7-6
月曜日からの授業は残っている者だけで適当にやるという状況で、教師も生徒も誰もやる気がなく見えた。シェイラは試験結果に一喜一憂しつつも、落第がなかったおかげでそれを楽しむことができた。水曜日になり、試験の順位が発表されたというので、シャーロットと一緒に見に行った。シェイラはその時まで、そんな発表があるとは知らなかった。事務室前の廊下の壁に、紙がたくさん貼り出されていた。そしてそこに、エリザベスが青ざめた顔で立っていた。
「来たわね、学年一の秀才さんが……!」
エリザベスはシェイラたちに気が付くと、憎々しげにそう言った。秀才と呼ばれたのはシャーロットだろうと思ったが、彼女は無視して掲示を確認し始めた。各教科ごとに一枚の紙があり、そこに成績上位者が一番から十番まで書き出されていた。
「いちいち見なくても、全部あなたが一番よ」
エリザベスは腕を組んで、腰をかがめているシャーロットを見下ろした。
「ああ、そうなの?」
シャーロットは口だけでそう応じて、信用できないとばかりに掲示の一つ一つに目を通した。シェイラは一部を確認して、エリザベスの言う通りと分かると感嘆の声を上げた。
「二人とも凄いわ! 全部一番と二番だなんて!」
その無邪気な様子が気に入らなかったのか、エリザベスの顔がさらに険しくなった。シャーロットはそっけなくこう言った。
「別に大したことないわよ。この学校はレベルが低いから」
シェイラは、エリザベスが爆発するのではないかとハラハラした。
「でも凄いわよ! 二番でも十分凄いと思うわ!」
エリザベスはシェイラの言葉は無視して、シャーロットに歩み寄った。
「あなたね、全教科で本気出す必要なんかないでしょ? 迷惑なのよ、こっちは一番でなきゃ意味がないって言われて、必死で頑張っているのに……! 毎回これじゃあ、わたしが何も努力していないみたいじゃない!」
「あなたの都合なんか知らないわよ。そっちが勝手に二番を取っているのでしょ? わたしに文句を言うなんて筋違いもいいところよ」
エリザベスは魚のように口を開閉させたが言い返せずに、顔を紅潮させた。シャーロットはそれを不思議そうに眺める。エリザベスはぷいっと踵を返し、大股に去って行った。
完全勝利だ。そう思ったシェイラはシャーロットが眩しいぐらいだった。尊敬の眼差しで見つめられていることに気づいて、シャーロットはこう言った。
「卒業するときに教師の推薦状が欲しいから、これぐらいのアピールはしておかないとね」
その日の晩からエリザベスは実家に帰るための荷造りを始めた。と言っても、実際に詰めるのはシェイラの仕事だった。エリザベスはというと、試験が終わってから再び現れるようになったアレクシアとお喋りしている。アレクシアは夏期休暇の旅行にウィリアムを誘ったのに、行くのかどうか返事をしてこないとぼやいていた。
次の日で最後の授業が終了し、その翌日の昼過ぎには、ブラッドフォード准男爵家の四頭立て馬車がエリザベスを迎えにやって来た。御者と従僕がシェイラたち四人分の荷物をあっという間に馬車に積み上げた。エリザベスは毅然と背筋を伸ばし、従僕に補助されて馬車に乗り込む。先に乗っていたクレアはそわそわと落ち着きがない。二人は綿素材の旅行用ドレスに身を包んでいたが、後から乗り込んだシェイラとシャーロットは相変わらず学院の制服を着ている。これはメイドの制服とは別物なのだが、シェイラはなんだかメイドのようだと思ってしまった。
学院を出発した馬車は街道を北上し、メレノイ市の中心部に入る手前で東に進路を変えた。三十分も走ると、車窓はすっかり田園風景となる。東方への街道は平野を南北に二分するように、一直線に延びていた。
車内では、ほとんどクレアが一人で喋っていた。彼女は高揚した様子で、親族も使用人も同行せずに旅行するのは初めてだと語った。
クレアと付き合うにつれ、彼女はお喋りが好きなだけでなく、かなりの噂好きだということが分かってきた。始めの頃はよく、家族や使用人のみならず、会ったことも見たこともない実家近隣の誰それ男爵一家の話を聞かされた。「わたしって、耳年増なのよ」と彼女は言う。母親や、家庭教師にメイドたちという大人の女性にばかり囲まれて育ったので、経験はないが知識ばかり豊富になった。外見が幼く、幼稚な服を好むのはその反動なのだと自分で言っていた。
最近は噂の対象がパイン寮の寮生やメイド、教師たちに移行して、エリザベスの興味を引いている。エリザベスはクレアの話に、とりあえず笑ったり、大袈裟に感心したり、まめに相槌を打ったりする。シェイラやアレクシア相手にはあり得ない愛想の良さだった。
シェイラは他人の噂話にはさほど興味がない。けれど、クレアの噂話は聞いていて不快と言うほどではなかった。同じ噂話でも、エリザベスがする時には常に嘲りや非難が付いてくる。クレアの噂話は悪意がない。彼女はただ噂をするだけで楽しいのだ。だから彼女が誰かの話をしてキャラキャラと笑っていても、その笑いに意味はないことを知らなければならない。意味もなければ、罪もないのである。
一方、シャーロットは馬車の揺れをものともせず科学雑誌を読みふけっていた。
やがて、平野を軽快に駆けていた馬車が、スピードを緩め、方向を変えて進んでいく。街道はメレノイ州の広大な平野に別れを告げ、その東側に横たわるラホース山地に差し掛かっていた。ラホース山地はメレノイ州とプリサント州の境となる山地だが、標高は高くない。街道を馬車で行けば一時間程度で越えられる南北に細長い高地である。その山間にイーストラホースの街があり、そのさらに東側にストーンワース村がある。
ストーンワース村に入った馬車は街道から小道に逸れて、緩やかな坂を上がっていく。ほどなく鋳鉄の門があり、その向こうに白亜の館が現れた。セントルイザ女学院を出発してから三時間ほどが経っていた。馬車はブラッドフォード准男爵家のストーンワース屋敷に到着した。
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