3-3
「あら、ラブレターなんだから、これぐらい熱くて普通じゃないかしら。わたしがいつも貰うラブレターも、大体こんな感じよ」
左隣のアレクシアが、手紙を覗き込みながら言った。
「ラブレターっていうのは、そういうものなのよ。他に何か感想はないの?」
今度は右隣のエリザベスだ。
「感想? みんな良く書けていて凄いと思うわ。わたしだったら、こんなに詩みたいに書けないし、こんなに上手くまとめられないと思う。作文って難しくて……」
「そんなことしか感じないの?」
「ちょうど今日、わたしも手紙を書いていたから。それほど歳が違わない人たちが、ここまで書けるものなのね。わたしは情けないわ……」
「もう、作文の話はいいわ。それでどうするの? とりあえず全員に会ってみる?」
「えっ、会わないよ」
即答すると、一瞬、場が凍りついた。
「何? 三人とも会わないの?」
エリザベスもアレクシアも、困惑した表情を浮かべている。そんなに変なことを言っただろうかと、シェイラの方も困惑する。
「断りの手紙を書くつもりだけど……」
「分かったわ、こうしましょう。この三人、わたしがどんな男なのか調べてあげる。それでシェイラは、気に入ったのとだけ会えばいいわ」
エリザベスが真面目な顔でそう言った。
「そんなことしなくていいよ。どっちにしろ会わないし、付き合わないから」
すると、今度はアレクシアがシェイラの肩に手をかけて、宥めるように言った。
「そんなこと言わないで会ってあげたら? せっかく手紙をくれたのに、かわいそうよ」
「でも、こういうのって、その気がない場合は待たせちゃだめなんでしょ? 間を開けると、希望があると勘違いされるって聞いたことがあるわ」
それを言っていたのは、シェイラの母だった。美しかった母は、身なりも生活も地味だったのにもかかわらず、言い寄る男が絶えなかった。母は自分に似て美しく生まれついた娘の将来を予見していた。
『シェイラ、あと十年もすれば、あなたは大輪の花になる。そうすると、男どもが蜂みたいにブンブン、ブンブンとうるさく寄ってくるんだからね』
母は時々そんなことを言って、蜂どもの撃退方法を教えてくれた。しかし、母があと十年と言っていた時から、まだ三年ぐらいしか経っていない。もうその時が来たのかと思うと、シェイラは不安な気持ちになる。
「あなた……フレデリック・ヘイターとも付き合わないって言うし、もしかして、例の家庭教師にまだ未練があるの?」
エリザベスが前ぶれもなく核心を突いた。シェイラはぐっと胸が苦しくなる。何も言わないでいると、二人はそれを肯定と受け取った。
アレクシアがシェイラの肩を抱き、痛々しげにこう言った。
「ああ……シェイラ、それはダメな傾向よ。わたしの経験から言うとね、終わった恋にしがみついていても、良いことってないのよ。傷ついたのは分かるけど、だからこそ早く次へ行かなきゃいけないの。失恋の痛手は新しい恋でしか癒せないものなのよ」
「そうなのかな……」
一応受け入れたような顔をしつつ、実のところ、シェイラはアレクシアの助言は信用していない。アレクシアの言う通りにしていれば、彼女のようになってしまう。それは嫌だという思いが、心のどこかにあるのだろう。
エリザベスはさも呆れたという顔をして立ち上がり、シェイラを見下ろして言い放った。
「バカみたい! 振られたってことを認められないで、次のチャンスを棒に振るわけね。もう協力してあげないわよ!」
振られたと認められないという言葉が、シェイラの胸に刺さった。アレクシアはその後も新しい恋愛を熱心に勧めたが、シェイラの気持ちは変わらなかった。
次の週になり、またラブレターが二通届いた。勉強机に置かれていたそれらは、すでに開封されていた。先週ちゃんと怒ったのに、エリザベスはまた先に読んだのだ。「もう読まないで」とはっきり言わなかったのが、いけなかったのだろうか。
今度の手紙も先の三通と似ていて、よく書けていた。大袈裟すぎて信用ならないとは思うが、言葉そのものの力で胸が高鳴ってしまうことは否めない。けれど、これは詩人の詩に感動するのと同じことで、差出人の気持ちが届いたのとは違うのだ。
シェイラはすぐに、断りの手紙をしたためた。
そろそろラブレター以外の手紙が届いてもおかしくない頃だった。ハート氏からの返事をエリザベスに読まれるわけにはいかない。
それにもし、もし万が一、ナイトリー先生から手紙が来たら……!
絶対にないとは思うけれど、それを想像すると、シェイラはエリザベスに抗議する気力が湧き上がった。
外出から帰ってきたところへ、意を決してこう言った。
「エリザベス、もうわたし宛の手紙を勝手に読むのはやめて! 絶対にやめてよね!」
エリザベスは帽子をシェイラに渡しながら、面倒臭そうに、
「わかったわよ」
と、返事をした。
これで次からは大丈夫だろうと高を括っていた。
その二日後、シェイラが部屋に帰ってくると、ちょうど入れ違いに、エリザベスとアレクシアが出掛けるところだった。
出て行く間際に、エリザベスが声をかけた。
「シェイラ、サイモンとメアリーっていうのは、何者なの? 後で教えなさいよ」
あっと思って振り返ったが、二人の姿はもう扉の向こうだった。
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