7-5



 翌日から、学年末考査が始まった。

 筆記試験を受けること自体に慣れていないシェイラは朝から緊張していたが、エリザベスの必死さはそれ以上だった。ここ数日はピリピリしている彼女を刺激しないよう、いつもに増して世話をするときに注意をしている。着替えさせるときも髪を結うときも、暗記用のメモ帳から目を離さない彼女の視界を遮らないよう、気を使わねばならない。うっかり腕がぶつかりメモ帳を払い落としてしまった時には、物凄い形相で睨み付けられた。

 試験初日の出来は、まずまず予想通りだった。得意の古典文学は時間内に全て埋めることができ、八割がた点が取れたように思う。反対に、数学は必死に解いても三分の二ぐらいしか埋められない。これを時間内に全部解ける人なんているのかと思ってしまうが、理数系が得意なシャーロットに言わせると数学は「簡単」で、化学に至っては「こんなバカみたいに簡単な科目はない」ということになる。

 寮に戻ると、メイドから手紙を渡された。ライアン卿の執事であるゴードン氏からだった。シェイラの頭の中で、時間が一週間前に巻き戻る。寮費の件の返事が来たのだ。

 内容は、ごく短いものだった。

『ご提案の件ですが、支援額の総額に変更がないことであれば、当方に問題はございません。来年度(九月)からの内訳を以下の通りとしてよろしいでしょうか』

 そしてその下に、授業料幾ら、寮費(プラム寮)幾ら、雑費(お小遣い)幾ら、という内訳が記されていた。

 シェイラは拍子抜けしてしまった。これほど事務的な返答が来るとは思わなかった。まったく、あんなに悩んだことがバカらしい。ゴードン氏のこの調子では、ライアン卿まで話が通っていないかもしれない。

 この返答のおかげで、シェイラは事が上手くいっただけでなく、それに伴う罪悪感もほとんど払拭された。シェイラはゴードン氏に感謝し、それでお願いしますという旨の手紙を書き上げた。

 次の日の夜になって、エリザベスから突然、夏期休暇に実家に遊びに来ないかと誘われた。

 試験が終われば、セントルイザ女学院は約二か月間の夏期休暇となる。寄宿生のほとんどは実家に帰るが、実家というものがないシェイラには行くところがない。人がいなくなったプラム寮で二か月を過ごすのだと、漠然と考えていた。

 突然誘いを受けて、シェイラは何の謀略だろうかと、暫く考え込んでしまった。「えっと……」と言ったきり返事をしないでいると、エリザベスは痺れを切らしてこう言った。

「『えっと……』じゃなくて、来るのよ! どこか行く当てもないくせに、何を悩むのよ。本当はクレアだけ来てくれればいいのだけど、彼女を誘ったら、シェイラとシャーロットも一緒だったら行ってもいい、だって。あなたとシャーロットはクレア様に感謝して、ありがたく付いて来ればいいのよ!」

「わかった、わかったわ」

 シェイラは納得し、エリザベスを怒らせてまで断る理由もないので受けることにした。

 そして金曜日になり、試験日程は予定通りに全て終了した。シェイラは今までの人生で感じたことのない種類の達成感を味わっていた。自分で計画した試験勉強を、自分でやり切った。上手くいかない部分もあったけれど、次回への課題が見つかることが、また楽しい。何が得意で、何が苦手なのかがよく分かり、ますます今後の学習への意欲が湧いた。

 試験明けの土曜日はシャーロットと一緒にクレアの部屋に集まり、甘いお菓子をご馳走になりながら、試験のことや夏期休暇のことをお喋りしてのんびりと過ごした。

 翌日は夏期休暇前の最後の日曜礼拝だった。試験が終わった者は結果を見ずに休暇に入って構わないため、参加者は先週より少ないぐらいである。この二、三日で、校内の人口が明らかに減っていた。

 人が少ないことと、休暇前の解放感でつい油断して、隣の通路沿いを空席にして座ってしまった。そこへ、フレデリックが滑り込んできた。

「試験終わったね。どうだった?」

「まあまあよ。あなたは?」

「落第は阻止できたと思う」

 フレデリックが笑うので、シェイラもつられて笑った。

 彼はまた二人で出掛けないかと誘ったが、シェイラは旅行の準備を理由にして断った。来週で試験結果を告げる最後の授業も終わり、学院は夏期休暇に入る。実家に帰るエリザベスに同行して、クレアとシャーロットと共に、遊びに行くのだと説明した。

「なら、会えるのは今日が最後かもしれないよ。僕も来週中には実家に戻るし、夏は色々と予定もある。次は休み明けの、九月ということになってしまうよ」

 フレデリックがシェイラをじっと見つめて、反応を待っているのが分かった。

「そうね、また秋に会いましょう」

 本当はなぜだか動揺していたけれど、平静を装ってそう答えた。彼は心なしか傷ついたように見えた。

 少し、胸が痛む。けれど、向こう二か月間ほど彼の顔を見ずに済むと思うと、ほっとしていることもまた事実だった。


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