第三章 手紙
シェイラは母が亡くなってから学院に入学するまでの八か月ほどの間に、お世話になった人たちへ手紙を書くことにした。
『親愛なるローガン・ナイトリー先生へ
あなたに会えなくなってから、はや一月が過ぎました。その後、お変わりなくお過ごしでしょうか。わたしは先生のご指導のおかげで、現在セントルイザ女学院で何不自由ない生活をさせてもらっています。
先日、とてもショックなことがありました……』
ここまで書いて、シェイラは溜息を吐く。
この学院は単位制なので、留年もするが、飛び級も出来る。シェイラは一学年遅れているので、飛び級する方法を教えてもらうために、学院の事務室を訪れた。パメラ・モームという若い女性事務員が応対してくれた。
そこで分かったことは、シェイラは第二学年の第三学期からの途中編入で、第一学年の単位は免除されたが、第二学年の単位は免除されておらず、それを第三学期の三か月で全て取得することは、物理的に不可能だという事実だった。
『……つまり、わたしは飛び級して年齢相応の学年になることを目指していたのですが、実際は飛び級どころか、さらに留年して二年遅れになることが、すでに決定していたのです。これを聞いたときの私の衝撃が、想像できますでしょうか。わたしはショックのあまりその場に倒れそうでした……』
顔面蒼白になって立ち尽くしているシェイラに、パメラが気づいて声をかけた。
「フォースターさん! 大丈夫なの?」
「……息が……止まりそうです」
シェイラは喘ぐように答えた。
「ええっ! 落ち着いて、息をするのよ! さあ、こっちの椅子に座ってちょうだい」
『……わたしは暫くの間、学院の事務室で茫然と座っていました。その時わたしは、無意識にあなたに助けを求めていました。心が折れそうなときに、わたしはどうしても、心の中であなたの名を呼んでしまいます。
あなたは私を忘れたかもしれないけれど、私はあなたを忘れることは出来ません。
根拠もないのに、いつの日かあなたの隣に帰れるような気がしているのです。
こんな手紙を読んだら、あなたは偏執狂の女に付きまとわれていると思って、鳥肌が立つかもしれませんね。けれどどうか、書かせてください。
あなたの隣でないのなら、私はどこにいたとしても孤独です。
ローガン、あなたを愛しています……』
書いているうちに感情が昂ぶり、涙が滲んだ。シェイラは手の甲で拭いて、息を吐く。
この手紙は出せないと分かっていて書いている。住所を知らないから出せないのだ。実際に出すつもりなら、こんなに率直には書けない。愛の告白なんか、書けるわけがない。けれど、想いを文字にしただけで、胸に溜まっていたものが解放され、気持ちがすっきりした。
エリザベスなら他人の勉強机の引き出しを開けるぐらい平気でしそうなので、この手紙は鍵付きの引き出しに仕舞い込んだ。
次に、本当に投函する手紙に取り掛かる。
まずは後見人のライアン卿。そして、ライアン卿の屋敷で身の回りの世話をしてくれたバラノフ嬢。それから、母の生前からお世話になっていて、その死後からライアン卿の屋敷に引き取られるまでの間、すべての面倒を見てくれたハート氏。この三人にお礼の手紙を書く。
ライアン卿はギャザランド王家の家政の長である侍従長職に就いている人物だ。シェイラは母亡き後、国王の私生児だったことが発覚し、ライアン卿の屋敷に引き取られた。今は正式に彼がシェイラの後見人となっている。
ライアン卿には、形式ばったお礼状を書く。図書室から借りてきた手引書を見ながら挑戦する。シェイラは作文に自信がない。さらに筆跡も酷い。この手紙は文面が儀礼的で大人っぽいのに、文字は幼児のようという不均衡なものになった。スペルミスを辞書で確認して、完成とする。恥ずかしい手紙ではあるが、どうせライアン卿が真剣に読むことはないし、返事も来ないだろう。
次はメアリー・バラノフ嬢だ。彼女は本来メイドではなく、王宮で事務の仕事をしていた知的な職業婦人である。最上位の上司にあたるライアン卿の指示で、一時的にシェイラの個人付きメイドになった。あっけらかんとした明るい性格で、歳は二十歳だった。
今、同世代の女の子とばかり接していると、彼女がいかに大人だったかがよく分かる。
ライアン卿の屋敷にいた頃は母を亡くしてから日が浅く、最初はひどく落ち込んでいて、周囲の人を気遣う余裕もなかった。シェイラは世話をされることに慣れておらず、すぐにおどおどしたり、罪悪感から言い訳がましいことを言ったりして、バラノフ嬢をウンザリさせた。彼女が好むような陽気な話をできないから、話し相手としても面白くなかったと思う。けれど、彼女はそういったことを何も気にせず、シェイラを放っておいてくれた。
バラノフ嬢にはお礼と、簡単な近況をしたためた。あまり好かれていなかったように思うので、返事は来ないかもしれない。
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