024話 スペルク魔導学園の依頼


 案内されたのは、サイクロンズが通った出入口とは全く違う大扉だった。先頭に立つ青髪の少女がその扉を押すと、扉の隙間から外気が押し寄せてきた。そうして広がるは、切り揃えられた草原の上に、たった一つだけ延びる石畳の路。その路の先に校舎はあった。

 赤レンガで造られたそれは、シティ一の高さを誇る大時計を囲うように建っている。もしこの建物がアースにあれば文化遺産に選ばれているかもしれない――そんな圧倒感に四人はしばらく言葉を失い、進む事を忘れていた。


「お前ら本当に運良いよなあ。俺らみたいな生徒と同伴じゃない限り絶対に入れねえから、感謝しろよ?」


 ラックは胸を張り得意気になっている。


「ありがとう! えっと……何て呼べば良いかな? 私はマルー!」

「俺はラック! でこいつらは――」

「私はレティでいいわよ」

「フロウといいます。よろしくお願い致しますわ」


 ラックに片手で指し示された二人の少女――レティとフロウはマルーに歩み寄り、代わる代わる握手を交わした。


「こっちはリンゴ、リュウと、あとボールだよ!」

「よろしくね!」

「よろしくー」

「……よろしく」


 こうして互いを紹介し合ったところで、一行は校舎への道を進む。門番が居る小屋を通り過ぎてはやがて、昇降口が見えてきた。


「ちょっとここで待っててくれよな」


 そう言ったラックが最初に昇降口をくぐる。ほどなくして戻って来た彼は、手の平程の金板に留め具が付いた物を四つ持っていた。


「こいつが来園者用のバッジだ。胸にちゃんとつけてくれよ?」


 言われるがまま、四人は来園者用バッジを身につける。金色に輝くそれを確認したラックは出発を合図し、再び昇降口をくぐった。四人と、レティもフロウもこれに続く。




 通りがかる生徒に――服装の違いから物珍し気な目を向けられるサイクロンズ。角を曲がりつつ長い廊下を歩く中、生徒からの視線が少なくなってきた頃だった。


「こちらが先生方のお部屋が連なっている階ですわ」


 列の後方にいたフロウが、ラックより前に出ては片手で指し示す。廊下の壁側に所狭しと並んでいる扉には、金板で作られた表札が貼り付けられていた。


「表札一つ一つ、名前が違うみたいだけど……」

「そうですね。先生お一人に対してお部屋は一つですから――」

「へえ?! 先生って大きい部屋に皆で居るんじゃないんだ!」

「ええ。先生方はここで寝食されていますわ」

「逆に先生皆が大きい部屋にいる学校ってあるの?」

「え? 無いの?」

「……私はあんまり聞いたこと無いわね――さて、着いたわよ」


 話をしているうちに一行は、園長室への扉までたどり着いた。


「皆さんはこちらでお待ち下さい。二人共、行きましょう」


 そう言うとフロウが扉を叩く。失礼しますと口にした彼女に続き、レティとラックが園長室へ入った途端、辺りが静寂に包まれた。


「なあマルー、やっぱ帰らねえか?」

「え?」


 沈黙に口をついたボールに、マルーの声と、リンゴとリュウから批判的な視線がやって来た。


「そんなに嫌なのー? 話を聞くの」

「ああ、嫌だな」

「やっぱりビビってるんじゃない」

「それは違う。俺はもう既に聞――」


 がちゃり、と扉の取っ手が、ボールが図書館で聴いた内容を話す直前に響いた。そうして開いた扉の隙間からフロウが顔を出し、手招いてくる。


「とりあえず、話を聞いてから!」


 明快に告げたマルーが園長室の中へ。すぐ続くリンゴとリュウをも見送りながら、ボールは片手で頭を掻く。


「行くしかねえのかぁ」



 一息ついたボールがようやく園長室へ入った時は、マルーと学園長による対話が始まっていた。


「そうか、マルー君というんだね。まさか同日に三度も会うとは」

「でも、学園長さんとまたまたお話出来ると思ってなかったので嬉しいです! よろしくお願いします!」

「それは良かった。どうかよろしく頼むよ」

「はい! それで、これからどんな話し合いをするんですか?」


 マルーの言葉の聞いた学園長が、口を閉じて固まった。ラック達に至っては目を見開き、あたふたし始める。


「……話していないのかね。お嬢さん達に」


 学園長の目に宿った殺気に震え上がる三人。ラックとレティがフロウに身を寄せ、二人の盾にされたフロウは言葉をにごす事しかしない。そんな光景に、言葉を発しただけのマルーは首をかしげていた。


「何か、また悪い事しちゃったかなあ?」


 マルーが振り返った先にいるリンゴとリュウはきょとんとしている一方、ボールは大きくため息をついてマルーの前に出た。


「俺達はあえて外枠しか聞かなかったんです。更に詳しい内容は学園長、あなたに聞いた方が良いかと思って」

「でも私、何も知――」

「ここは合わせろ。あいつらの面子を守ってやらねえと」


 こう耳打ちされたマルーはラック達に視線を送る。彼らはまぶたに涙を溜めながら、ボールに手を合わせていた。


「分かった。ボールに任せるよ」


 助かる、と応えながらボールは、後ろにいるリンゴとリュウへ、目配せで黙るように訴える。


「そうなのか、フロウ君」

「は、はいっ! そうですわ! 図書館では誰に聞かれてしまうか、分かりませんから!」


 フロウが学園長の問に答える後ろで、ラックとレティがしきりに首をかくかく動かしている。


「そうか。なら私が悪かった。何も聞かせず連れてきたのであれば、君達は悪人めいた所業を働いたことになるからね」


 目尻を下げた学園長を見て、ラック達とボールは力を抜くように息を吐き出した。


「さて、では君は――」

「ボールです」

「そうか。ボール君。どこまで話を聞いているのかね?」

「この学園で、生徒を巻き込む事件が起こっている。それの解決に、学園の部外者である俺達の力を貸してほしい……という事だけです」

「相違はないかね、フロウ君?」

「はい! 間違いありませんわ」


 学園長は、ふむ、と頷いた。


「彼らにこれを言うのは悪いんだが――正直なところ、私は未だに信じておらんのだよ。教え子の欠席は皆、家庭的な事情による長期のものと、聞かされているからね」

「ですがそれは――」

「ああ、分かっている。その教え子の家庭に連絡をとったところ、確かに帰ってきていないようでな」

「つまり誰かが生徒を連れ去っていて、その事実を隠す為に長期休暇って事にしてある、と……」

「そういうこと! 冴えてるなお前!」


 関心を寄せてきたラックに対し、ボールは無言。彼に睨まれてラックが動かなくなったところで、学園長は再び口を開いた。


「もしこれが事実であれば、早急に解決しなくてはならんと私は判断したのだよ。でも、彼らにこの事件の調査をさせるのは不安があってな……そこで提示したのだよ。彼らと同年代の者を連れてきなさいとね」


 だがまさか、と、彼は頭を掻く。


「本当に連れて来るとは思わなくてな」

「へ?」

「え?」


 困惑を含む声で話す学園長に、ラックとレティから間抜けした声が漏れた。


「あの、学園長? どういうことですの?」

「私は無理難題を出したつもりだったんだよ。部外者であるからにしても、教え子達と同じ年代だろう? 未来の可能性がある者に、実態の知れない事件の解決を頼むのは酷かと思って――」

「大丈夫です!」


 と声を張り上げたのはマルーだ。


「私達、サイクロンズですから!」


 そう言ってマルーは左手首を胸元に掲げた。そこにあるブレスレットの、プレートにはまった黄の宝石が光る。


「マルー君、それは――」

「何だ? その、サイクロンズってのは」


 ラックの言葉にレティとフロウが頷いた。学園長が目の色を変えた気がしたが……その人は眉を潜め、口をつぐんだまま動かない。


「いわゆる“お助け屋”よ」

「僕達、いろんな所を回って、いろんな人を助けるってことをしてるんだー」

「なので、どーんと任せちゃって下さい!」


 マルーは、自分の胸を叩くとにっかり笑った。後ろで質問に答えてくれたリンゴとリュウもこくと頷く。


「そういうことであれば、君達にお願いしよう。明日から調査に乗り出してくれるかな」

「もちろんです! 皆、良いよね!?」

「ええ!」

「うんうん」

「……仕方ねえ、良いぜ」


 ありがとう! とマルーが仲間に笑顔を向ける頃、学園長は部屋の奥にある席に座り、顎を拳に乗せて静止していた。


「というわけだから学園長! 俺らも事件解決に動き出して良いだろ!?」


 ラックが席の前にある大きな机に身を乗り出しながら言う。彼の後ろにはレティとフロウが前傾気味に控えていた。それに目を向けた学園長が少し黙った後、いいやまだだ、と、席から立ち上がった。


「お嬢さん達の滞在をどう納得させるつもりなのか、君達から意見をもらっていない」

「そりゃあ簡単だろ! 体験入学者にしちまえば良い。乗降口で渡されたバッジだって、ほら」


 ラックが指差すと同時に目が合ったマルー達。彼女達の胸元についた来園者用バッジは金色に輝いていた。


「普通、渡されるのって銀色だろ。それが金色っつーことは、あいつらを体験入学者として、受付は認めてくれたって事になるじゃねーか」


 これに学園長が頭を抱えたが、やがて、ままいい、と呟く。


「手筈は私が整えておこう。君達は、お嬢さん達を寮へ案内しなさい。確か、君達の部屋の隣が空き部屋のはずだろう」


 こうして学園長から鍵を受け取った一行は、三人組に連れられ学園寮へ向かうのだった。


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