5-2
「気に入るものはあった?」
シェイラはシャーロットに勧めたリボンを指さした。
「これ、刺繍が凄いと思わない? デザインも他にはない感じでいいと思うわ」
「買ってあげようか?」
フレデリックが思いも寄らないことを言った。シェイラは縮み上がって首を横に振る。
「いい! いらないわ!」
「遠慮しなくていいよ。これだね?」
フレデリックが周囲を見回し、店員を探すそぶりを見せた。シェイラは思わず飛び上がるようにして手を挙げ、彼の顔の前に腕をバタつかせた。
「やめて、違うの、本当にいらないから!」
シェイラの動きが可笑しかったらしく、フレデリックは破顔する。そして彼女を避けて店員の方へ移動し、「すみません」と声を上げた。シェイラは絶対に阻止しようと、彼の進行方向に身を投げ出した。
「やめて、いらないってば!」
フレデリックはさっと両手でシェイラの腰を掴むと、そのまま持ち上げた。
突然のことに、声も出ない。
彼はくるりと反転して、シェイラの身体を後ろに置いた。
「……本当にいらないのよ、買わないで……」
シェイラの身体はまだ彼に掴まれていた。フレデリックは微笑みながら、愛おしげに少女の顔を覗き込む。
「しょうがないな、かわいいい人だ」
彼はシェイラを解放すると、エリザベスたちの方へ行ってしまった。
身体に触れられていた感触が残り、シェイラはへたり込みそうになる。
恥ずかしくて、一気に顔に血が昇った。そしてシャーロットの冷ややかな視線は、鳥肌が立つほど辛かった。屈辱的だと、シェイラは感じずにはいられなかった。
そんな事件があったメレノイでの買い物から、十日が過ぎた。夕食を終えて部屋に戻ったシェイラに、小包が届いていた。差出人は先々週の土曜日に訪ねた帽子店であるが、贈り主はフレデリック・ヘイターとなっている。包みを解くと、洒落た円柱形の箱があり、中から例のリボンが付いた麦わら帽子が出てきた。
「……いらないって言ったのに」
一刻も早く突き返さなくてはならない。夕食後でも六月の空はまだ明るかった。日没までに用事を済ませて戻るつもりで、シェイラは箱を抱えて出掛けた。
女生徒が歩いていれば目立つというセントトマス学院の敷地を、視線を感じながら進んだ。男子寮の建物は敷地の一番奥である。寮に着き、フレデリックを呼び出すところまで首尾よく進んだ。玄関ポーチで待っている間は出入りする男子生徒に舐めるように見られた。窓には顔を出して見る者までいる。出てきたフレデリックとその場を離れた時には、衆人環視から逃げ出すような恰好になってしまった。
「今日、これが届いて……」
元来た小道を戻って、植え込みの陰で立ち止り、シェイラはそう切り出した。
「どう? 気に入った?」
「悪いけど受け取れないわ。どうして買ったの? いらないって言ったのに」
「被ってみなよ」
フレデリックはシェイラが持っている箱を開けて帽子を取り出すと、シェイラの後頭部から前へ剥がすようにして、白布のボンネットを奪い取った。
「ちょっと、何するの!」
両手が塞がっていて、咄嗟に取り返すことも出来ない。フレデリックは麦わら帽子をシェイラの頭に載せた。
「かわいいよ。絶対こっちの方がいいって」
「そんなこと言われても受け取れません。ただの友達から貰う理由はないでしょ?」
「友達からのプレゼントとしてでいいから、受け取ってよ。実を言うとさ、このボンネットを何とかして欲しかったんだ。これって、実家のメイドが被っているのと同じだよ。君のは古くて日焼けしてるから、うちのメイドより酷い。なんでいつも、こんなものを被るんだ?」
フレデリックは手にしたボンネットを見て眉間にしわを寄せる。
「なんでって……、いいじゃない、好きで被ってるのよ」
シェイラは麦わら帽子を箱に納め、片手でボンネットを奪い返した。さらに、両肘で箱を挟んで持ち、器用にボンネットを被りなおす。その様子を見ていたフレデリックは溜息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます