7-2
文面を考える作業は容易ではなかった。シェイラは悩み、頭を掻きむしり、用もなく廊下を歩いて、手紙を完成させた。
『……子爵家や准男爵家のご令嬢たちとお付き合いするには、今のお小遣いでは全然足りません。彼女たちと一緒にお買い物をすると、すぐにお金がなくなってしまいます。お洋服や帽子も、私だけいつも同じというわけにはいきません。夏期休暇の旅行に誘われましたが、お金がないからと断るなんて、そんな恥ずかしいことが出来るでしょうか……』
シェイラにとって、手紙に嘘を書くというのは、自分で自分を辱めるような辛い行為だった。そして、これだけ苦しんで書いても、この手紙でゴードン氏やライアン卿が納得するとは思えなかった。
当たり前だ。なぜなら、嘘なのだから。
しかし、他に方法が思いつかない。これ以上の物も書けそうにない。シェイラはこの手紙を送ることにした。
シェイラがそうしている間にも、エリザベスは試験勉強を進めていた。彼女は試験に対しては本当に真剣だった。アレクシアの訪問も、試験が終わるまでは断っている。
シェイラもゴードン氏への手紙を出して以来、さまざまな悩みを頭の隅に追いやって、試験勉強に集中するよう努めた。そして、それを実行できている自分が誇らしかった。
学年末考査の初日を二日後に控えた土曜日の晩、エリザベスとシェイラは黙々と勉強に没頭していた。他の部屋も同じ状況なのか、二人がペンと石筆を走らせる音以外には物音がしない夜だった。プラム寮の玄関ホールの柱時計が午後九時を打った。教区の神殿で鳴る鐘の音がここまで流れてくる。
数分後、ノックの音がして、扉を開ける者があった。いつもならすぐに入ってくるアレクシアが、遠慮して入り口に立っていた。エリザベスが応対しに行く。
「どうしたの?」
「ごめんね、エリザ。ちょっと話せないかと思って……」
「冗談でしょ? 月曜から試験で、追い込みに入ったところなのに」
「分かってるけど、ちょっとだけ、お願い」
シェイラは、ランプの光に浮かび上がる二人の少女の姿を凝視した。エリザベスの不機嫌な顔と、相対するアレクシアの生気のない表情が確認できた。
「もう……考査が終わってからにしてよ。本当に今、大変なんだから」
「そうよね……、エリザは勉強がんばっているものね……」
「もういいかしら?」
「……分かったわ。ごめんね」
アレクシアの姿が扉の隙間に消え、続けて、扉が音もなく閉まった。エリザベスは一直線に勉強机に戻る。
シェイラは胸騒ぎがして、扉から目が離せなかった。何かあったのだろうかと案じる気持ちと、勉強を進めたいという気持ちが綱引きをした。シェイラはランプを手に取り、音を立てぬよう廊下に滑り出た。アレクシアが心配だったのと、エリザベスが並外れて冷たい人間だということを彼女の幼馴染に証明したくなったのとが半々の気持ちだった。
シェイラがアレクシアに追いつき声を掛けると、彼女は心底驚いたという顔で振り返った。
「もし良かったら、わたしが代わりに聞くよ?」
アレクシアの大きな碧い瞳から、涙が溢れた。
二人はプラム寮の玄関ホールにある談話スペースに移動した。ランプを丸テーブルに置き、椅子を横並びにして腰を下ろすと、アレクシアは話し始めた。
「今日ね、ウィリアムと喧嘩しちゃって……」
そんなことかと、シェイラは拍子抜けすると同時に、ほっとした。アレクシアは今日の出来事を、逐一順を追ってシェイラに報告した。
今週は試験勉強があるから会えないと言われていたので、平日は会いに行くのを我慢した。土曜日になり会えると思い、うきうきしながら寮を訪ねると、試験直前なのにデートなんかとんでもないと言われて追い払われそうになった。アレクシアは腹が立ち、半日ぐらいいいでしょ、と言って怒ると、お前は勉強しないのか等と言い返され、しばらく言い合いになった。するとそこへトムがやって来て、ウィリアムが忙しいなら代わりに相手をしようかと申し出た。アレクシアはウィリアムに当て付けてやりたくなり、トムと腕を組んで立ち去った。それからトムと二人でメレノイに出掛けて、一日中楽しく遊んだ。
「ちょっと待って、トムって誰なの?」
安堵したのも束の間、シェイラは今度は愕然としてそう尋ねた。
「ウィルと同じ寮の人よ。トム・ナッシュって言うの。わたしも、ちゃんと話したのは今日が初めて」
夜になり、男子寮まで帰ってきたアレクシアはそこでトムと別れ、すぐさま、ウィリアムが反省しているか確かめるため、呼び出して話をしようとした。
ところが……居留守を使われて会えなかった。
アレクシアはショックで泣きながらバンブー寮まで戻って来たらしい。
シェイラは呆れて物が言えないという心境になった。
「アレクシア、わたしは恋愛経験がないから正しいかどうか分からないけど、付き合っている人がいるのに他の男の人とデートするのは良くないと思うわ」
「あら、トムとはただ一緒にメレノイで遊んだだけよ。彼と付き合う気はないし、今日だって何もなかったわよ。もちろん寝てないし、キスも、何にもなかった。あなた疑ってる?」
「別に疑ってないわ、そんなこと」
「それに、トムと遊んだのはウィルにやきもちを焼かせるためなの。だからわざと見せつけてやりながら出て行ったのよ。隠れてコソコソ会っているわけじゃないから、浮気とは違うわよ」
「そういうものなの……?」
シェイラにはアレクシアが何を言っているのかよく理解できなかった。
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