11-2



「フォースターさん! シェイラ・フォースターさん!」

 それは、セントトマス学院の制服を着た、細長く真っ白い顔の男子生徒だった。シェイラは息を呑み、隣にいたシャーロットの腕に飛びついた。

「ああ~っと、そんなに怖がらないで。少し話がしたいだけなんだ」

「話ってなに?」

「ちゃんと謝ろうかと……。夏期休暇前の六月に、怖い思いをさせたこと、一度ちゃんと謝った方がいいと思って。あの時は失礼なことをして怖がらせてしまって、本当に申し訳なかったです!」

 細くてひょろ長い長身の、肩に担ぎ上げられたことを思い出す。恐怖が甦ったけれど、シェイラは彼が話す様子を見て、違和感を覚えた。シェイラはなぜだか彼が話す時には、おどおどして、どもりながら話すのだと思い込んでいた。けれど実際には、堂々と、流暢に話すのだ。

「今頃になって謝罪するって、どういうこと? 改心したってわけ?」

 シャーロットがシェイラを庇うように、前に出た。

「改心したかって? そうだな、改心した。いくら金のためでも、女の子にああいうことはしちゃいかんなって、反省したんだよ」

「金のためって、どういうこと?」

「ははあ、さてはヘイターの奴は、フォースターさんに本当の事を話してないんだな~?」

 男子生徒の視線がシャーロットの肩越しにシェイラを見た。

 それから三十分後、男子生徒との話を終えてセントルイザ女学院の食堂に戻って来たシャーロットは、まだ怒っていた。

「今回のことで、セントトマス学院は緩すぎだって、あらためて証明されたわね。あんなに規律が緩い男子寄宿学校は他にないんじゃないかしら? もっと厳しくしてくれないと、わたしたちが迷惑だわ」

 一緒に昼食のトレーを受け取りながら、シェイラは「そうね」と応じる。

 彼の名はアーロン・スミス。家が裕福ではないので、セントトマス学院の男子寮で便利屋をして小遣いを稼いでいる。業務は主に、宿題の代行、授業ノートの販売、手紙の代筆などだが、頼まれれば何でもやる。昨年度は、「私的・五月の女王」選挙で一位になったシェイラ・フォースターにラブレターを五通ばかり代筆した。

 あの日、突然フレデリック・ヘイターに呼び止められ、シェイラ・フォースターを追いかけて襲う演技をすれば金貨を一枚やると言われた。さっそく追いかけたが、襲う演技とは何をすればよいか分からず、あまり酷いことをするわけにもいかないので、持ち上げて連れ去る振りをしてみた。ヘイターに殴られるとは思わなかったが、後で金貨をもう一枚くれたので、よしとする。

 後になって、この件を教頭に尋問された。正直に話すと、教頭は演技だと分かって安心したようだった。ヘイターとともに、一週間の停学処分を食らった。

「それでなんで、シェイラに一つも説明がないのよ! あんたたちの教頭はバカなんじゃないの?」

 シャーロットは怒り狂った。

「あんたたちにとっては遊びでも、それでシェイラがどれだけ恐い思いをして、どれだけ毎日怯えて暮らしていたと思ってるのよ!」

 その場でシェイラの文句は全部シャーロットが代弁してくれた。アーロンは最後まで平謝りだった。

 シェイラはシャーロットに合わせて一応むっつりしていたが、内心は怒りよりも、喜びで笑い出しそうなくらいだった。アーロンがシェイラを見ていた理由も、ラブレターを代筆するために、噂の美少女を確認するためだと分かった。これでもう、彼に怯えなくていい。わたしは安全なのだ!

 昼食が普段より美味しく感じられる。気分が良いので、図書室での勉強もはかどった。夕方になり一旦部屋に引き揚げ、荷物を置いて食堂へ行こうとした。その時、エリザベスのベッドにシーツが畳んで置いてあるのが目に入った。

 途端に、胸が悪くなる。新学期まで一週間を切っていた。もうエリザベスがいつ戻って来てもおかしくない。

 また彼女の世話をし、顔色を窺う毎日が始まるのだ。学院に慣れ、自信がついたからだろうか。今のシェイラには、それが自分にだけ不当に課せられた苦行のように思えていた。せっかく軌道に乗った勉強も、彼女がいれば邪魔されてしまうだろう。

 このシーツを張ったら、またエリザベスに屈することになる。そう思ったシェイラがシーツをそのままにしておくことが出来たのも、まさか日曜の夜には帰って来ないだろうと安心していられた一晩だけだった。月曜日になると、寝具を整え、シーツを張り、ベッドメイクを済ませてしまった。綺麗に出来上がったベッドを見て「負けた」と思ったけれど、これが賢明な選択なのだと自分に言い訳する。エリザベスが帰って来たとき不機嫌になることが分かっていては、いつその時が来るかと常にビクビクして、勉強どころではないからだ。


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