6-4
「じゃあ、結婚できるように、まずは付き合いたいです」
シェイラは気を取り直して、話を再開した。
「そうか。君の気持ちははっきりしているんだね」
「でも、ナイトリー先生は嫌なのですよね?」
「そうだね。だから奴を説得して、考えを変えさせるしかない」
「説得ですか!」
意外な言葉が出てきたので、シェイラはすぐには理解できなかった。
「そうだよ。君は付き合いたい、向こうは付き合いたくないと言うんだから」
「はあ……。でも、そもそもですね、別れてから二か月も経ってしまって、ナイトリー先生が今でも私のことを好きでいてくれるか、分からないのです」
「それなら、ローガンは君のことを『愛してる』って言ってたよ」
シェイラは腰が抜けるかと思った。
そういう言葉はさらりと言うのではなく、前置きをしてから言って欲しい。シェイラはまた顔が熱くなるのを感じた。
「えっと、先週の土曜日にですか?」
「うん」
「分かりました。でも、説得って、どうやって?」
「そうだな、あいつになったつもりで想像するに……」
と、ハート氏は遠くを見る目つきになり、考え始めたかと思ったら、不意に我に返って身震いした。
「いや、やっぱり本人じゃないから分からないよ。悪いけど、これは自分で考えて!」
「じゃ、じゃあ、こんなのはどうですか? お金はわたしが働いて稼ぐから、お金持ちと結婚する必要はないし、あなたとも結婚できますよ、というのは?」
ハート氏はシェイラの予想に反して、困惑顔になった。
「君はビックリするようなことを言うな。言っている意味が解っているのかなと思うよ」
「えっ、どうして? 解っていますよ、わたし。だって、母はずっと働いていたんだから」
少し笑いながら言うと、ハート氏の表情が曇った気がした。
「そうだったね。今のは理屈は通ってるけど、そういう風に言われたら男の立場としては微妙かなあ……という感じだよ」
「そうですか……分かりました。もっと考えてみますね、どう言って口説いたらいいか」
ハート氏はくすりと笑った。
「考えている間に、冷静になることも忘れずにね」
シェイラは答えずに、次の質問をした。
「あの、それで、……ナイトリー先生の連絡先を……」
「悪いけど、それは教えられない。本人が会いたくないと言っているのに、教えるわけにはいかないだろ?」
シェイラはハート氏を凝視した。彼は続けた。
「僕が『仲を取り持った』ということにしたくないんだよ。他人の恋愛に関わっても、大概ロクな目に合わないし、それに、これは君の人生を左右するかもしれない大事なことだから、軽はずみな事をしたくないんだ」
シェイラは目の前が真っ暗になるような気がした。まさに仲を取り持ってくれることを期待していたのだ。
「そうですよね……。わたしの問題ですから、他人を巻き込んではいけないですよね」
「うん。それから、一つ忠告しておくと、ローガンとのことはライアン侍従長に知られないようにした方がいいよ」
「でも、もう家庭教師と生徒ではないのに?」
「ライアン侍従長は君の後見人だけど、その後ろには君の父親が……国王陛下がいる。君がローガンと結婚しようとしているなんて知られたら、きっと止められる。そうなった時に従わなかったら、資金援助を止められてしまうかもしれないよ。卒業する前に、学院にいられなくなるのは嫌でしょ?」
「はい、分かりました。でも大丈夫ですよ。そんなこと、わざわざ知らせない限り、ばれようがないから」
ほとんど交流のない人と、会ったこともない人である。とやかく口を出される可能性なんて、考えもしなかった。
それからハート氏は、学院生活で困っていることはないかと尋ねた。シェイラの頭に、様々なことが浮かんだ。フレデリックのことや、真っ白い顔の男子生徒のこと、エリザベスのことなどである。
「えっと、実は、少し恐いことがあって……」
シェイラは先日の事件の話をした。ただし、フレデリックのキスのことは、もちろん伏せてである。
ハート氏の顔つきが、見る見る険しくなった。
「そんなことが男子校で? 教師か誰かにちゃんと話しただろうね?」
まだ誰にも話していないことを告げると、ハート氏が息を呑んだ。叱られる、と思ったシェイラは身を固くする。
「なんですぐに言わないんだ! 大事なことだぞ!」
やっぱり叱られた。
何か酷いことをされたわけではないので、などと言い訳してみたが、ハート氏は充分酷いことだと断言した。彼はすぐさまシェイラをセントトマス校に連れて行った。
事務員の男性に案内されて応接室で待っていると、がっしりとした体格の中年の紳士が息を切らせながら入ってきた。その後のハート氏とのやり取りから、彼はセントトマス学院の教頭だと分かった。そこでシェイラは先日の事件の話を繰り返した。ハート氏はすぐに調査して犯人の男子生徒を処分するようにと指示をした。
すでに時刻は夕食前になっていた。ハート氏はそこからシェイラをセントルイザ女学院の食堂まで送ってくれた。事態が解決するまでくれぐれも注意して行動するようにと、彼はシェイラに言い聞かせた。男子校にシェイラが行くと目立つように、女子校に若い男がいることもまた目立っていた。食堂に集まりつつある女生徒たちの視線の中で、二人は挨拶を交わして別れた。
シェイラは食事をしながらハート氏との会話や今日の出来事をじっくりと振り返りたかったが、エリザベスの給仕という仕事があるので無理だった。しかもエリザベスは、さっきの男は誰だと聞いてきた。シェイラは手紙をくれたハート氏で、学院の理事の孫なのだと正直に話した。
部屋に戻るとエリザベスは勉強を始め、やっと解放された。シェイラはまずポケットの大金を鍵付きの引き出しに隠した。それからお金のことを真剣に考えようとしたが、うまくいかなかった。ハート氏のあの言葉が甦って、胸の中を埋め尽くしていたのだ。
「ローガンは君のことを『愛してる』って言ってたよ」
もう何も、冷静に考えることは出来なかった。幸せで脳がとろけてしまっている。
ナイトリー先生の気持ちを確認できた。数か月後には彼と結婚している気がする。
理性では飛躍しすぎだと解っているのに、夢想が溢れて止まらなかった。
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