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 シェイラは勉強机に飛びついた。果たして、そこに二通の手紙があり、差出人は、間違いなくバラノフ嬢とハート氏だった。そして、またも手紙の封は開いていた。

 かっと身体が熱くなり、振り返って扉を睨んだが、当然二人はもういない。シェイラはずんずんと歩いて行って、エリザベスのベッドを蹴飛ばした。

 怒りが収まらず、今度は靴のままベッドに飛び乗ると、地団駄踏んでマットレスを痛めつけた。息が切れるまで踏んだり蹴ったりしていると、寝具はぐちゃぐちゃに乱れた。

 どうせ後で、シェイラ自身が新しいシーツに張り替えるのだから、何も問題はない。

 シェイラは自分のベッドでしばらく寝ていた。次第に怒りが静まって手紙へと気持ちが移る。

 まず、ハート氏の手紙を読んだ。

『シェイラへ

 手紙をありがとう。とても安心しました。

 ローガンには会っていないので、どうしているのか分かりません。もし会うことがあれば、君からの伝言をします。

 これからも何か困ったことがあれば、遠慮なく僕を頼ってくださいね。

 お母さんがいなくても、ずっと君の味方です。

           サイモン・ハート』

 シェイラは再び、ベッドに沈んでしまった。

 ローガンには会っていない……会っていない……会っていない。同じ言葉がぐるぐると頭の中を巡る。

 それから、何も考えられなくなって、少しうたた寝したようだった。

 次に気が付いたとき、まだ頭の中が痺れていたけれど、シェイラは手紙がもう一通あることを思い出した。

 バラノフ嬢の手紙は読むのが面倒くさく感じられた。勉強机に戻り、手紙を開くと、それは意外と長文であることが分かった。シェイラは胸騒ぎを覚えた。

『シェイラ・フォースター様

 ご無沙汰しております。この度はお手紙をありがとう。新しい環境で充実した毎日を過ごされているようですね。大変なこともあるかと思いますが、楽しい学生生活となるよう陰ながら応援しています。

 わたしはシェイラ様にはすっかり嫌われたと思っていたので、手紙を受け取った時は驚いてしまいました。あなたは私が、ナイトリーさんとの仲を引き裂いたと思っているのではないでしょうか。気まずさと恥ずかしさのために、あなたとこの話をせずに別れてしまったことが、ずっと心残りでした。

 確かに、私はあなたたちが愛し合っていることに気づいていましたので、間違いがあってはならないと、一応警戒はしていました。けれど、ナイトリーさんの分別を全面的に信頼していたので、彼に任せておけば大丈夫だと思っていたのも事実です。

 なので、誓って申し上げますが、わたしはこの件で、ナイトリーさんに何も言っていません。最後にあなたと別れることを決めたのは、あくまで彼自身です。

 女性の人生は結婚で左右されます。というか、「それが全てです!」と言ったら、あなたは信じられるでしょうか? わたしは十四歳のころ、それを心からは信じていなかったように思います。そして今、わたしは二十歳なのですが、色んな意味でそれは事実だと、解るようになったのです。

 ところが、世の男どもときたら、まるで「そんなの知ったことか!」とでも言わんばかりです。既婚者が独身女性と不倫関係を続けて結婚のチャンスを奪う例は典型的ですが、それでなくても、結婚する気もないのに軽々しく肉体関係を持ったり、結婚する経済力もないのに年頃の女性とだらだらと付き合って、適齢期を終わらせてしまったりというようなことを、奴らは平気でします。

 その一方で上流階級の一部では、花嫁は処女でなければならないと言って、婚約前に調査するような家が、未だに存在している。そういう世の中です。

 あなたにはまだ解らないかもしれないけれど、ナイトリーさんが正しいのです。

 彼はとても真面目で、今時珍しい、きちんとした方です。

 ちなみに、わたしの周囲にいる男どもはみんないい加減なので、彼のような人は国家を挙げて保護するべき希少生物のように思いますが、あるいはそれが当たり前という男たちも、いるところにはちゃんといるのかもしれませんね。ある意味、あなたが羨ましいです。わたしはそこまで男性に大切にされたことがないので。

 シェイラ様には彼の気持ちを無駄にせずに、将来よき伴侶と巡り会って、幸せな結婚をして欲しいと思います。

 またどこかでお会いできるといいですね。どうぞお元気で。

        メアリー・バラノフより』

 シェイラは読み終えてすぐさま、また読み返した。興奮で頭が冴え渡っている。

 これはどう読んでも、どう悲観的に読んでも、ナイトリー先生はシェイラのことを愛していたのだという風に、読めると思った。

 すると、傍にいない人への愛情が込み上げて、甘く切なく、胸が締め付けられた。

 バラノフ嬢に言われなくても、彼が真面目だということはよく知っている。悲観的で、心配性で、思い詰める性格だということも、ちゃんと知っている。

 いったいどんな気持ちで、身を引いたのだろう。もし、シェイラが彼を求めるのと同じぐらい、彼もシェイラを求めていたのだとしたら、それはどんな気持ちだったのか。

 バラノフ嬢の手紙は、ナイトリー先生の決断を尊重しろという内容だったのに、シェイラの思考は、それとは真逆に向かった。

 時が経って、ナイトリー先生がわたしのことを完全に忘れてしまう前に、彼を手に入れるにはどうしたら良いのだろう。

 シェイラは二通の手紙を持って、ベッドに横になった。

 バラノフ嬢の手紙を読み返し、ナイトリー先生がシェイラを愛していたという証拠の箇所を、何度も何度も読んだ。

 ふと、この手紙をエリザベスとアレクシアに先に読まれたことを思い出した。

 一瞬落ち込み、その後、悪くないかもしれないと思い直した。

 バラノフ嬢の手紙を読めば、シェイラの家庭教師との恋愛が妄想などではなく、本当に相思相愛だったということが、嫌でも分かる。

 そしてハート氏の手紙は、シェイラにはナイトリー先生以外にも大切にしてくれる男性がいるという風に、読んだのではないだろうか。

 あの二人はきっと、嫉妬したに違いない。

 シェイラはほくそ笑んだが、やがて自分の低俗さに気が付いて、恥ずかしくなった。

 考えなければならない事は、他にあるのに。

 シェイラはプラム寮のメイドたちにお願いをして回ることにした。届いた手紙は勉強机に置いておいたり、ルームメイトに渡したりせずに、必ず直接手渡してください、と。


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