7-4



 翌日の日曜礼拝は、学年末考査の開始前日だからなのか、出席者が普段の半分くらいに減っていた。シェイラはシャーロットとクレアの三人で席を取り、他の面々が来るだろうかと見回した。

 エリザベスは来ていない。気がかりなアレクシアとウィリアムも現れない。なのに、来て欲しくないあの二人は、二人ともいた。

 真っ白い顔の男子生徒は、いつもの席で勉強していた。シェイラを見ることもないし、シェイラが見ていても顔を上げることがない。教科書を見る目つきは真剣そのもので、試験対策に手一杯という様子だった。

 不気味だけれど、見られるよりはずっといい。シェイラのことを忘れて勉強のことを考えていてくれるなら、こんなに有難いことはないと思おうとした。

 フレデリックはシェイラたちより遅れて現れ、前の列から机を跨いで、シェイラの左隣に割り込んで座った。彼の身体がすぐ近くに来た瞬間に、ねっとりと吸い付くキスの感触を思い出して、身震いした。もう忘れようと思ったのに、キスぐらいのことでなんと繊細な神経だろうかと、シェイラは自分が情けなくなった。

 正直に白状すれば、初めてのキスはナイトリー先生に捧げるものとして、シェイラはその瞬間をロマンティックに夢見ていた。その夢を奪われたから、余計にショックも恨みも大きいのだが、こんなことは、恥ずかしくて誰にも言えない。もしエリザベスやアレクシアに知られたら、乙女チックすぎると言って大爆笑されることだろう。

「久しぶりだね、元気だった?」

 フレデリックは、にっと笑顔を作ってそう話しかけてきた。

「ええ、まあ」

 シェイラは自分でも驚くほど冷淡に応えて、顔を背けた。わざとそうしたわけではない。仲間内の雰囲気を悪くしないために表向きは以前と変わらないようにすべきだと思うのに、嫌悪感で、自然とそうなってしまったのだ。

 その態度に、彼は意外にも、シェイラの気持ちを察知したらしかった。

「もしかして、キスしたこと怒ってるの?」

 シェイラはぎょっとして彼を見たが、恥ずかしさにまた前を向いた。

「怒っているというか……」

 抗議するチャンスだと思ったが、その場で抵抗しなかった自分も悪いので、一方的に彼ばかりを責めることは出来ないと考えた。

「あの時は、あの変な人のせいで気が動転していて……。でも本当はしたくないの、あんなこと。友達同士であんなことしないでしょ?」

 フレデリックは明るい調子で答えた。

「このあいだのはちょっと突然すぎたね。悪かったよ」

 謝ってくれた。ごく軽い謝罪だけど、シェイラは嬉しかった。

「そうね。とにかく、もうしないで」

 思わず、「こちらこそごめんなさい」と言いそうになるのを抑えて、シェイラは努めて毅然とした態度でそう言った。フレデリックは話を続けた。

「ところで、あのことを教頭に話したのは君なの?」

 シェイラは、ハート氏と一緒にセントトマス学院の教頭に会った時のことを思い出した。

「そうだけど、あなたの名前を出したのがいけなかった? 教頭先生に何か聞かれたの?」

「いや、別にいいんだけど。君がそんなことしなくても、僕からちゃんと話したのになと思って」

「えっ、そうだったの? ごめんなさい、わたし、余計なことをしたのね」

「いや、別にいいよ」

「わたしがあの人の名前を知らないものだから、教頭先生はあなたに訊いたのだと思う」

「そうだろうね」

「あの色白の変な人、何かお咎めはあったのかしら?」

「あいつは謹慎処分になったよ」

「えっ!」

 今そこにいるけれど、と言いかけてやめた。

「だから先週、日曜礼拝にいなかったのね……」

 けれど、もうお日様の下を歩いている。

 シェイラは、これからも一人での外出を控え、怯えて暮らすしかないのかと思い失望した。せめて退学処分にして欲しかったけれど、それは被害者が本格的に悲惨な被害にあってからしか望めないというわけだ。

「大丈夫だよ。あいつがまた何かしてきたら、僕が助けてあげる」

 不安で俯いていたシェイラは、そう言われて顔を上げた。フレデリックが穏やかな表情で見つめていた。

 何も言わないのに、怯えていると分かってくれた。そう気づいたとき、シェイラは初めて、彼の優しさを受け取ったという気がした。

「ありがとう。でも大丈夫。これからは気を付けて行動するから」

 胸の奥が、緩んで温かくなる。警戒しなければと思うのに、この感覚を止められなかった。

「それでね、シェイラ、礼拝が終わったら……というか、今からでも、二人でどこかに行かない? どこでも君の好きなところでいいから、一緒に歩きたいな」

「今日は試験勉強があるから……」

 ほとんど反射的に断ったが、言った後にも後悔はなかった。フレデリックの誘い方が以前よりも心がこもっている気がして、一層うかつに二人きりになってはいけないと思ったのだ。

「……そっか、そうだよな」

 フレデリックは視線を逸らし、大きく一つ息を吐いた。

「うん、今日は僕も勉強することにするよ。そうでないと……さすがにマズいことになる……!」

 そう言って苦笑いする彼が、必死に勉強する姿を想像して、シェイラも少し笑った。


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