023話 スペルク大図書館 / 後編
学園長と少年ラックの姿が小さくなった頃、リンゴが開口一番、情けない声を出しながらその場にへたり込んだ。
「良かったわぁ何にもならなくて!」
「お前が言うかよ。一人だけ助かろうとしたくせに」
「なんですってぇ?」
「……何でもねえよ」
ガンを飛ばすリンゴへ気だるく返事をしたボールはため息を一つ。そしておもむろにその場から離れ始めた。
「ちょっと、どこ行くつもり?」
「決まってんだろ? お前らには付き合ってられねえから一人で本を探しに行くんだよ」
「ダメだよ健! 迷子になっちゃったらどうするのさ!」
「なるかよガキじゃねえし――っつーことで、各自、用が済んだらさっきの受付前に集合」
じゃあな、とボールは片手をひょいと上げながら、本棚の曲がり角に消えた。
「いってらっしゃーいー」
「あれ? タッツーは行かなくていいの?」
「いいのいいのー健は健で――それで、さっきマルーが言ってた“あの時”って、どういう時だったのー?」
「あの時? えっとあれはね――」
マルーはここに来る前にあった出来事について、リンゴとリュウにひとしきり話した。
「つまり、さっきの男の子が受けていた試験を、マルーは邪魔しちゃったってわけね」
「だからマルー、すごく怒られたんだねー」
「でも私、ただ学園長さんとお話していただけで――」
「学園長を見かけたんですか!?」
突如、三人の間に声が飛んできた。その方へ目を向けると、三人に向かって駆け寄る青い長髪の少女がいた。
「あっ、あの時の!」
「……まあ! その節は大変ご迷惑を――!」
通りがけであるはずの少女がマルーにへこへこと謝り出す。それをマルーが笑みを浮かべながら、気にしてない、と伝えた。この状況にリンゴとリュウの頭が追いついていない時だった。
「あら、あなたあの時の子じゃない」
今度は赤いボブショートの少女が、先の少女の背後からゆったりと現れた。
「お友達に無事会えたようで、何よりだわ」
「はい! おかげさまで!」
「じゃあこの二人も、“あの時”の人ー?」
「うん。男の子と一緒のグループだった人達だよ」
「そういえば二人の服装、さっきの男の子の制服と似てるかも」
「男の子っていうと……ラックの事かしら」
これに三人が肯定を示すと、あっ、と青髪の少女から声が上がった。
「ということは、ラックさんと学園長は既に話し合いを始めて――!」
途端に顔を青くした彼女に、赤髪の少女が相手の肩に手を置き、落ち着いて、と声をかける。そうして少女はマルー達に顔を向けた。
「ねえあなた達、二人がどこに行ったか知らない?」
「場所までは分からないけど――」
マルーが学園長とラックが去った方向へ指を差すと、少女達はお礼もそこそこに、マルーが指差した方向へ向かうのだった。
「話し合いって、なんだろうねー?」
少女達を見送った後に呟いたリュウの一言に、マルーの目が輝く。
「リュウも気になるよね! ちょっとだけ見に行ってみようよ!」
「何言ってるのよ! 話し合いの盗み聞きなんて良くないわ!」
「でもやることないし、ただボールを待っているよりは……って思わない?」
「それは。思わなくもないけど――」
「じゃあ決まり! 追いかけよう!」
マルーが人差し指を立てた手を高く掲げると、少女達が去った方向へくるりと向きを変え、掲げた指を自分が進む先へ突き出した。こうして駆けるマルーに呆れながらも、リンゴは後に続き、そしてリュウも追いかけた。
そうして三人が行動を開始した頃。
一人きりになったボールは検索パッドを活用し、迷路ともいえるような本棚の間を止めどなく進んでいた。彼は一冊、また一冊と、本を手元に収めてゆく。
「――っしゃ。こんなもんだろ」
やがてボールが収めた本は十数冊に及んだ。形も厚みも様々な本で出来上がった塔を、彼は多人数が使えそうなテーブルの上に積み上げると、脇にあった椅子に腰掛けた。そうして塔の一番上から本を手に取っては、表紙を開き、ページをめくる。 しかし、彼の手はそれきりで動かなくなった。
「……だめだ。今の俺にこれは読めねえ」
息を一つ吐いたボールは本を閉じ、それを遠くに置く。そして次の本を開いてみるが、それもすぐに手が止まり遠くへ置くことに。そんな本がいくつも続き、気が付けば塔を成していた本はたった一冊。その代わり、彼の遠くでは本の山が出来上がっていた。
「……ぁあこいつもダメか! 読める文字に全然変わりやしねえ」
最後の本は投げるように山の頂上へ置かれた。彼が取った本の中身は全て、まるで記号のような、文字といえるのかすら分からないものが延々と並んでいるというものだったのだ。
異世界だから仕方ねえのかなと考えつつ、ボールは椅子の背もたれに思い切り体重をかける。
手持ちぶさたになったボールの目と耳は、周りの様子や話し声を自然と拾っていった。自分と同じくらいの年の、学生服を着た利用者が多く、学校の休み時間に話すような話題が聞こえてくる中で、そう遠くない時間に聞いたことのある声色が飛んできた。
「頼むよ学園長! 俺らにやらせてくれって!」
声の主は、先ほどマルーにつっかかっていた黄髪の少年だ――確か名前はラックだったか。席を立ち、その場で手をつき頭を下げている。対して、そうはいかない、と答えるのは白い髭を携えた学園長――つっかかっていたラックを制止してくれた老人だ。
「教え子の皆に危険が及ぶ以上、この事件に、教え子である君やその仲間を関わらせることはできない」
「でも俺らが作った資料、見てくれたんすよね? ――」
