053話 圧倒的な力を前に / 後編



 私が、魔導学園の師としてできること。それは、持てる力を駆使して私自身を伝えること。だからどうか、未来の行方を担う彼女に、今の私の全てが伝わるよう――


「ルベン先生……いいえ、ルベン! 全力で相手をするわ、かかってらっしゃい!」


 ローゼが言い放った先のルベンが、うなりながらこちらを見てくる。その鋭い眼光のごとく雷撃が彼女に落ちた。

 思わず片腕で目を覆うマルー。だが、今までと違って悲鳴は聴こえない。覆っていた片腕をどけてみると、目の前には人をかたどった雷撃が。目を凝らせば、まとったそれによって髪を浮かせるローゼが立っていたのだった。


「先生、その姿は?」

「これは自分自身に込めた魔力で彼の魔法を引きつけ、なじませた姿です。やって来る魔力を自身の魔力をもってして受け止めました。と、口で言うのは簡単ですが」


 説明しながらなぎなたを構えたローゼ。彼女が見据えた頃には既にルベンは突っ込んできていた。迫ってきた彼が腕を高く上げれば、ローゼに向けて力のままに振り下ろしてくる。その腕が彼女を捉える間際、雷撃は消え、代わりに地面が悲鳴を上げた。眼前で見せられたルベンの拳の破壊力はさながら、その場にローゼがいないことも相まって唖然とするしかないマルー。しかし、この間にも戦況は変化する。

 ローゼがいなくなったことに驚いていたのはルベンも同じ。彼女を探すべく顔を上げた刹那、彼の肩を鋭利な雷撃がかすめた。それによってにじむ血が与える違和感は、彼の気を引くのに十分だった。


「やああッ!」


 背後からローゼの一喝。狙いすました丹田への突きが彼を押し上げれば、彼女がまとっていた雷撃が彼に伝い、硬直させた。麻痺によって倒れた彼と、一連の動きを披露し息を吐くローゼとを見比べながらマルーの目は輝く。


「すごいです! 相手の魔法を、自分の攻撃にして返したんですね!」

「そのとおりです。彼のラクライがより強力だったこともあり、動きもより俊敏になれました。ですから、行方をくらませられたことも、武器を光速に扱えたことも、その後すぐに背後に回れたことも、彼の魔力をまとった故のものでしたね……」


 そう言ったローゼの表情が不意に陰りを帯びた。


「どうかしたんですか、先生?」

「……少し、疲れてしまっただけです。攻撃魔法をなじませるということは、その威力に負けないよう、常に魔力を留めなくてはいけませんから」

「相手の魔法に負けない力がないと、今のはできないということですね」

「ええ。そういうことです」


 ひとしきり話し終えたローゼが陰を払うように首を振ると、再びなぎなたを構えた。見据えた先、麻痺が消えたらしいルベンがよろめきながらも立ち上がる。


「私の作戦は、彼の強靭化した魔力を私自身の力に変え、彼にぶつけること。これで活路を開けるとふんでいます。さあ、この先は鍛錬です。彼の攻撃を受けるつもりで見ていてくださいね!」


 言って駆け出したローゼはルベンへなぎなたで刺突。対して身一つでかわした彼だが、その先で得物の切っ先が光る。これを避けられてはその先を突き、また避けられては突き……と、このままいたちごっこが続くかに見えた。だがそれは、ガシッという乾いた音で終わりを迎える。

 音の響いた先は前方から。見れば、ローゼのなぎなたがルベンに掴まれれていたのだ。引き戻そうにも力差は相手が上でびくともしない。そうして彼女から焦りが見え始めた時、ルベンの眼光が鋭くなった。


「先生危な――!」


 危険を知らせようと叫んだマルーの声をかき消す雷撃音。まともに目にしたせいで視界を奪われうかつには動けず、またローゼから反応がないことも相まりマルーには焦りが募る。と、それを煽るようにまたも雷撃音が波紋。更には前方で鈍重な音が響く。

