第四章 日曜礼拝


 右隣でフレデリックが本日三回目の大あくびをした。目は半開きで、一応前を見てはいるが、今にも眠りそうな顔をしている。

 左隣ではシャーロットが、開いて立てた経典を目隠しにして本を読んでいる。

 祭壇前の説教壇では、老齢の神官がまとまらない話を垂れ流している。最初は新しい主題から入るのだが、途中からなぜか話が先週と同じになる。そして、使い古されてカビが生えた定番の説教を並べて無駄に長くした上に、お気に入りの寓話である蟻とカマキリの話を押し込んでくる。あとは思い出したように最初の主題に戻ることもあれば、戻らないこともあるというのが、お決まりのパターンだった。

 シェイラは説教に集中しようと頑張るが、どうしても意識が他のことを彷徨ってしまう。なぜフレデリックがすぐ隣にいるのだろうかと、先週の出来事を思い出す。

 五月祭が終わって初めての日曜礼拝は、またシャーロットを誘って臨んだ。左右と前後と斜め前後が埋まる形で席を取り、安心して座っていると、右斜め前の右隣に、フレデリックがやってきた。

「ちょっとごめん、そこ、ちょっと詰めて」

 そう言いながら、彼はシャーロットと右隣の女生徒との間にスペースを空けさせて、あろうことか、前の列から長椅子と長机をまたぎ、そこに入ろうとした。

「ちょっと、なによ?」

 長い足を振り上げてくるフレデリックを避けようとして、シャーロットが左側へ思い切り身体を倒す。シェイラはさらに左隣へ倒れて、迷惑顔で見られる羽目になった。フレデリックは上機嫌でシャーロットの右側に腰を下ろす。

「シェイラ、元気だった?」

 シェイラはシャーロットに申し訳なくて、気が気でない。シャーロットはしかめ面で背もたれに張り付き、その前にできた空間からフレデリックが顔を突き出していた。

「五月祭の日以来だね。メイポールダンス、見たよ。すごく可愛かった」

「うん、ねえ、静かにしない? もうすぐ始まるし」

 まだ開始時刻ではないが、シャーロットを気遣ってそう言った。

「シェイラ、席替わろう」

「えっ、無理だよ、ここ狭いし……」

 それは困るとごねてみるも、シャーロットはもう動き出していた。固定されている長椅子と長机の狭い隙間で、身体を重ねるようにして場所を入れ替わった。

「シェイラ、やっと話せるね」

 フレデリックは嬉しそうに微笑みかけてくる。シェイラは答えずに顔を引きつらせた。この人にはシャーロットの姿が見えていないのだろうか。信じられない無神経だ。

「有名なエリザベス・ブラッドフォードと同室なんだって? 大変だね」

「うん、まあ」

 喜んで同意したら相手のペースに巻き込まれそうなので、曖昧に返事をしておく。視線は逸らして、あなたとお喋りをするつもりはないと暗に示す。

「そのエリザベスに聞いたよ。……僕と付き合う気はないって」

 驚いて見ると、フレデリックは穏やかに微笑んでいる。

「いきなり振られてショックだけど、まあ、仕方ないね」

「そうなの。……ごめんなさい」

 エリザベスは意地悪なくせに頼りになることも事実で、たまにこうして助けてくれる。

 シェイラが良い気分になっていると、フレデリックがまた口を開いた。

「それでさ、恋人が無理なら、友達になってくれないかな?」

 フレデリックは安心させるように、にっと感じの良い笑顔を作る。

「友達って……えっとお……」

 警戒心が膨らんで、答えられなかった。

「いいでしょ? ね?」

 フレデリックが顔を近づけてくる。シェイラは近づかれた分だけ身を引いた。

「こ、これって、今答えなきゃダメなの?」

 フレデリックは何か言いかけて口を開けたかと思うと、身体を引いてもとの姿勢に戻った。そして小さく嘆息し、あらためてこう言った。

「これってそんなに悩まなきゃならないことかな? ただの友達になろうって言っているだけだよ」

 少し苛立ったような口調だった。

「わかった、ただの友達だよね?」

「そうだよ。ただの友達」

「本当に、ただの友達よね?」

「そう。ただの友達だよ」

「いいよ。じゃあ、友達ってことで」

「よっしゃあ!」

 突然大声を上げて、フレデリックが拳を天に振り上げた。周囲の生徒が、何事かと振り返る。フレデリックはその生徒たちにご機嫌な笑顔を振りまいていた。シェイラは不安になる。

「あのね、フレデリック、誤解のないよう言っておくけど、その友達というのは、ずっと友達なのよ。友達から恋人に発展したりすることは、絶対にないの。そういう友達なの」

 フレデリックから笑顔が消えた。

「絶対にない……厳しいな」

「悪いけど、そうなの。それでも良ければ、友達ってことでいいよ」

 すると、フレデリックは無言のまま、シェイラを撫でるように見つめてこう言った。

「それで構わないよ」

「よかった、ありがとう」

 しまったと思った。礼を言う理由はないのに、どうして言ってしまったのか。

「なあに、僕の五月の女王の為なら、長期戦は覚悟の上さ」

 フレデリックは陽気さを取り戻して微笑んだ。シェイラは先程言ったことの意味が全然理解されていないことに気が付いて愕然とした。

 フレデリックは礼拝の間中、居眠りしていた。そして神官の説教が終わると、シェイラの感想文を書き写して、礼拝をサボった友達への義理を果たしていた。

 三人で礼拝堂を出る時に、またあの男子生徒と目が合った。一番後ろの、一番入り口側の席から、痩せた真っ白い顔が無表情にシェイラを見ている。シェイラはすぐに目を逸らし、気づかない振りをした。

 強引なフレデリックのようなタイプも恐いけど、陰湿なタイプはもっと恐いと思う。あの手の男は普段は大人しいのに、突然豹変して暴力的になったりする。というのは、母に言い寄る男たちを見て学んだことだ。だからあのタイプは、刺激しないようにそっとしておかなければならない。


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