001話 ひと夏の探索


 住宅街を駆け抜けつつ、もらったおにぎりをたいらげたマルー。照りつける太陽を明るい水色の瞳に映して彼女は進んでゆくが。


「――おいマルー前っ!」

「え、あっ! ごめんなさいお兄さん……」

「ちゃんと周りを見ろ。自転車の人とぶつかるところだったぞ」


 健が静かな夜のような瞳を使ってマルーを咎める。しかし言われた本人は、ごめんごめんと受け流してはまた駆け出した。懲りていない様子に呆れながらも、健は再び彼女を追う。

 やがて二人は街路樹が植えられた道に差し掛かった。先の住宅街には日を遮るものがなかった故に火照った身体に木陰はちょうどいい。しかしこの木陰に癒やされる暇はなかった。


「マルー早くー!」

「健ー、こっちだよー」

「凛! タッツー!」


 やがて、進む先からマルーと健を呼ぶ声がした。その方向には八月の太陽を一身に浴びる森があり、その手前には人影が二つある。


「遅くなった、こいつのせいで」

「そんなににらまないでよ。ちゃんと間に合ったんだよ?」

「間に合いはしたけどな?――」


 と健が言いかけたところに「マルーったら」と言葉が割り込んできた。

 腰に手を当ててマルーを見上げるその人の名は、赤石凛あかいしりんだ。


「おはようリ――」

「また寝坊したのね!? もっと余裕を持って起きなきゃダメじゃない!」

「ぅ……でも、私起きて三分で準備したんだよ? この早さは新記録だよ!」

「そんなのよりも早起きの新記録を作りなさい!」

「はーい。次から頑張りまーす!」


 凛が釘を差すように向けてきた人差し指と朱色の瞳を、マルーは元気に返事をすることでやり過ごそうとしている。このあからさまな態度に凛が頬を膨らませていると。


「まーまー。皆揃ったから良いんじゃないー?」

「そうそう! タッツー分かってるー!」


 間延びした声色で出されたタッツー・大塚竜也おおつかたつやの意見に、マルーはすぐさま相づちを打った。


「ここまで元気にやって来れたことを褒めてほしいんだけどなー?」

「そだねー。マルーは暑い中、よくここまでやって来たよー」

「それだったらあたしもなんですけど!」

「じゃあ赤石さんにも拍手しないとー」

「おいおい。三人共、話がそれてるぞ」


 マルー達の会話を止めた健の手にはバインダーと筆記具が握られている。


「今日は何のためにこの、ウワサの多い危険な森にやって来たのか分かってんのか?」

「あっ。そうよね、すっかり忘れてたわ」

「この森、ウワサなんてあったのー? 見たところ、吹いてくる風が気持ちいーごく普通の森でしょー?」


 そこがおかしいんだっての、と健が筆記具で竜也を指した。


「その風が、今日みたいな猛暑日で、風が一切ない時でも吹いてるんだぜ?」

「言われてみれば、ここに来るまで全く風を感じなかったわね」

「そういえば私も、部活の帰りに必ずここで涼んでから帰るんだったや。ここに来ればいつでも涼しい風が吹いてるから、私、ここに“風の森”って名前を付けたんだ!」

「何だそのベタな名前は。てか、そういうありきたりで済む場所じゃねえぞ。ここを埋め立てようとした工事の人達が、天罰をくらって大ケガしたとか。人を飲み込めそうなくらいでっけえ怪物がいたとか」

「ぷっ! なによそのオカルトチックなウワサ!」

「いやマジだから。地元の新聞で一面トップだった事あるから……っておい赤石? 俺の顔見て笑いすぎなんだが?」

「だって……よりによってあんたが! 非現実的な事ッ、言うからッぷフーッ!」


 笑いをこらえきれずに息を吹き出しまくる凛と、これが収まりそうにないと悟りため息をついた健。そんな二人を見ていたマルーと竜也は苦笑を浮かべるのだった。


「とにかく、この風の森に何があるか調べるのは、夏休みの自由研究にぴったりだと思ったんだ!」

「健が言っている通りだと、なんか危なそうだよー?」

「だからお願いしたんだよ。皆がいれば怖くないって言うでしょ? それに、皆と一緒に何かを作るって楽しそうだなーとも思って!」

「それもたしかにー」


 竜也が感心している間に、マルーも調べる準備を整えた。


「さ、皆! 準備できたら出発するよ!」

「はーい。行ってみよー」

「待ってマルー! あたしまだ準備できてない!」

「さっさとしろよ赤石。置いていくぞ」

「もう! か弱い女の子を一人にするなんてひどいんですけどー!」


 ひとしきり話に花を咲かせたところで、マルー達四人の“風の森”探索が始まった。

 森の中は――開拓予定地だった為か、草花が踏み固められたことによる道が出来上がっていた。風にそよぐ木々と木漏れ日のおかげで取れる涼が、四人の火照った身体を癒やしてゆく。