 ローゼ先生が倒れる――すぐに浮かんでしまった光景を拭い取るように必死にまぶたをこするマルー。どうにか晴らした視界に飛び込んだものに彼女は思わず肝を冷やした。


「……これが、あなたが吸い取った魔力が持つ力です」


 こう言われながら地に伏しているのは、雷撃を放ったはずのルベンだったのだ。

 静まった空間で既に構えを解いたローゼが、ここまでの戦闘によって荒げた息を整えている。そんな彼女に近づいたマルーは倒れたルベンを見やった。


「身体からところどころ電気が出てるってことは――」

「ええ、マルーさんへ最初に教えたことを、彼にもう一度行ったまでです」

「ということは、さっきのあの瞬間に向こうの魔法を受けきって、そのまま返したってことですか?」


 マルーの問にローゼは頷いた。


「さて、今のうちに教え子達を救出しましょう。手伝ってくれますか?」

「はい! もちろんです!」


 そうして倒れたルベンに背を向けた刹那。マルーの背後で“うっ”と声がすると、どさり。音に振り返ったマルーは顔を青くする。


「ローゼ先生! 大丈夫ですか!?」


 そこには首元を抑えながら苦しむローゼの姿があった。みるみる表情が歪む彼女は、首元が輝いたことを合図に宙へ浮かんでゆく。その動きに合わせるように手を挙げている者が一人。その者はゆらりと立ち上がるなり、くつくつと笑みをこぼしていった。


「ドコマデモ愚カな人間ヨ。手中で有ルコトを忘レ、勝ッタツモリデイル。実に片腹痛イ」

「ローゼ先生に乱暴しないで! もう苦しめるのはやめて!」

「ソウ言ワレテ止メル阿呆が何処に居ル? 私に歯向カッタ者には死コソフサワシイノダ」

「そんな……」


 こうしてマルーが臆してしまったのを良いことに、片言のルベンが手を大きく広げてみせた。するとローゼの首元が輝きを増し、彼女の表情が苦悶に満ちてゆく。

 助けなきゃいけないという気持ちとは裏腹、身体はローゼやルベンのもとへ行こうとしない。身震いしたままうつむくマルーは唇をぎっと噛み締めていた。


「ヨウヤク理解したヨウダナ。私に宿ッタ力が偉大ナモノデアルト。コノ力に歯向カウ術は何モ――」

理解わかってたまるかぁああッ!」


 ルベンの言葉を遮る一声。それと同時にルベンは突き飛ばされ、彼の拘束から解かれたローゼが落ちてゆく。受け止めなきゃ! ――そう思う前にマルーの身体が駆け出した。


「先生っ! しっかりしてください!」

「……私は、やっぱりあの人に縛られたままだった」


 マルーに受け止められたローゼは、チョーカーを握りしめ、うつむく。


「さきほど放った攻撃も、彼の力を――ひいては、彼が申し子から吸い取った力を利用した一撃。結局私は、彼のおこぼれでしか力を発揮できない。攻撃の説明をした直後にも一瞬これがよぎったのですが……」


 どんなに引っ張られシワが寄っても千切れないチョーカーを、なお握り続けるローゼは歯を食いしばり、瞳をゆらがせていた。これを目の当たりにしたマルーが何か言おうと口を開くものの、いくら言葉を探しても見つけられず、無情に時間だけが過ぎていった。



「君も彼女ラを見習エバドウダ。私に背イタ罰を受ケ、スッカリ怯エ、諦メキッテイルデハナイカ」


 一方ルベンは、横槍を入れてきた相手に問いかけていた。


「残念だったな。俺は誰が諦めようと諦めねえタチでさ」


 細身の剣を構えて言葉を返していたのは、ボールだ。


「君が対峙シタトコロで、スグに彼女ラと同ジヨウにナルノダヨ」

「そうなるまで試してみたらどうだ?」


 ほら来いよ、と指先で手招くボールを鼻で笑うや否やルベンは急速に距離を詰め殴打。がつん! と音が弾けた間合いにはボールの得物が刀身をギラつかせる。そのきらめきを残してボールはルベンと距離をとった。


