8-2
「あの子の髪が短い理由は、病気の治療のために切ったことにしてあるから。何か訊かれたら話を合わせて」
「えっ、病気なの?」
「違うわよ。本人に訊いたら、髪を洗ったり結ったりする時間を短縮するために『元を絶った』そうよ。そんなおかしな理由、とてもお父様に説明できないわ。病気と言えば、納得するでしょう?」
「それはそうだけど……」
簡単に嘘をつくエリザベスが恐い。シャーロットの髪が短い理由が分かったことは嬉しかった。実は病気かもしれないと心配で、本人には訊けずにいたのだ。
エリザベスは隣のシャーロットの寝室へ行った。ふと、シャーロットが服を持っておらず、制服や極端にみすぼらしい格好で出てきたら友情の危機かもしれないという考えが浮かんだ。
着替えを済ませ、晩餐の時間になって降りてみると、シャーロットの服はシェイラと同じ程度だった。
エリザベスとクレアはドレスアップして優雅に降りてきた。二人は同じ十五歳だが、エリザベスは大人のような色気を醸し出し、クレアは逆に幼児のように可愛らしい。どちらも屋敷の優美な内装を背景にして絵画のように美しいので、シェイラは観賞するように眺めた。シェイラたちは応接間に入り、そこで初めてブラッドフォード夫人に紹介された。
ブラッドフォード夫人はエリザベスの母親だが、娘とは似ても似つかない。痩せて貧相な女性で、顔色が悪く、年齢はサー・エドウィンよりずっと老けて見える。虚ろな目をしてシェイラたちが挨拶する間はずっと膝に乗せた飼い猫を撫でていた。そして愛想笑いの一つもなく、儀礼的な挨拶も述べずに、わたしは身体が弱いので私室にいることが多く、今後会うことはほとんどないでしょうという内容を、ぽつりぽつりと猫に向かって言うのだった。エリザベスはばつが悪そうに片頬を引きつらせていたが、ついに我慢できないと口を切った。
「お母様、まだ体調がお悪いのでは? 寝室で横になられた方がいいわ」
ブラッドフォード夫人は返事はおろか表情ひとつ変えなかったので、余計に気まずくなった。すると、使用人が晩餐の準備が整ったと告げに来て、その場は助かった。
エリザベスは一人娘なので、ブラッドフォード准男爵家の家族は三人だった。そこに客が三人加わって、六人の晩餐となる。
サー・エドウィンの相手はクレアがしてくれる。クレアが家族の話をして、それをサー・エドウィンが熱心に聴くというわけだ。二人いる兄の話には食い入るようだったが、長兄の婚約者が登場すると急に元気がなくなる。娘と同じくらいの分かり易さを目の当たりにして、シェイラは笑いをこらえた。クレアの家族の話は際限なく続き、おかげでシェイラは「常識」のない「変」な話をしてしまう危険もなかった。
エリザベスはもちろんクレアの話に加わっており、残るはシャーロットとブラッドフォード夫人だ。この二人は何も話さない。シェイラは部屋のデザインを褒め、料理の感想を言うなどしてブラッドフォード夫人に話し掛けたが、返事をしてくれないので諦めた。きっと彼女は人見知りで、初対面の人間と話したくないのだろう。シャーロットは話し掛ければ返してくれるので、彼女と話すことにした。
翌日からは、ブラッドフォード家の親戚や、地元の名士の屋敷への訪問が始まった。相手の身分が高い時はサー・エドウィンが同行し、それ以外はエリザベスが一行を連れて行った。訪問先は豪邸の時もあれば、こじんまりしたロッジの時もある。相手が在宅なら応接間に通されて三十分ほど談笑する。
社交は主にクレアが担当した。彼女は相手が誰でも物怖じしない。クレアの本当に凄いところは、全く面白くない話を相手の反応など意に介さずに、ずっと話し続けられることだろう。これは皮肉ではなく、シェイラは心から尊敬していた。その自信が、彼女の高貴さの証拠だと思った。
子爵令嬢クレアの扱いはどこでも別格だったが、かといって、シェイラたちが邪険にされることもなかった。訪問先の相手が話し掛けてくれる時には、シェイラも精一杯、愛想よく振る舞った。
最初に訪問したラホース山地の領主、ラホース伯爵のパムベリー屋敷は宮殿のように壮大だった。その屋敷では所蔵する美術品と一部の部屋を、一般の観光客に公開している。シェイラたちも見せてもらうことになり、女主人のラホース夫人が自ら案内をしてくれた。サー・エドウィンとエリザベスは栄誉と恐縮を表現するのに忙しかったが、少し離れて付いて行ったシェイラはすっかり観光客と化して、屋敷の見学を楽しんだ。
その二日後、ラホース夫人はブラッドフォード准男爵家の家族と滞在中の学友を、全員まとめて二週間後に屋敷で催される舞踏会に招待してくれた。三十代半ばのラホース夫人は、十代の若者を呼び集めての催しが好きで、寄宿学校が休みになるこの時期の舞踏会はここ数年の恒例となっていた。招待されるのは、伯爵家と付き合いがあるラホース山地の上流家庭で、滞在中の親戚や友人も含まれる。エリザベスとサー・エドウィンは毎年のこの招待を大変な栄誉と捉えていて、期待通りに招待状を持った使者がストーンワース屋敷を訪れた時には、父娘で大いに喜んだ。エリザベスは、シェイラとシャーロットに向かって「あなたたち、合格よ!」と叫んだ。
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