4-2



 敷地内の小道を、女子校側と男子校側に別れる二股まで来ると、フレデリックは昼食までの間にセントトマス学院を散歩しないかと誘ってきた。

「えっと……シャーロット、どうする?」

 シェイラは断る口実がないものかと頭を巡らせた。

「わたしは行ってもいいわよ。男子校側は行ったことがないから興味あるし」

 シャーロットが言うと、フレデリックは苦笑いを浮かべた。

「えっと……君はいない方がいいかな。二人きりになりたいんだよ、分かるだろ?」

 そして哀願するような目配せを、しきりにシャーロットに送った。シャーロットは唖然とする。シェイラは慌てて彼女の腕に腕を回して捕まえた。

「わたしはシャーロットが一緒じゃなきゃ嫌よ」

「……しょうがないな、じゃあみんなで行こう」

 フレデリックはふっと小さく溜息を漏らして、ゆっくりと先を歩き出した。

 腕を組んでいるシャーロットが肩を震わせて、くくくと笑った。そして、シェイラを引っ張るようにして歩き出した。

「シャーロット、ゴメンね」

「どうして謝るの?」

「だって……」

 なんと言えば失礼にならないだろうかと考えていると、シャーロットが先に口を開いた。

「こういうのって、普通の女の子だったら怒るのかもしれないけど、わたしは何とも思わないから、気にしないで」

 校門まで来ると、先を歩いていたフレデリックが立ち止って、シェイラの隣に戻って来た。左側が校舎で、右の奥が食堂だなどと説明してくれる。伝統ある私立校は敷地が良く整備されていて、天気が良い日に少し散歩するのには向いていた。樹木はよく成長し、樹が密集する場所では林の中に校舎が建つようである。壁は重厚な石材が剥き出しで、蔦が最上階まで這い上がっていた。五月の濃い青空が映り込んで、窓ガラスが黒曜石のように瑞々しく輝いている。

 五月祭以来、シェイラは外出するたび人に見られている気がしてならなかった。「私的・五月の女王」第一位に選ばれたと聞いてからは特にそうなり、ラブレターが届いてからは益々そんな気がした。

 美貌を隠すように生活していた母のことを思い出す。化粧気がなく、いつもボサボサの髪で、服はボロを着て、外出の時は頭巾を被る。ナイトリー先生はフード付きのロングローブを愛用していた。母のことを知っていたシェイラは、すぐにその理由に察しがついた。ただし彼の場合は長身のせいで、余計に目立っていた気もする。同じ理由で、シェイラも外出の時は、大きい白布のボンネットを目深に被る。

 今までは見られている気配がしても、気のせいだと思い込む余地がまだあった。今、フレデリックと一緒にセントトマス学院を歩いていて、シェイラは確実に見られていた。すれ違う男子生徒の視線は纏わり付き、遠くからも、こちらを見ている姿が何人もいる。

「ねえ、わたしたち、なんだか目立ってない?」

 隣を歩くフレデリックに声をかけると、彼は前を向いたままで答えた。

「そりゃ目立つよ。女生徒が歩いているだけでも目立つのに、君は有名人なんだから」

 女生徒が歩いているだけで目立つ。なぜそれに気づかなかったのか。シェイラは自然と足が重くなり立ち止った。フレデリックは周囲を見回してこう言った。

「いい気分じゃない? みんな僕たちを見てるよ」

「わたしは目立ちたくないわ。シャーロット、もう帰ろう」

 三人は来た道を戻り、校門のところでフレデリックと別れた。

 あれから一週間が経ち、再び日曜礼拝で、友達同士の三人が並んで座っている。

 老神官の説教が終わり、お祈りをして、いつもの小さな用紙が回ってきた。シャーロットからシェイラへ、シェイラからフレデリックへと回され、フレデリックが数枚取って、さらに右隣の通路側に座っている少女へと回された。

 少女は用紙の束をしげしげと見つめて、フレデリックに話し掛けた。

「この紙は何? 何枚取ればいいの?」

「好きなだけ、どうぞ」

 フレデリックが平然と答えたので、シェイラは慌てて割って入った。

「一枚よ。一枚取って、後ろへ回すの」

「あら、そうなの。一枚取って、後ろの人に渡したらいいのね」

 少女は実に素直に、その通りにした。


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