003話 目覚めの戦士・マルー
マルーの目が剣による発光に慣れると、辺りが様変わりしていることに気付く。
振り返っても、下を向いても、見上げても、この空間では洗練された無彩色のみが広がっていた。
「誰もいないみたい……一体どうなっているんだろう」
「貴女は――」
「 ? 」
「貴女は誰? いつもの人じゃない……」
こう話しかけてくるは、マルーより一回り大きい、黄金の羽毛に覆われた鳥。鮮やかな赤色の瞳でじっとマルーを見つめている。
「私マルー! あなたは?」
「私は、フェニックスソードを護るもの――フェニックス」
「フェニックス……ねえお願い力を貸して! 私、皆を助けたいの!」
「……なら、私の願いも、聞いてくれる?」
フェニックスの問いかけにマルーはしきりに頷いた。
「今、私が護っている世界が、影という存在に滅ぼされようとしている。その影に立ち向かう五人の戦士、すなわち五大戦士の一人として、私と一緒に戦ってほしいの」
「えっと……つまり、私が五大戦士の一人になって、あなたが護っている世界を救ってほしいってこと?」
「うん、そう」
穏やかに、かつ強く答えたフェニックス。
「世界を救うなんて、そんなすごいこと、私に出来るのかな……」
「貴女は私と言葉を交わしている――これこそ、貴女が世界を救うことが出来る証」
とはいうものの。
世界が滅びるなんて大げさで、まるで漫画のような話を簡単に信じていいのだろうか。でもそれを嘘だと言い切ってしまえば説明のつかないことが山ほどある。
まず私が今いる真っ白な空間。次に目の前の黄金の鳥。
さっきまで居たはずのお姉さんに、その人をあっけなく弾き飛ばした植物の怪物。その怪物に凛とタッツーは襲われ、健も捕まってしまった。
怪物に立ち向かったときの緊張も、襲われそうになったときの恐怖も。そしてあの剣を手に取ったときの感触すらも、嘘で幻だと片付けることはできない。
胸の内を聞く為に置いたような手を、マルーはぐっと握り、息を吸い入れた。
「あの!」
意を決しかけた言葉と視線がフェニックスにぶつかる。
世界滅亡を防いでほしい――大切なお願い事ではあるが、この瞬間のマルーにとってそれはどうでもよかった。
「もし私が世界を救えるなら、……友達も、私を護ってくれた人も、……私に救える?」
「はい、貴女なら雑作もありません」
当然であるように答えてみせたフェニックスに、マルーの心が固まった。
「なら、私、やるよ! 皆も世界も、全部全部私が救ってみせる!」
決意の言葉を聞いたフェニックスが目を細める。
「なら、未来を担う新しい戦士に、私の力を貸しましょう」
「ありがとうフェニックス!」
「……私は、フェニックスソードを護るもの。貴女の名前をもう一度教えて――」
「私は丸山真理奈! マルーって呼んで!」
「……ではマルー。左手を上にかざして、叫んで――」
「叫ぶ? 何を?」
問いかけたものの、フェニックスの姿は見えなくなっていた。
言われた通りにするしかないと悟ったマルーは左手を挙げてみる。すると左手首から一番星のような光が放たれた。そのすぐ後に手首を光線が走り、やがて弾けた光から現れたのは銀のチェーンブレスレットだ。それを目にした瞬間のマルーがはっと口を開けた。
「私、分かった! どう叫べばいいのか!」
掲げていた左手を、力強く胸の前に持ち込む!
「 転身! The Soldier ――っ!! 」
叫んだマルーへ黄金の鳥――フェニックスが光の如く旋回! マルーの姿をみるみる変えてゆく!
「黄色の戦士・マルー! 転身完了っ! ……ってええっ!?」
無彩色な景色から元の森へ解き放たれたマルーの姿はうって変わってしまった。
丈夫そうな生地のワンピースに装着された青銅色の鎧。胸を覆う部分には真っ赤な宝石を中心に広がるS字の紋様――羽を広げたフェニックスを思わせる――がある。ニーハイソックスに装着された膝当てと、両手のこては、鎧と同じ素材で青銅色、宝石も紋様もあった。
このように自分の姿を確認しつつ、その場でターンやジャンプをする様は軽やかで、転身した本人は全く重さを気にしていないようだ。
「すごいすごい! ゲームの主人公になったみたい!」
「さあマルー、私をその手で掴んで――」
「あっ、いけない!」
マルーは茂みに刺さっている“フェニックスソード”の柄を掴む。
「抜けてえええっとっととと――!」
引き抜く勢いのまま後ろへバランスを崩しかけるマルー。今までビクともしなかった剣が、膨れた切っ先とくびれた刀身、そして空高く舞い上がりそうなフェニックスを模す
「貴女の想いが私を強くします。さあ、一緒に――!」
刀身に写ったマルーに語りかけるように聞こえたフェニックスの声。柄を握り直した彼女の瞳に宿るは闘気。その闘気はマルーの叫びと脚に移り、疾走させた!
「何だあれ。剣と鎧――?」
大振りな剣を両手に駆け回る幼い女戦士。これを最初に見た健に向かって戦士は跳躍し剣を振り上げる。
「やあーっ!」
「は!? ま、マルー!?」
驚く健のすぐ横でマルーの一太刀! 彼を掴んでいた太い根はきれいに切り落とされた。
「はぁ、助かったぜ。にしてもマルーその姿――」
「話は後でね!」
マルーはすぐに向きを変え、凛と竜也を怪物の太い根から解放させる。
「よし! これで後は――」
「ちょっとあなた!」
「お姉さん――あっ! この剣を渡す約束だったのに!」
「いいえ。今はあなたが持っているべきだわ。私が魔法で敵の動きを止めるから、あなたはその剣の力を引き出してとどめを刺して!」
女性は言い切る間もなく両手から雷撃を放射! 敵の全身を巡った雷撃が動きを鈍くする。
「さあ! あなたの番よ!」
「はい! ……ってどうすればいいんですか!?」
「あなたの想うままに剣を振りなさい! 想いがその剣を強くするのよ!」
「そっか! フェニックスも言ってた――」
剣を肩まで持ち上げたマルーが駆けた! 前進するごとに刀身に鮮やかな輝きが宿る!
