009話 魔法使いと女王 / 後編


「あ。そうだわ。いけないいけない……」


 幽霊に追いついてからしばらくして、リンゴは手持ちの杖を使い、地面に線を引き始めた。ずりずりと地面が立てる音に気付いたのか、幽霊が振り向きざまに立ち止まった。


「何をされているのですか――?」

「道しるべを描いているのよ。あたしの仲間が、あたしの元にちゃんと来られるように、って」

「ですが、杖の宝玉の部分で線を引くのはいかがなものかと――」

「どうして?」

「杖の宝玉は、ヒトでいう心臓です。そこに傷を付けるという事は、杖の魔力を弱めてしまう事になりかねません。ですから、もし道しるべを描くのでしたら反対側で描くべきかと――」

「そう……分かったわ」


 リンゴは杖をひっくり返し、先ほどまで持ち手であった部分を床に付けた。すると幽霊は噛み締めるように頷いた。


「こうやって道しるべを描けば良いのね――えっと……“女王様”と呼べば良いかしら」

「はい。構いません――」

「それじゃあ女王様。あたしの事はリンゴって呼んで下さい」

「リンゴさん――よろしくお願い致しますね――」


 幽霊――女王は静かにはにかんだ。まぶたは相変わらず閉じたままだが、思ったよりも感情は豊かな様子。心臓が弱いといい、話が出来るといい、どうも彼女は幽霊らしくない。


「それで、お願いの件なのですが――」

「あっ。忘れるところだったわ」


 今まで“怖い”印象しかなかった存在に親近感が湧いてきたところで、女王が本題を話し始めた。


「先程、王についてリンゴさんにお話しましたね――実は彼、何かに憑りつかれたかのようにこの世を彷徨っているのです。私は、彼に、もう眠って良い、とお伝えしたいのですが、私の声は、彼に憑りついた何かをはらわなくては届かないようでして――」

「その憑りついた“何か”を、あたし達にはらって欲しいのね」


 リンゴの言葉に、女王はうなずく。


「分かったわ。あたし達は“サイクロンズ”ですもの。女王様からの依頼だってばっちり解決してみせるわ」

「サイクロンズというのは――」

「いわゆる“お助け屋”よ」

「それは頼もしいですね――ひとまず、彼は一番奥深くにいらっしゃいますから、自然と辿り着きますゆえ――」


 まずはリンゴさんのお仲間を探しましょう。と、女王は先を急ぐ。リンゴも、道しるべを描きながら、女王の後に続くのだった。




 それにしても、この遺跡は単調だ。緩やかな下り道に、その道を照らす灯台、壁や床の色も質感も何も変わらない。

 そんな道を歩んでいるリンゴだが、退屈さはあまり感じていなかった。おそらく、女王と一緒に談笑しながら歩いているからだろう。互いの生活についてが互いの興味をそそり、一つ話題が出れば途端に話に花が咲いてゆくのだ。

 加えて、会話を重ねる度に変わる女王の表情も面白い。幽霊のはずである彼女から生気を見てとれるからだ。幽霊全部がこんなに人間らしいなら良いのにと、話をしながらリンゴはつくづく感じるのだった。


「そういえば、女王様」


 ふと、思い立ったようにリンゴが言う。


「どうされましたか?」

「ずっと不思議に思っていたんだけど、どうやって灯台に火を点けてるんですか?」

「――何故そのような疑問を?」

「もし魔法だったら凄いなあ、って思って」

「そうですね――確かに、私が移動している今、僅かながら周りに火属性の魔力を張っていますから、魔法を使っている事にはなるかと――」

「だったらお願い! あたしに魔法の使い方を教えて!」

「うっ――!」


 リンゴに迫られた女王は、両耳を押さえながら背中を屈めてしまった。それを見たリンゴは思わず口に手を当てる。


「ごめんなさい。大声とかが苦手だったのよね」

「いえ。お気になさらずに――魔法について教えてほしい、との事でしたよね――」


 立ち上がった女王は、心なしか、始めより背が縮んでいる気がした。


「リンゴさん? どうされましたか――?」

「えっ? い、いえ! 何でも!」


 これから魔法の事を教えてもらうんだから――背丈のことは頭の隅に置き、リンゴは女王の話に耳を傾ける。


「魔法の使い方というのは、そうですね――!? リンゴさんこちらへ!」


 突然形相を変えた女王が、物陰へとリンゴを手招く。

 リンゴはやむなく、道の外れに身を隠すことになった。


「どうしたのよいきなり」

「来ます。大軍が」

「大軍?」

「耳を澄ますのです――」


 言われたリンゴは、道に耳を傾ける。そうして間もなく、押し寄せる大波の様な音が轟いてきた。

 女王と共に、その音に見つからないよう息を潜めるが、音は一向に止まない。むしろ音はだんだんと大きく聞えてくる……。


「何なのよ、この音」

「王を護衛する為、この辺りを巡回している兵士達の足音です――彼らには私が見えていない様子ですが、地を足で踏み締めている者には容赦なく襲いかかります――」

「そんな!」


 止まない音から察するに、兵士の人数は想像を遥かに超えていそうだ。


「あんなのに追いかけられたら大変じゃない……!」

「心配はいりません。この時をやり過ごせば、会う事はありませんゆえ――」

「本当? これをやり過ごせばもう会わないのね?」


 女王がしかと頷く。これを見たリンゴが胸を撫で下ろした頃、兵士達の足音はかすれ、やがて聞こえなくなっていた。


「それでは、進みましょうか――」


 女王が再び道を行く。

 リンゴも物陰から顔を出す。目に飛び込んだのは、来た道を乱雑に埋め尽くした、兵士達の足跡だった。


「あーあ。あたしが描いた道しるべ、消えちゃった……」


 せっかくの努力が水の泡だわ、と気を落とすリンゴ。


「来てください、リンゴさん――!」


 女王の呼び声が耳に入ったのはその時だった。


「どうかしましたか?」


 リンゴが女王の元へたどり着いた時、彼女は道の途中にある壁を見つめていた。


「あの。その壁に何があるんでしょうか」

「――魔法の使い方、というのは、言葉で提示できるものではありません」

「えっ?」

「魔法は、使い方に忠実であるだけではいけません。魔法を使うにあたって最も大切な事は、目に見えないものなのです」

「目に見えない、大切な事――」

「それは、この壁を破ることで得られるでしょう――それでは――」

「え、ちょっと!」


 リンゴが引き留めようとした時は既に遅かった。女王は目の前の壁をすり抜けてしまったのだ。


「……ここは一人でやるしかなさそうね」


 取り残されたリンゴは、杖を両手に、前方へ構えた。


「このパートナーの力を借りて、あの時のように集中すれば、きっと!」


 こうしてリンゴは、一人、静かに目を閉じる。


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