないのー?」


 不思議そうに眺めてくるリュウを見たリンゴは、小さく首を振った。


「ちょっと信じられなくて。本当にあたしがやったのかって」

「うん。リンゴがやったよ。リンゴの杖から、ばーんってホノオが出てきて、それで黒いぼうれいを倒したんだ。僕はちゃんと見たよ」

「本当?」


 聞かれたリュウは、満面の笑みでリンゴに頷いてみせたその時だった。倒れたはずのぼうれいが身体を起こそうとしている。


「大変! 動き出しちゃう!」

「僕に任せて!」


 槍を構えたリュウが翻るようにリンゴから離れた。


「とおーうっ!」


 跳躍し、ぼうれいの顔面を捉えた瞬間! ぼうれいの腕はリュウを捉えていた――!


「リュウっ!」


 飛んできたハエを叩き落とすような一撃でリュウはすぐさま端に追いやられてしまった。彼の身を案じようにも、体勢を戻しているぼうれいを気に留めない訳にはいかない。


「ここはあたしが立ち向かわなくちゃ」


 リンゴは杖を握り直す。宝玉にホノオが宿ったことを確認すると、彼女はぼうれいに目線を定め、再び駆け出した。


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