「 い っ け え え え え え え え っ! 」
跳躍したマルーが剣を大きく振り下ろすと輝きはフェニックスに姿を変え、怪物を真っ二つに引き裂く!
怪物の割れんばかりの悲鳴が、光と共に森中を駆け巡った……!
「すごいわマルーっ! マルーが、怪物をやっつけたわ!」
「凛? ……わっ!」
突然の喝采と
「……私、倒したの?」
やがて一言告げたマルーに、そうよ! と凛が両肩に手を置いてきた。
「マルーが必殺技で消し飛ばしたのよ!」
「ああ、見たぜ。金色の鳥が一直線に敵へ向かっていった」
「かっこよかったよーマルー」
「健、タッツー……そっか。私、守れたんだね! 皆の事!」
やったあ! と、剣を投げ捨てたマルーは三人を丸ごと抱き締めた。そのうちにマルーは元の姿に戻るのだった。
「とりあえず、犠牲者が出なくて良かったわ」
「あっ、お姉さん! ありがとうございます! 私、ちゃんと倒せました!」
眩しい笑顔で話すマルーにそっと近付いた女性は、マルーの肩に手を置いた。
「やっと見つけたわ。新しい五大戦士」
「――そうよマルー! さっきまでの格好、戦士みたいだったわ! 一体どういうことなの?」
「えっと……」
迫ってくる凛の視線を避けるように、マルーは女性に向けて口を開く。
「あの、フェニックスに言われたんですけど、世界が滅んじゃうって本当なんですか?」
「は? 世界が」
「滅んじゃうですって!?」
「どういうことー?」
マルーは三人に、フェニックスに言われて引き受けた内容について話す……。
「世界を救う為に戦士になってくれって……すんげえ事引き受けたな」
「だって助ける為にはどうしてもあの剣の力が必要で……あれ?! フェニックスソードがない!」
「ここにあるわ」
先ほどマルーが投げ捨てた剣は、女性が持つ鞘に収められていた。
「そういえば転身する前はあの剣、重くて持ち上げられなかったや」
「当然よ。この剣は、五大戦士に選ばれてなくちゃ重くて使えないもの」
「へえ! そうなんですね!」
「おいおい。この人さらりとすげえ事言ったぞ」
感心しているマルーの横で健が口を開いた。
「すごい事って?」
「あの人は、五大戦士? に選ばれているからあの剣が使えるんだろ? つまりあの人も世界を護る人って訳だ」
「だったらおかしいわよ! こんなにすごい人がいるのにどうして同じフェニックスソードにマルーは選ばれたの?」
「そういえばそっか!」
「どうしてなんですかー?」
「……運命だから、としか言いようがないわね」
「運命?」
「何だそれ」
「どういうことよ」
「面白そーう」
四人から注目を浴びる女性。少し黙り、それから口を開く。
「私達が住む世界“ローブン”が「影」という存在に滅ぼされようとしている――そんなお告げが私のもとに届いたの。私は当然、私を含めた前の五大戦士が戦うのだと思っていたわ。でもお告げは違った。五大戦士はアースからやって来るって――」
「アースってもしかして……地球っていう意味の、あの
「やっぱり! あなた達の世界はアースって言うのね!」
言った女性が急に距離を詰めてきた。目をらんらんと輝かせるその人からマルー達の身が思わずたじろぐ。これを察したらしい彼女はさっと姿勢を正しそれから一つ咳き込んだ。
「そう。そのアースに一体何があるのか――それを探る為に私はこの森にやって来たの」
それで……と話を続ける女性がおもむろに背を向け、そして腕を回し始める。
「何をしているのかしら」
「体操じゃなーいー?」
「話の途中で体操するかよ」
「あっ! お姉さんの前で光が広がってる!」
女性の腕で描く軌跡からやがて人を通すことが出来る程の光の円が現れる。
「この円の先は、私が住む世界――ローブンに繋がっているわ。マルー、話の続きはこの先でしましょう?」
「私……」
「おいマルー行くつもりか? 戻って来れるか分からねえんだぞ」
「マルーのそのブレスレットが、二つの世界を繋いでくれるわ。安心して」
待っているわ、と言葉を残し女性は円の中に消えた。
マルーは改めてブレスレットを見る。
プレートの中心で輝く黄色の宝石。中心の奥深くで浮かぶ五つの線が、先の尖った星のように見える。そんなプレートの端と端を、細長い鎖でぐるりと繋いでいた。
ひとしきり眺め終えたマルーは、女性が作り上げた円に視線を戻す。
「行くのか、マルー?」
「うん。行くよ」
「何よあんた。怖気づいたの?」
「まさか。出来すぎた話だと思って……だからこそ、俺も行くぜ」
「健……!」
「もちろん、あたしも行くわよ!」
「僕も行くよ。世界のヒーロー……じゃなくて、ヒロインのお手伝いをするんだー」
「凛……タッツーも……」
三人の決意を視線で受け取ったマルーは、女性が描いた円を見据えた。その先に目を凝らせば、晴れ渡る青が手招きしていると分かる。
「この先が“異世界”っつーことか」
「一体どんな世界なのかしら!」
「わくわくするねー」
「皆、行くよ……!」
マルーを先頭に、四人はゆっくりと“異世界”へ足を踏み入れた。
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