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「あら、ラブレターなんだから、これぐらい熱くて普通じゃないかしら。わたしがいつも貰うラブレターも、大体こんな感じよ」

 左隣のアレクシアが、手紙を覗き込みながら言った。

「ラブレターっていうのは、そういうものなのよ。他に何か感想はないの?」

 今度は右隣のエリザベスだ。

「感想? みんな良く書けていて凄いと思うわ。わたしだったら、こんなに詩みたいに書けないし、こんなに上手くまとめられないと思う。作文って難しくて……」

「そんなことしか感じないの?」

「ちょうど今日、わたしも手紙を書いていたから。それほど歳が違わない人たちが、ここまで書けるものなのね。わたしは情けないわ……」

「もう、作文の話はいいわ。それでどうするの? とりあえず全員に会ってみる?」

「えっ、会わないよ」

 即答すると、一瞬、場が凍りついた。

「何? 三人とも会わないの?」

 エリザベスもアレクシアも、困惑した表情を浮かべている。そんなに変なことを言っただろうかと、シェイラの方も困惑する。

「断りの手紙を書くつもりだけど……」

「分かったわ、こうしましょう。この三人、わたしがどんな男なのか調べてあげる。それでシェイラは、気に入ったのとだけ会えばいいわ」

 エリザベスが真面目な顔でそう言った。

「そんなことしなくていいよ。どっちにしろ会わないし、付き合わないから」

 すると、今度はアレクシアがシェイラの肩に手をかけて、宥めるように言った。

「そんなこと言わないで会ってあげたら? せっかく手紙をくれたのに、かわいそうよ」

「でも、こういうのって、その気がない場合は待たせちゃだめなんでしょ? 間を開けると、希望があると勘違いされるって聞いたことがあるわ」

 それを言っていたのは、シェイラの母だった。美しかった母は、身なりも生活も地味だったのにもかかわらず、言い寄る男が絶えなかった。母は自分に似て美しく生まれついた娘の将来を予見していた。

『シェイラ、あと十年もすれば、あなたは大輪の花になる。そうすると、男どもが蜂みたいにブンブン、ブンブンとうるさく寄ってくるんだからね』

 母は時々そんなことを言って、蜂どもの撃退方法を教えてくれた。しかし、母があと十年と言っていた時から、まだ三年ぐらいしか経っていない。もうその時が来たのかと思うと、シェイラは不安な気持ちになる。

「あなた……フレデリック・ヘイターとも付き合わないって言うし、もしかして、例の家庭教師にまだ未練があるの?」

 エリザベスが前ぶれもなく核心を突いた。シェイラはぐっと胸が苦しくなる。何も言わないでいると、二人はそれを肯定と受け取った。

 アレクシアがシェイラの肩を抱き、痛々しげにこう言った。

「ああ……シェイラ、それはダメな傾向よ。わたしの経験から言うとね、終わった恋にしがみついていても、良いことってないのよ。傷ついたのは分かるけど、だからこそ早く次へ行かなきゃいけないの。失恋の痛手は新しい恋でしか癒せないものなのよ」

「そうなのかな……」

 一応受け入れたような顔をしつつ、実のところ、シェイラはアレクシアの助言は信用していない。アレクシアの言う通りにしていれば、彼女のようになってしまう。それは嫌だという思いが、心のどこかにあるのだろう。

 エリザベスはさも呆れたという顔をして立ち上がり、シェイラを見下ろして言い放った。

「バカみたい! 振られたってことを認められないで、次のチャンスを棒に振るわけね。もう協力してあげないわよ!」

 振られたと認められないという言葉が、シェイラの胸に刺さった。アレクシアはその後も新しい恋愛を熱心に勧めたが、シェイラの気持ちは変わらなかった。

 次の週になり、またラブレターが二通届いた。勉強机に置かれていたそれらは、すでに開封されていた。先週ちゃんと怒ったのに、エリザベスはまた先に読んだのだ。「もう読まないで」とはっきり言わなかったのが、いけなかったのだろうか。

 今度の手紙も先の三通と似ていて、よく書けていた。大袈裟すぎて信用ならないとは思うが、言葉そのものの力で胸が高鳴ってしまうことは否めない。けれど、これは詩人の詩に感動するのと同じことで、差出人の気持ちが届いたのとは違うのだ。

 シェイラはすぐに、断りの手紙をしたためた。

 そろそろラブレター以外の手紙が届いてもおかしくない頃だった。ハート氏からの返事をエリザベスに読まれるわけにはいかない。

 それにもし、もし万が一、ナイトリー先生から手紙が来たら……!

 絶対にないとは思うけれど、それを想像すると、シェイラはエリザベスに抗議する気力が湧き上がった。

 外出から帰ってきたところへ、意を決してこう言った。

「エリザベス、もうわたし宛の手紙を勝手に読むのはやめて! 絶対にやめてよね!」

 エリザベスは帽子をシェイラに渡しながら、面倒臭そうに、

「わかったわよ」

 と、返事をした。

 これで次からは大丈夫だろうと高を括っていた。

 その二日後、シェイラが部屋に帰ってくると、ちょうど入れ違いに、エリザベスとアレクシアが出掛けるところだった。

 出て行く間際に、エリザベスが声をかけた。

「シェイラ、サイモンとメアリーっていうのは、何者なの? 後で教えなさいよ」

 あっと思って振り返ったが、二人の姿はもう扉の向こうだった。


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