第八章 ストーンワース屋敷
ストーンワース屋敷は白亜の壁に直線的なデザインが美しい現代風の建築だった。豪華な印象があるのは、正面の玄関前に古代神殿を模した列柱が並び、その上に壺飾りがついた胸壁のバルコニーが載っているためだろう。
馬車から降ろした荷物は全て使用人が運んでくれる。玄関前にはさらに十数名の使用人が並んでいて、当家のお嬢様の帰宅を出迎えた。エリザベスが中に入ると、奥から壮年の紳士が出てきた。彼は両腕を広げて、玄関ホールに響き渡る大声でこう言った。
「エリザベス、わが娘よ! よく戻った!」
そして、娘を抱擁した。
「お父様、ただいま戻りました」
エリザベスは眉をひそめて、困ったような顔をした。
サー・エドウィン・ブラッドフォードはエリザベスに似た美形で、肌艶が良く、髪も髭も黒々とした若々しい紳士である。中肉中背だが精悍な身体つきで、活力が漲っている。
エリザベスが学友の三人を紹介すると、彼はクレアに向かって恭しくお辞儀をした。
「ミス・クレア・クロフォード、貴女を娘の親友として、我がストーンワース屋敷にご招待できる栄誉を神に感謝します。生憎、ゴールデールのクロフォード子爵と面識はありませんが、これを機会にお付き合いを始めることが出来れば、これに勝る喜びはありません」
クレアは小腰を屈めて応じた。
「ご招待ありがとうございます。エリザベスさんにはゴールデールのわたしの家にも是非遊びに来て欲しいわ」
「我が家はゴールデールのクラッグフィールド屋敷に比べれば狭苦しいでしょう? そちらは玄関ホールなど、ここの二倍以上はあるのではないですか?」
「うちはただ大きいだけで、古臭い家ですから。こちらの方が最新式でずっと快適そうですわ」
「二十年ほど前に改装したので新しいように見えますが、元の屋敷は先祖から受け継いだ二百年以上前のものです。そう新しいわけでもないのですよ」
「まあ、そうでしたのね」
クレアは相手が身分ある紳士で、しかも初対面でも物怖じしない。慣れているのである。普段は意識せずに付き合っているけれど、本当に貴族の令嬢なのだなあと、シェイラは感心してしまう。
一方、サー・エドウィンは完璧な正装と、気取った身のこなしがどこか白々しくて、却って何かを取り繕うかに見えた。けれど常に微笑をたたえているので、辛うじて好印象を保っている。彼は屋敷を案内すると言って、娘とクレアを伴って奥へ進み始めた。
サー・エドウィンの眼にはシェイラとシャーロットは映っていないようだったが、ここで置いてけぼりをくうのも困る。シェイラは彼らの二、三歩後ろを静かに従った。すると、サー・エドウィンは思い出したように振り返り、
「その他のご学友も、どうぞ滞在を楽しんで」
と言って、にっこりと微笑んだ。
サー・エドウィンは女生徒たちを連れて屋敷内を巡り、主な部屋で自ら説明をした。大小のホールと応接間に、そこから見える庭園。朝食室に正餐室、図書室にビリヤード室などである。そして普段は足を踏み入れないであろう台所に入って行き、最新型の調理設備を披露した。
ストーンワース屋敷はシェイラからすると大豪邸なのだが、サー・エドウィンは各部屋の小ささを、クレアに対してしきりに恥じていた。シェイラにとっては大きすぎない方が、家庭的とも快適とも思えたので好ましかった。サー・エドウィンは次に晩餐で会うことを約束して、寝室への案内をエリザベスに任せた。シェイラはその頃にはもう、この屋敷を好きになっていた。
シェイラたちには来客用の寝室を一部屋ずつ与えられた。こじんまりした室内で窓から庭を見下ろしてみたり、ベッドに腰掛けたりしていると、さっき別れたばかりのエリザベスがやって来た。
「シェイラ、イブニングドレスは持ってきた?」
「持って来ていないわ」
シェイラは即答する。そんなものは持って来ていないどころか、持っていない。
「そうでしょうね。制服以外の服を見せてちょうだい」
シェイラは言われるままに旅行鞄から服を取り出した。上下別の物が一組と、ワンピースが二着である。これらはライアン卿の屋敷にいた時に貰ったものなので真新しく、品質も良い物だった。エリザベスは遠慮なくシェイラの服を広げて見ると、しかめっ面をしながら言った。
「ドレスとは言い難いけど、一応合格とするわ。まだ子供だし、あなたたちのことは貧しい私生児だって伝えてあるから、お父様も仕方がないとお思いになるわ。晩餐にはこれを着て下りてくるのよ」
「わかったわ」
「毎日、晩餐は午後七時、昼食は午後一時よ。絶対に遅れないで」
「わかったわ」
「お父様は常識のない人間が一番嫌いなの。遅刻は絶対にダメ。それから、食事の席で変な話はしないでね」
「……うん、分かったわ」
シェイラは「常識」とか「変」とかいう漠然とした指示にたじろいだ。エリザベスはそこまで話すと、溜息を吐いた。
「今からシャーロットにも言ってくる。あなたより、あの子の方が心配よ。何を言い出すか分からないから」
「……そうね、たしかに……」
友人に申し訳ないと思いながら、遠慮がちに同意した。
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