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 昨晩、シェイラの寝室を訪れた時も、彼女は激しく怒っていた。フレデリックとウィリアム、そしてアレクシアが、毎晩のようにビリヤード室で深夜まで遊び、飲酒をしていたというのだ。

「なんなの、あいつらは! 人の実家に押し掛けておいて、午前中は起きて来ないわ、ブラッドフォード家の馬を乗り回すわ、食事にケチはつけるわ、極めつけに、ビリヤード室にお酒を持ち込んで飲んでいたのよ!」

 エリザベスは寝室を歩き回りながら、わめき散らした。

「明日はお父様がお帰りになるというのに! 我がストーンワース屋敷で子供が飲酒をしただなんて、絶対に知られてはいけないわ。それに、食事の時の態度も問題よ。あの二人には、明日からは紳士になってもらわないと困るわ。もしお父様の前で無礼な態度を取ったら、アレクシアと一緒にキャンベル家に追い返してやる!」

 本人たちにも説教はしたようだが、まだ足りないとばかりに、シェイラの前で怒りを発散させたのだった。

 サー・エドウィンが戻り、ストーンワース屋敷の秩序と礼節は回復したように見えた。フレデリックたちは早起きし、アレクシアは持ち前の人懐っこさで、エドおじさまの機嫌を取った。

「そういえば、アレクシアたちのことは心配いらなかったね。サー・エドウィンも男性の客がいた方が楽しそうだったわ」

 シェイラは話題を変えてそう言った。エリザベスは「そうね」と応じた後に、憎々しげに付け加えた。

「あの二人、お父様の前では急に猫を被って大人しくなって。わたしのことは見くびって好き放題していたくせに……!」

 それからエリザベスは、舞踏会の新たな心配事を漏らし始めた。シャーロットがダンスの練習の時に、あまりにも嫌そうな顔で踊るので、当日になって「やっぱり行かない」などと言い出しはしないか、というのである。シェイラは、彼女は男性と踊るのは嫌だが、貴族の舞踏会に興味があるようだから、行かないとは言わないだろうと話して、エリザベスを安心させた。

「ねえ、こうして寝室に二人でいると、プラム寮に戻ったみたいだわ!」

 エリザベスが急に大発見でもしたように、ぱっと目を輝かせてこう言った。

「えっ?」

 唐突すぎて、そう返すことしか出来なかった。エリザベスは気まずそうに顔を背けた。

「なんでもない。ちょっとそう思った、ってだけよ」

 翌日の日曜日は平穏に過ぎ去り、舞踏会の月曜日となった。

 出発は晩餐の後なので、夕方から準備を始めた。メイドが寝室にイブニングドレスを運んできたあたりから、シェイラは平静ではいられなくなっていた。

 頭がふわふわして、霧がかかったように物を考えられない。足が床についていない気がする。そんな状態でも、メイドが有無を言わせぬ仕事ぶりで着付けてくれるので、あっという間にドレス姿に変わった。コルセットをきつく締められて、なんだか息苦しい。

 髪を結い上げ、飾りをつけて、水色のドレスで着飾った淑女が完成する。甲高い声で喋る中年のメイドがしきりに褒めてくれるけれど、シェイラは鏡の中の自分の姿を見るのが嫌で目を背けた。

 階段を下りて行くと、一階から黒のテールコートを着たフレデリックが見上げていた。その嬉しそうな顔を見て、シェイラは少し気分が落ち着いた。彼が気取ったポーズで手を差し伸べる。考える間もなく、シェイラはそこへ手を預けていた。

 晩餐を終え、一同はブラッドフォード家の馬車二台に分乗してパムベリー屋敷に向かった。なだらかな山道を下って行くと、やがて山間の広大な谷間に、古代神殿のような大邸宅が現れる。昼間見た時と違って庭園は闇に塗り潰され、道と館だけが浮かび上がっている。幻想的で美しいが、どこか物悲しい。

 けれど、中に入ってみると意外なほど騒々しく、思ったより格式ばらない会だと分かった。次々と到着する招待客はみな家族連れで、十代の子供や若者が多くいる。とても豪華だけれど、田舎の一地域の、家族ぐるみの社交界なのだと思った。ほとんど知り合いしか来ないと言っていたエリザベスは、サー・エドウィンとともに挨拶回りに忙しい。アレクシアはいつの間にか一同から離れて、兄と思しい紳士と腕を組んでいた。クレアは、笑い者にしていたウィリアムと親しげに談笑し、シャーロットはあちらこちらと歩き回って、興味深げに会場の様子を観察していた。

 シェイラは、なんとなくシャーロットの後について、ぼんやりと歩いている。フレデリックはまるで警護するように、シェイラの傍から離れない。

「君がキレイだから皆見てるよ」

 そう言われて、一瞬、本気で腹が立った。

「そういうこと言わないで。恥ずかしいから」

 やがて楽隊の準備が整い、ダンスが始まった。完璧主義のエリザベスの計らいで、一同は全員、最初のダンスの相手が決まっていた。シャーロットはウィリアムと機嫌よく踊るだろうか。心配がよぎったけれど、フレデリックと組んだシェイラはいよいよ動悸がして、他の面々の様子を見る余裕はなかった。


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