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 次は魔術師協同組合の職員であるサイモン・ハート氏だ。母は魔術師ではなかったが、訳あって魔術師協同組合の組合員になっていた。ハート氏は組合員の相談に応じたり、支援をするのが仕事の二十三歳の魔術師だ。貧しい母子家庭だった母とシェイラは、仕事を斡旋してもらったり、男手を貸してもらったりと、よく世話になっていた。

 母が病気で亡くなった時、シェイラの傍にいてくれたのは彼だった。人付き合いをせず親戚の一人もいなかった母がきちんとした葬儀を上げ、職場の同僚や地域の人々に見送られて旅立つことが出来たのは、ハート氏の存在なくしては有り得なかったと思う。その頃のシェイラといえば、現実を受け入れることが出来ずに、ただ茫然としているだけだった。葬儀の時、ハート氏はシェイラの隣で、まるで家族のように滔々と涙を流してくれた。

 シェイラの父親が国王陛下であると発覚し、王室に問い合わせてくれたのも彼だった。ライアン卿の屋敷に引っ越すその時まで、ハート氏は独りぼっちになったシェイラの傍を離れなかった。

 彼にはいくら感謝しても足りないぐらいだと思う。けれど、シェイラが改まった態度で丁重に感謝の言葉を述べたりすると、彼はいつも「仕事だから気にしないで」と言う。その度に、なんだか突き放されたような気がして、複雑な気持ちになった。

 ハート氏への手紙に、シェイラは思い悩んだ。

 ハート氏は、ナイトリー先生と繋がっている可能性が高いのだ。

 二人はライアン卿の屋敷で知り合って、その後、シェイラの知らないところで会ったこともあると聞いた。インテリ層の雰囲気が共通していて気が合いそうなので、たぶん友達なのではないかと思う。

 手紙には、ナイトリー先生の近況を尋ねる一文と、住所が分からずお礼の手紙を出せないことと、もし会ったら宜しく伝えて欲しいという内容を加えることにした。

 出さない手紙には簡単に書けたけれど、今度は「ナイトリー先生」と書くだけで手が震える。意識し過ぎでどうかしていると、我ながら滑稽に思えてくる。

 しかも、ハート氏からは多分返事が来る。ライアン卿の屋敷から手紙を出した時も、彼はすぐに返事をくれた。

 もうすぐナイトリー先生の様子が分かるかもしれないと思うと、郵便局へ持って行く道中すら緊張した。

 プラム寮に戻って来ると、まだ夕方なのに部屋にはアレクシアが来ていた。エリザベスと二人並んで長椅子に腰掛け、含み笑いを浮かべながら手紙を読んでいる。傍らの丸テーブルには何通かの封筒が置かれていた。

 今日は手紙の日なのかと思ったところで、エリザベスが顔を上げてこう言った。

「シェイラ、あなたに手紙が来ていたわよ」

「えっ、ありがとう」

 返事が来るには早すぎるだろうと思いながら、自分の勉強机に駆け寄った。

「何やってんのよ、手紙はこっちよ」

 背後からエリザベスが呼び止めた。シェイラはまさかと振り返る。

「ラブレターが三通も。五月祭で有名になったものだわね」

「嘘でしょ? 信じられない! わたし宛の手紙を読んでいるの?」

 シェイラが言うと、エリザベスは目を瞬かせた。

「驚くのはラブレターに対してじゃないのね。さすがは学院一の美少女様だわ」

「他人の手紙を勝手に見ないなんてこと、常識だと思う。准男爵家では子供に教えないの?」

 エリザベスが全く悪びれないので、思い切ってそう言った。アレクシアが手にしていた便箋を、ぱっと丸テーブルに放り出した。

「ごめんなさ~い」

 愛嬌たっぷりに肩をすぼめる。エリザベスは目尻を吊り上げた。

「あんたにはアドバイスが必要だろうと思って、先に目を通してあげたんじゃない!」

 逆切れするということは、こちらの怒りは通じたはず。シェイラはそれで満足することにした。

「あんたもこっちで一緒に読みなさいよ、ほら」

 エリザベスは横にずれて、アレクシアとの間に一人分のスペースを空ける。シェイラは言われるがまま、二人の間に腰を下ろした。

 三通の手紙はそれぞれ差出人が違い、筆跡も文面も違ったが、どれも似通っていた。

 まず、突然の手紙を詫びる一文があり、簡単な自己紹介がある。次に、シェイラのことを天使だの女神だのと熱烈に褒め称えるくだりがくる。そして、忘れられないとか眠れないとか、恋心の告白に続いた上で、最後は、ぜひ一度会って話をしてください、となる。

 唯一違うのは、一通目にはシェイラと話した時の記述が加わっている。新学期になって初めての日曜礼拝で、シェイラを見かけた彼は、天使が舞い降りたと思ったのだそうだ。

 その時のことなら覚えている。初めてで勝手が分からず戸惑っていると、一人の男子生徒が声をかけた。

「君は、転校生?」

 シェイラは困っていることを察してくれたのだと、嬉しくなった。

「あ、はい、そうです。どこに座ったらいいのか分からなくて……」

「席は自由だよ」

 そんなようなやり取りだったと思う。彼とはそれきりで、どんな人だったかなんて、全然思い出せない。

 ただ、この学院には親切な人がいるのだと思って嬉しかったのに、がっかりした。顔が天使のように美しくなければ、助けなかったということなのだから。

 二通目では、シェイラは女神ということになっている。

『……あなたほど美しい人間の女性を、わたしは見たことがありません。あなたは芽吹きの春の女神フェルセポネーのようだ。その新緑の瞳に、花弁のような唇、そして駿馬の尾のような豊かな髪。そして私は、神話に倣ってあなたを略奪したいと願わずにはいられないのです……』

 三通目では、シェイラは妖精ということになっている。

『……五月祭で踊る君は春の妖精そのものでした。君の可愛らしい笑顔が雪を溶かし、歌声が虫たちを目覚めさせ、魔法の吐息で花は咲くでしょう。僕は愛らしい妖精の魔法にかけられた哀れな人間です。君は地上で遊ぶひとときの気紛れに、僕の心を奪って行ったのでしょうか……』

「なんでこんなに、みんな大袈裟なの?」

 一通り読み終えたシェイラは、そう呟いた。


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