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 舞踏会は二週間後の月曜日だった。すぐに問題となったのはシェイラとシャーロットの衣装だが、これはエリザベスがイブニングドレスを貸してくれることになり、すぐに試着も済ませて落着した。

 次の問題は特にシェイラとシャーロットに、ダンスの練習が必要だということだった。これは早く練習しても忘れてしまうので、後でやろうと話が決まった。

 訪問の予定がない時は、ラホース山地の自然を散策するか、ストーンワース屋敷の中で過ごした。シェイラは数日滞在するうちに、この屋敷もここでの生活も、大好きになっていた。

 ストーンワース屋敷は内装に木材が多用されている。廊下の壁は、随所に連続模様が彫刻された松の板張りで、主な部屋の床はヘリンボーン柄の寄木細工である。どの部屋も家具の趣味が良く、使用人たちの忠実な働きで隅々まで掃除され、曇りなく磨かれていた。

 そして、好きな部屋の中でも別格なのは図書室だった。壁一面に書物がぎっしりと並んだ様は、鳥肌が立つほど美しい。

 図書室を自由に使って構わないと聞いて、シェイラたちは興奮気味に足を踏み入れた。いつも無表情なシャーロットが、この時ばかりは嬉々として目を輝かせた。

 それ以来、用事がない時間はシャーロットが吸い寄せられるように図書室に入っていくので、シェイラがそれに倣い、クレアがシェイラに付いて行き、エリザベスはクレアに従って、一行は応接間ではなく図書室で過ごすようになった。

 サー・エドウィンは屋敷に不在の時も多かったが、在宅している間はよくシェイラたちを、……というよりクレアを気遣っていた。四人が予定のない状態でいることを知ると、彼は午後のお茶会をエリザベスに開催させて、そこで彼女にピアノを演奏させた。

 客をもてなしたり、メイドに指示をしたり、普通は女主人の役目と思われる仕事も、この屋敷では全てサー・エドウィンが取り仕切っていた。ブラッドフォード夫人はいないような存在で、本人が予言した通り、三日目からは昼食にも晩餐にも顔を出さなくなった。そしてサー・エドウィンが不在の間は、彼をそのまま女にしたようなエリザベスが、立派に代役をこなしていた。

 シェイラはプラム寮を離れて以来、エリザベスの世話から完全に解放された。ストーンワース屋敷には、彼女の個人付きメイドがちゃんといる。それだけでなくシェイラも、お客様として使用人たちに十分な世話をされていた。

 エリザベスの顔色を窺わなくていい生活の解放感は想像以上だった。単に仕事が減って自由時間が増えたという以上の、精神的な自由を感じる。エリザベスのことを考えずに、いつも自分のことを考えていて良いという自由がある。それにここでは、エリザベスの機嫌が悪くて場の空気が張りつめても、シェイラは責任を感じずに済んだ。メイドさんが粗相をしたのかなと思いながら、クレアたちと一緒に彼女の不機嫌の被害者のような顔をしていればいいのだ。

 快適な生活が瞬く間に過ぎ、滞在一週間が経とうとしていた。図書室でシャーロットと二人きりになったシェイラは、彼女が張り出し窓に備え付けられた明るいソファーで読書しているのを見て、急に不安に襲われた。

「わたしたち、こんなに毎日毎日、遊びほうけていていいのかしら?」

 この一週間、シェイラは勉学らしきことをほとんどしていない。しかしシャーロットは、気が付けば何か読んでいる。外出の馬車の中や、図書室でのお喋りの時間や、他のメンバーが晩餐後にゲームに興じている間に、彼女は本や雑誌や、新聞を読んでいて、同時に書き物をしている時もある。シェイラの方は、持ってきた古典文学を就寝前に少しめくる程度である。かといって、彼女と同じことがシェイラに出来るはずがない。トランプで遊んでいる最中に突然「私はもういいわ」と宣言して輪を外れ、欠伸を一つしてソファーに寝そべり、新聞に手を伸ばす等という所業は、マイペースが周囲に認知され、許されているシャーロットだから出来る技なのである。

「何? 今のはわたしに訊いたの?」

 かなり時間が経ってから、シャーロットはシェイラの問いに、ゆっくりと視線を上げた。

「他にこの部屋に誰もいません!」

「『いいのかしら』も何も、あなたが好きにすればよいことでしょ。わたしに訊かれても答えようがないわ」

 シャーロットは書物に眼を戻す。シェイラは思わず渋面を作ったが、思い切って彼女の隣に座った。

「わたし、出来るかどうかは分からないけど、再来年度は飛び級して第四学年になりたいの。そのためには来年度はたくさん単位を取らなきゃならない。勉強することが山ほどあって、時間が足りないって思うのに、来年度になる前に二か月も休みがあるのよ! この二か月間勉強していれば大分余裕が出るし、わたしのように遅れている生徒にとっては、他の子に追いつくチャンスになると思わない?」

「それが解っていながら、どうしてここへ来たの?」

 シャーロットはページを捲りながら、ふっと小さく鼻で笑った。


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