ラックは手元にある資料らしき紙の束を見せながら説得を試みているものの、学園長は静かに首を横に振るのみ。
学園長の決断は変わりそうにない――悟ったらしいラックは肩を落とし、力なく座った。
「俺が今日、優秀な成績を修められなかったからですか」
ラックの言葉を聞いた学園長が顔を上げる。
「俺らはこの学園の下であらゆる魔法を覚えたんですよ! その目で見た学園長なら、俺らのその成果を分かってくれたはずです……!」
顔を上げていたラックに強い眼差しを向けられ、学園長は頭を掻く。返答に困っている様子だ。
「見つけたわラック!」
「すみません学園長! お待たせしてしまって!」
その時、話し合いの横から二人の少女がやって来た。一方は、目にも眩しい赤い短髪の持ち主。もう一方は、先と同じほど鮮やかな青い長髪の持ち主。この二人がボールの後ろを通り過ぎ、そしてラックの元へたどり着く。
「待ってたぜ! 学園長が頑なでさ――」
「今日の試験があんなんじゃあ、とは思ってたけど……」
「難航していらっしゃるのですね……」
ラックに同調する者が増えてきたことに対し学園長は立ち上がった。
「君達は勘違いしている。例え実力があれど、大切な教え子であるからして、危険な目に遭ってほしくないのだよ」
「だからといって、このまま事件を放っておくわけにはいかないわ」
「危険なんて承知の上です! これ以上被害者を出さない為にも、私達に事件を解決させて下さい!」
お願いします! と頭を下げる三人に対し首をひねった学園長は、やがて――観念したのか、両手を上げて、分かった、と言い放った。
「それなら、一つだけ条件がある」
そう言って人差し指を立てた学園長。これに三人が、なんですか!? と詰め寄ったゆえに彼は目を見張り、再び両手を上げる。
「……君達に協力してくれる人を探しなさい」
「協力者?」
「ですか?」
「なんだ、それだけで良いのか! もっと厳しい条件かと――」
ただし! と学園長が声を上げる。
「君達と同年代であること――同い年が望ましい。そして、この学園の教え子以外であること。この二つが条件だ」
「つまり、この学園以外の知り合いを連れて来い、ってことか?」
「その通り。今晩中に頼むよ」
「今晩中に!?」
「君達は早急な解決を望んでいるのだろう? その為に準備をしてきたことはラック君が持ってきた資料でよく理解させられたよ。であれば、私の条件に対応出来るほどの準備も整っているはず。違うかな?」
それは、と少年が漏らした言葉で、辺りが沈黙に包まれるかと思った時だった。
「違いませんわ、学園長。私達にお任せ下さい!」
そう言い放ったのは青い髪の少女だった。他の二人は驚嘆の表情だったが、学園長はこれに満足したのか笑みを浮かべている。
「では、今晩中に、私の部屋へ協力者を連れて来たまえ」
こう言い残した学園長が、三人から去ってゆく。
ひとまず学園の事件とやらは解決する方向に進みそうだ――一人、胸を撫で下ろしたボールは立ち上がり、本の山を片付け始めた。
「あっ、ボールいた!」
不意に名前を呼ばれたボールが声の方へ振り向く。そこからやって来たのはマルー達だ。
「ねえねえ、青い長髪の女の子と、顎くらいの長さの赤い髪の女の子、見かけなかった?」
それなら向こうに、とボールが先ほどまで見守っていた話し合いの現場に目を向ける。しかし、既に三人の姿はなかった。
「いつの間にいなくなったんだ?」
「残念ねマルー。話し合いは終わったみたいよ」
「そっかあ。何か協力できるかなあって思ってたんだけど――」
「見つけましたわ!」
マルーの言葉を遮るような声が四人に向けられた。その声の主は、先の青髪の少女だ。
後ろには赤髪の少女とラックもおり、これを見たマルーは表情を明るくしてすぐに三人の元へ駆けた。
「私も探してたんだ! あなたが言っていた話し合いの事がつい知りたくなっちゃって!」
「でしたらお話は早いですわ。私達の学園にいらしてくださいな」
こう言った少女が歩き出したところを、マルーはスキップ混じりでついてゆく……!?
「いや待て待てマルー!」
ボールは思わずマルーの腕を引く。これにマルーは何食わぬ顔を向けて、どうしたの? と言ってみせる。
「俺達の許可なく行くんじゃねーし! っつーか、すっげえ面倒そうな臭いがする」
というか先の話し合いの内容からしてかなり面倒臭いやつだ――とは、向こうの三人の前ではとてもじゃないが言えない。だからどうか分かってくれ、とボールは、目と、腕を掴む手の強さで訴える。
「何よあんた、ビビっちゃって」
「話を聞くだけでも良いんじゃないかなー?」
「いやビビってるとかじゃねえし」
「だったら話を聞きに行きましょうよ!」
「そうだよ、行こ行こー」
いやだから話し合いは既に終わってるんだって! ――とも、声を大にしては言えない中で、リンゴとリュウはあの三人についていこうとする。
「大丈夫だよ!」
そして気がつけば腕を掴んでいたはずの手がマルーの両手に包まれていた。
「皆で話を聞いて、それからどうするか決めれば良いんだよ!」
満面の笑みを向けるマルーに、ボールはつい言葉を失ってしまった。これが命取りだった――ボールはマルーにぐいと引っ張られる。
「それじゃあ、話し合いの場所に案内してくれるかな?」
「はい! では皆さんこちらへ――」
こうしてボール――ないしサイクロンズは、学園に足を運ぶこととなったのだった。
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