7-3


「でも後悔してるわ。わたしがやり過ぎだったわ。ウィルは本気で怒っちゃったみたい。……どうしよう?」

「とにかく、早く謝るしかないと思うわ!」

「わたしが謝るの? 元はと言えば、ウィルがデートしてくれないのが悪いのに?」

「そんなこと言ってる場合じゃないと思うわ。やり過ぎだったって思うなら、ちゃんと謝って。それから……出来ればトムにも謝って欲しい……」

 アレクシアは怪訝そうな顔をした。

「わたしから謝らなきゃダメかしら。向こうから折れて来ないかな?」

「そりゃあ、あなたと仲良くしたくて、折れて来るかもしれないけど、ウィリアムを先に謝らせてしまってはいけないと思うわ」

 アレクシアは憮然として暫く黙っていたが、やがてこう言った。

「こういうのって、結局、より多く惚れている方が謝ることになるのよね……。だからしょうがない、分かったわ……」

 そして、溜息を吐いた。シェイラは彼女が何も解っていないような気がしたが、ウィリアムに謝ってくれれば充分だと思い、それ以上は言わなかった。

 やがて、アレクシアは再び口を開いた。

「あーあ、付き合う気はないけど、トムは優しかったな~。今日は本当に、トムのおかげで久しぶりに楽しかった! 彼ね、わたしにずっと憧れてたから、一緒にいられて感激なんだって」

 アレクシアは、うふふと嬉しそうに微笑んだ。

「アレクシア……」

 シェイラが呆れてそう呟くと、彼女は察したのか、きっと表情を引き締めた。

「分かってるわよ。わたしは浮気はしないわ!」

「そう信じているわ……」

「あら、本当よ! でも考えてしまうの。どうして男の人は、わたしの為に頑張ってくれるのは最初だけなのかしらって」

 声が深刻な調子になった。彼女は続けた。

「いつもそうなのよ。最初は向こうが追いかけてくれて、甘い言葉で一生懸命に口説いてくれる。デートの時もわたしを喜ばせようとして、凄く頑張ってくれる。でも付き合い始めると、だんだん頑張らなくなるの。エリザは、すぐに身体を許すからだって言うわ。男は手に入ったものには興味が無くなるから、抱かせた時点で負けなんだって。だから、もっと待たせて、焦らさなきゃダメなんだって」

「へえ~……」

 話題の雲行きが怪しくなってきた。性的関係の話になると、シェイラは経験がないのでお手上げ状態となる。アレクシアは真面目な調子で続けた。

「きっとエリザの言う通りね。付き合い始めると、わたしの方がずっと好きになって、追いかけるようになる。すると男は逃げて行くのよ。ウィルはもう、わたしに飽きてしまって、興味がなくなっているの。だから、もう、ウィルとはダメかもしれない……」

 シェイラはびっくりして、何か否定することを言わなければと思った。

「でも、この間の日曜礼拝の時は、すごく仲良くしていたじゃない?」

「うん、あの時は熱愛だったわ」

「つい一週間前よ」

「そうね。あの日から試験勉強のために会わなくなったけど、わたしは熱愛が続いているつもりで今日、会いに行ったのよ。それが……さっき話した通りというわけなの」

「きっと、試験前で余裕がなくなっていたのよ」

「付き合い始めの頃だったら、試験前だってデートしてくれたはずよ」

「そうかな、分からないけど……」

「でも、もともと彼ってそういうところがあるのよ。起伏が激しいというか、優しい時はすっごく優しくて熱愛なのに、冷たい時はびっくりするほど冷たいの。気紛れなところが猫みたいで魅力的だと思っていたけど、振り回されて疲れる時もあるわ」

「たしかに、ウィリアムはそういう感じよね……」

 彼女がエリザベスにする話を聞いているので、シェイラは納得してそう言った。

「彼って、小さい頃にご両親が離婚して、お母様を知らずに育ったの。少し精神が不安定なのはそのせいもあると思うのよ。わたしも、お母様はずっと旅行ばかりで、ほとんど会えずに育ったから、寂しい気持ちは分かるし、理解してあげられると思っていたのにな……。でも、ウィルがもう別れたがっているなら、そんなのもう何の関係もないわね」

「別れたがっているだなんて、そんなことないよ、きっと!」

 シェイラは、二人の幸せを心から願ってそう言った。アレクシアは、はたとシェイラを見つめたかと思うと、しなやかな両腕を伸ばして、友人を抱きしめた。

「ありがとう。シェイラは優しいね」

「きっと大丈夫よ。ウィリアムのこと嫉妬させようなんて考えないで、優しくしてあげて」

「わたし、辛くなって自分から別れを切り出さないように気を付けるわ。ウィルともう少し頑張ってみるね」

 アレクシアの目は潤んでいたが、表情は晴れやかだった。

 彼女は、バンブー寮に帰って行った。今夜のアレクシアはエリザベスと恋の駆け引きを相談している時より、ずっと無防備だった気がした。


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