5-3



 シェイラは頭をすっかり元の状態に戻して、あらためてフレデリックと対峙した。

「あの、確認したいのだけど、わたしたち、友達以上には絶対にならないって言ったこと、覚えてる?」

「訂正したくなった?」

「違うの! 貴方はもしかしたら、私のことを、そうは言っても貴方のことを好きになるかもしれないって思っているのかもしれないけど……そうはならないのよ」

「どうしてそう決めつける?」

「それを今から説明するわ。実はね、わたしには好きな人がいて、その人のことを……愛しているの。だから他の人を好きになることはないのよ」

 シェイラはこれを、友達になった最初に言えばよかったと後悔していた。このことを知れば、彼は諦めるだろう。

「もう別れたんでしょ? 忘れた方がいいよ」

 もう別れた、という言葉に傷つけられた。フレデリックは驚いた様子もない。

「もしかして、このこと知っていたの?」

「入学前に付き合っていた家庭教師のことならエリザベスに聞いたよ。でももう別れて、会っていないって。なんでも、相手が貧しいからって、自分から身を引いたんだろ?」

「大体あってる。驚いたわ……筒抜けなのね」

 概ね正確に伝わっていることに驚いた。これを知っているなら、もう言うことは何もないではないか。

「一途なのは偉いと思うけど、現実を見なよ。そいつのことを想っていても、どうにもならない。時間の無駄だよ。貧乏人じゃあ結婚も出来ない。僕なら、場合によっては将来のことだって、考えてあげられる」

 フレデリックは両手を広げて、演説でもするように言った。シェイラはすぐには答えられなかった。やはりそう考えるのが普通で、自分は普通ではないのだ。そして自分が普通に出来ないせいで、せっかくのフレデリックの好意を台無しにしてしまっている。

「でもね、でもね……、わたしは、何とかして彼とよりを戻したいの。将来のことだって、可能性がないわけじゃないって思ってる。そのために、努力するつもりなのよ」

「理解できないね」

 フレデリックが憤然とした面持ちでかぶりを振る。

「してくれなくていいわ。とにかく、この帽子は返したいの」

 シェイラは箱を差し出した。

「そんなもの返されても困る。僕が被るわけにはいかないんだから」

 フレデリックは腕を組んでしまった。

「でも……」

「被らなくていいから受け取っておいてよ。ただの友達から帽子を貰っても、おかしくはないだろ?」

 シェイラは答えられず、惨めな気持ちで立ち尽くした。

「それじゃあ、また日曜にね」

 素っ気なく言って、フレデリックは寮へ引き返した。長い影を引きながら遠のいて行く後姿を、シェイラは角を曲がり見えなくなるまで見送った。

 きっと、怒らせてしまった。

 惨めで、悲しくて、わけのわからない嫌な気持ちが心の中に充満している。

 なぜ私は、自分の気持ちを偽ることが出来ないのだろう。

 頑固な自分への自己嫌悪と、フレデリックと世間への罪悪感だ。フレデリックに対してだけじゃない。世間並みの行動を取れていないことへの罪悪感が苦しいのだ。なぜこんな気持ちになるのだろう。

 シェイラは気を取り直して、とにかく帰ることにした。元来た道を戻りながら、冷静に考えようと努めた。

 自分が誰と交際するかは自分で決めて良いはずだ。フレデリックには、言うべきことは言った。責められる謂れはないはずだ。

 考え事をしていたせいで、どこをどう歩いたのか分からなかった。シェイラはそろそろ現れるはずの校門が、一向に現れないことに気が付いた。道は整備されていて前方で左右に曲がり、正面はレンガの塀になっている。人の気配はなく、建物も見えず、いつのまにか、周囲は林のように樹が生い茂っていた。振り向けば、歩いてきた道は緩やかにカーブしていて先が見通せない。上空はまだ明るいものの、落日の光が樹木に遮られて、道以外の場所はすでに夕闇に落ちていた。


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