「さて、どうしたものかな。俺にできることは――っと?!」


 思考の隙間に拳の連鎖。拳の降りた地面から飛び出す瓦礫に紛れながらボールはひょいひょいと避けてゆく。


「ソノ身ノコナシをモッテシテ、何故君は魔法使イデアルコトを望ム?」


 語り進めるほどにルベンの両手からは乱雑に魔法が放たれる。それを次々にいなすボールが、はあ!? と一蹴する。


「また説明すんのだるいし、そもそも、簡単に言って、たまるかっ!」


 なだれ込むように床を転げることで魔法を避けきったボール。息は切れ切れながらも目線はルベンを外さない。その様に感心するかのように声を上げたルベンは言葉を続けた。


「マア良イ。君に潜在スル魔力を引キ出セナイママ逃スノは惜シイと思ッテイタカラナ」

「何言ってるんだ?」


 懐疑的な視線を送ったボールに怪しい笑みで返したルベンが彼に歩み寄ってゆく。


「君はソノ気ニナレバアラユル魔法を使イコナセルノダ。シカシ、できやしない、と思イ込ムコトにヨッテソレは開花サレナイデイル。実にモッタイナイ! デアルカラシテ、私は君に、一ツ提案シタイ」


 そうして目の前に来たルベンは指を一本立て、それの先をボールの胸に突きつけた。


「君サエ良ケレバ、私がホンモノノ魔法使イmagicianにシテヤレナクモ無イゾ? 私ノ下に就ケバ、私ト同等ノ――イイヤ、私以上ノ存在ニマデ上リ詰メ――」

「やめろ!」


 くちゃりと笑って覗き込んでくるルベンを思わず片手で払い除けたボールはすかさず距離を置いた。


「私利私欲でしか振るわれない力を押し付けられるくらいなら、俺は無力で構わねえ! この武器と、この身体で、俺の手の届く人達を庇えさえすればそれで良い!」


 きっぱりと放たれた言葉を飲み込んだらしいルベンは血の気を失うと、がっくりと肩を落とし、うなだれる。今までにない反応を見せられたボールは自然と武器の柄を握りしめていた。その手から溢れてくる汗は身体中を巡り、額に汗がにじみ出てくる。


「……残念ダ」

「っ!?」


 一言、発したと認識した時にはもう遅く、片手で首を捕まれたボールは壁にめり込んでいた。目を見開いている間にルベンはもう片方の手も突き出しボールを埋め込んでゆく。後頭部から思い切り突き抜ける痛みと首元の圧迫感がせめぎ合い、意識を容赦なく奪ってゆく。そうして力をも掠められるボールの手から剣が落ちた。


「君はアノ瞬間に死が確定シタ! さあ、私ノ手ノ中で眠ルが良イ!」


 笑い飛ばしているルベンの顔を捉えようと目をかっ開くボール。しかし、襲ってくる痛み達に視界すらも奪われてゆく。目の前が徐々に黒く染まってゆく中で、誰かの叫び声がした。


「ぇえええりゃあああアッ!」


 その暗闇をかち割るような風切音が飛び出すと彼の首にあった圧迫感が消えたのだ。解放された喉元に流れる空気を取り込めずにボールは咳をしながら、今起こったことを確認しようと、音が辿り着いた先に目を向ける。

 肩で息をするその人は、時々嗚咽を漏らしていた。両手でしかと握っているそれは、こころなしか震えて見えた。


「……トウに諦メキッテイタノダト思ッテイタガナ」


 不意に受けた剣撃の痕を自身の魔法で修復しながら、放ってきた相手を睨むルベン。そんな目の鋭さで引っ込んだ嗚咽の後、その人は口を開く。


「……目の前であんなのはもう見たくないから」


 声を聞いてボールはすぐ壁から脱出。落とした剣を拾うことすら忘れて駆け寄った先、その人は腕で目を拭っていた。


「マルー、お前――」

「ダメだよボール! そんな身体で動いたら!」

「動かずにいられるか! あんなに気負ってたお前が前に出てたらそりゃあ」


 そう言ったことに対してか、そう言った姿が類のない様だったからか。マルーはボールに向けて首をかしげ、くすりと笑った。


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