第七章 学年末考査


 お金の問題は、その後数日間に渡ってシェイラを悩ませ続けた。

 パイン寮に移ったと見せかけて、寮費の差額をかすめ取ることは、不正なのだろうか。ライアン卿が支出する額は変わらないのに、不正なのだろうか。もし不正だとしたら、その罪の重さはどのくらいだろうか。……シェイラは一人で悩み続けた。

 悩み過ぎて吐きそうだったが、悩むことが馬鹿らしくも思えた。計算すると、三年分の寮費の差額は約千四百四十パンドになる。シェイラにすればとんでもない大金だが、あの人たちにとっては、どうなのだろうか。ギャザランド王国で一番の大金持ちは現王室のチェスター家だと聞いたことがある。悩む必要なんて、ないのかもしれない。

 現国王のルパート王陛下に考えが及ぶと、シェイラは母を想って胸が苦しくなる。

 あいつはお母さんを不幸にした男だから、絶対に許さない。

 シェイラの母、エミリア・フォースターは故郷のミニー州オトイックシティ市で、当時皇太子で留学中だった国王陛下と出会い、恋に落ちた。国王陛下はエミリアと結婚の約束をし、メレノイの王宮に連れ帰るが、前国王を始めとする周囲の反対に遭い、結局、現王妃と政略結婚してしまう。

 そこで別れてくれれば良いのに、国王陛下はエミリアを、そのまま愛人として王宮に囲ってしまった。ほどなくシェイラが生まれるが、同時期に王妃も第一王女を出産する。その後、エミリアは王妃とその取り巻きによる過酷ないじめを受け、精神に異常をきたす限界まで追い込まれる。

 そのエミリアを、王宮から脱出させてくれたのが、当時の宮廷魔術師だった。彼女のコネで、エミリアは魔術師協同組合の組合員となり、その援助を受けて、シェイラとともに下町で隠れて暮らすことになった。

 母が亡くなって初めて知った、この過去を思い出すたび、シェイラは怒りが込み上げる。国王のことは、許さないと決めた。それで復讐か何かするわけでもないが、とにかく許さないと決めたのだ。

 本当は、学費や生活費を頼っていることも不本意だった。しかし、そうでなければ生活できないので、今は甘んじている。

 自立するには、とにかくお金が必要だ。母と二人で貯蓄していたギャザランド銀行の口座は、ハート氏がすばやく手続きしてくれたおかげで、ライアン卿の眼に触れる前にシェイラが相続することが出来た。お小遣いとして使ったふりをして、この口座に預金していけば、シェイラ個人のお金を貯めることが出来るはずだ。

 不正だろうが何だろうが、構うものか。

 お母さんが受けた仕打ちに比べれば……!

 そう心を決めた時には、週末になっていた。

 日曜日は帽子を返しに行った日以来の日曜礼拝だった。シェイラは恐る恐る、真っ白い顔の男子生徒を探してみた。しかし礼拝堂のいつもの席にはおらず、見回してみても、どこにもいない。

「フレデリックなら今日は来ないよ」

 話し掛けたのはウィリアムだった。後ろにはアレクシアがいて、仲良く手を繋いでいる。

「そうなの? どうしたのかしら……」

 出来れば会いたくないので好都合だったが、不思議に思ってそう尋ねた。

「試験勉強するらしいよ」

 意外な答えに、シェイラが「へぇ~」と声を上げると、ウィリアムは可笑しそうにクスクスと笑った。

 たしかに、学年末考査が一週間後に迫っていた。シェイラは留年が決定しているものの、再来年度での飛び級を実現するためには一科目も落とせない試験だった。それに出来ればただ合格するだけでなく、良い成績を取ってハート氏やナイトリー先生に報告したい。

 シェイラはこのままフレデリックたちが日曜礼拝に来なくなればよいと思った。そして寮費の件を片付ければ、晴れて試験勉強に集中できるようになる。

 月曜日の放課後、シェイラは例の計画を実行するため事務室を訪れていた。

 引っ越しの日にちを告げに来たと思っているパメラに、お願いがあると切り出し、パイン寮に移る替わりに寮費の差額を欲しいという旨を伝えた。

 予想通り、パメラはきょとんとした。シェイラはお小遣いを増やしたいからと、理由を説明した。パメラは後見人の許可なく出来ることではないと、断った。

「そんなにお小遣いが欲しいなら、ライアン卿におねだりすれば宜しいのでは?」

 パメラの蔑むような口調と目つきに、シェイラは打ちのめされた。

 寮に戻り、あらためて考えると、パメラが断るのは当然と思えた。

 しかし、このままではパイン寮に引っ越すか、差額を貰うことなくエリザベスと同室に留まるかのどちらかになってしまう。シェイラは気持ちを奮い立たせて、便箋とペンを取り出した。ライアン卿の執事であるゴードン氏に、交渉の手紙を送るのである。


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