「あれ? 行き止まりだ」


 時経たずして四人の進む道は絶えた。目の前は脚を隠すほど伸びた雑草でうっそうとしている。


「マルー、どうする?」

「引き返すのが一番じゃないかしら。ほら、ウワサの事もあるじゃない?」

「でも、引き返したら、調べたとは言えないんじゃないー?」

「分かってないわね。調べ物はなんでも安全第一よ。無理をしないのが一番――」

「皆、しーっ!」


 意見が飛び交う中マルーがとっさに人差し指を立てて口に当てた。皆を静かにさせた彼女が見つめる先、草むらにまぎれて、細長い耳がぴんと伸びている。


「あの耳、もしかしてうさぎかしら?」

「この森って、うさぎが住んでたんだねー」

「んなわけあるか。おそらく飼われていたのが迷い込んだんだろ」

「でも近所でうさぎを飼っている人なんて聞いたことがないわ」

「私が見てくる。三人共待ってて」


 そうしてマルーは草むらをかき分け、うさぎの耳らしき何かに近づいてゆく。しかし草むらに手をかけた事自体が良くなかった。


「あ! 待ってうさぎさん!」

「っおいマルー離れるな!」


 些細な音を聞き取ったらしいうさぎがどこかへ行く様をマルーが追いかけ、これをとっさに健が追った。


「ちょっと! あいつ勝手に動いて――」


 と前に出た凛だったが、草むらに消えてゆく二人の方へそれ以上踏み入ることはしなかった。


「あれ? 追いかけないのー?」

「ええ。ここはマルーに言われた通り待つのが良いわ。だってきっと、二人きりにしといたほうが駆けていった矢先であんな事やこんな事が……ぷふふふ……!」

「赤石さん、顔が悪い人みたいになってるよ……」


 凛が怪しい笑みを浮かべている間もマルーはうさぎを追う。わずかに揺れる草を頼りに追いかけていると突如、眼下に更地が広がった。

 そこに腰を下ろしてはすまし顔のうさぎは、白い耳に真っ黒な顔。目元は白く抜かれ、身体の毛色も白黒に別れている。


「パンダ模様のうさぎさん? ……可愛い! 初めて見た!」


 マルーはうさぎと同じ目線になるようにしゃがみ、おいでー、と腕を広げてみせる。すると向こうも正面を向いては前かがみになり、ピャーッ! と一声。真っ黒い瞳の奥が鋭く光った気がした。


「この感じ、今受け止めちゃったら大ケガする……かも?」


 シャーッ、とマルーのつぶやきに答えるようにうさぎが鳴いたか否や、突然駆け出しマルーへ頭突きを繰り出した!


「ぅが――っ!?」


 お腹から真っ向に受けてしまった彼女は押し上げられた空気を短く吐いては茂みへ飛んでゆく。

 倒れたマルーが痛みをこらえているにも関わらずうさぎは前歯をむき出しに上空から接近! とっさに彼女は横に転げて避けたものの、起き上がってみれば、転げる前の場所はうさぎの突撃によって大きく陥没していた。

 まるで隕石が落ちたかのような光景にがく然とするマルー。そんな彼女に向けてうさぎは先と同じように威嚇してきている。


「どうしよう、これじゃあ引くに引けない……!」


 目と目が合ったまま動けないマルーは願わずにいられなかった。「誰か助けて」と。それをののしるように鳴いたうさぎが地面を蹴った瞬間だった。


「危ねえっ!」


 飛んできた声とともに横から来た何かでまたもマルーは転がった。


「このうさぎ! こっち来たら、どうなるか分かってるだろうなァッ?!」


 うさぎを寄せ付けないよう声を張り上げたのは、凛と竜也から離れ、マルーを横から押し倒した望月健。彼がこうしたことでうさぎの突進を免れたのだ。

 彼が一本の枝を向け、精一杯の力でにらみつければ、うさぎは前足をあげて立ち尽くす。その様子を二人は固唾を飲んで見ていると、やがて向こうはそっぽを向いてどこかに消えてしまった。

 こうしてうさぎが草むらに消えたのを見届けたマルーは、情けない声を上げてその場に座り込むのだった。


「勝手な行動しやがって。俺が来てなかったらどうなってたか分かるか?」

「……ごめんなさい、健」


 うさぎと対峙した時の緊張感で諭した健は、マルーが肩を落としている様子を見て、息を漏らす。そして彼はわずかに口元を緩めた。


「ケガはないか?」

「うん、なんともないよ」

「ならよし、だ。ほら、立てるか?」


 と、健が片手を差し出すと、マルーはそれを取り、立ち上がった。


「ありがとね、健!」

「おう……」


 マルーに笑顔を向けられた健は目を見開いたまま言葉を失う。


「どうしたの? 何か変なところあった?」


 不思議そうに見つめる空色の瞳には、健の赤らんだ顔が映っている――それを見てしまった彼はとっさにマルーの手を離してそっぽを向いてしまった。


「健、本当にどうしちゃったの?」

「だから何もねえって。ほら、さっさとタッツーと赤石んとこに――」


 と、健が来た道を戻ろうとした時だった。


「 イヤァああああああっ! 」


 突如悲鳴が耳をつんざく。思わず二人は目を合わせた。


「い、今の声って――」

「あの甲高い声、間違いなく赤石だ」

「じゃあ向こうで何かが起こったってことじゃ――!」


 今すぐ戻らないと! そう思う前に二人の脚は来た道を戻っていた。

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