11-3



 新学期まで、あと三日。学院の事務室に人がいるのを確認して、シェイラはそこを訪れた。パメラに挨拶し、さっそく切り出す。

「あの、新学期になって、寮の生徒は入れ替わりますよね、卒業生と新入生で。プラム寮に空き部屋はないですか? わたし、出来ればそこに移りたいのですけど」

「今年度もプラム寮は満員よ」

 一瞬で、希望が絶えた。肩を落とすシェイラに、パメラは続けた。

「ブラッドフォード嬢と同室は嫌? でも残念ね。彼女の方は、あなたのことを凄く気に入っているのに。メイドたちからも評判が良いのよ。あなたが上手に世話をしてくれるおかげで、女王様の癇癪がなくなって、寮が平和になったって」

「はあ……」

 前にも同じような話を聞いたことがあるなと、シェイラは思った。

「ブラッドフォード嬢は同室の子がいなくなると、今度は寮のメイドに世話をさせようとするの。すると、速攻でわたしに苦情が来る。契約外のことをさせられる、って」

 パメラは鼻の付け根に皺を寄せた。

「あの、新入生はまだ来ていませんよね? じゃあ、今は空き部屋はあるのですよね?」

「新入生と交代するつもりなの?」

 呆れたような口調だった。シェイラが答えられないでいると、パメラは事務机の引き出しから書類を取り出した。どうやら名簿のようだった。

「ふう……、部屋割りはもう決めたのだけど……」

 パメラは溜息を吐き、次にこう言った。

「で、誰に行かせる?」

 名簿を見せられ、シェイラは絶句するしかなかった。

「誰って、わたしが決めるのですか?」

「じゃあ、クジでも作る?」

 パメラは視線を逸らし、肩をすくめた。シェイラは腹が立ってきた。

 自分が免れるために、自分よりもさらに気が弱い誰かを犠牲にして、解決させてしまって良いはずがない。それよりは、全体が困ってしまえばいいのだ。そう思ったシェイラは、怒りに任せて、ほとんど何も考えずにこう口走っていた。

「わたし、パイン寮に移ろうかしら!」

 その瞬間、シェイラは以前にチャンスがあった時に、なぜパイン寮に引っ越さなかったのか、その理由を完全に忘れていた。

「パイン寮も新入生で満員です。今になって言われても遅いわ」

 パメラがぴしゃりと言った。

「もういいです!」

 周り中から生贄に捧げられている状態で、誰かが助けてくれるはずがない。シェイラは世の中の厳しさを思い知ったような気分で、寮に戻った。


 ストーンワース屋敷ではサー・エドウィンという重しが効いて大人しかったエリザベスは、プラム寮に戻ると途端に復活した。シェイラの部屋では、彼女が帰還したその瞬間から、以前と変わらぬ光景が繰り広げられていた。

「パメラから新入生の情報を仕入れてきたわよ~。今年は貴族が豊作! シェイラ、あなたにも聞かせてあげるわ」

 ふんぞり返って入ってきたエリザベスが、肘掛椅子にどっさりと腰を下ろす。尻尾のように後から続いて来るのはアレクシアだ。

「わたしはいい。宿題が間に合わないから」

 シェイラは勉強机から返事をする。

 新学期が始まり、飛び級計画のために授業をめいっぱい登録したシェイラは、とても多忙になっていた。朝から夕方まで休みなく授業に出席し、山のような宿題と予習復習をこなし、その上、時間を見つけてピアノの練習もしなければならない。そこへエリザベスの日常的な世話と、何の遠慮もなく言い付けられる用事がさらに加わるのだ。

「あ、そう。じゃあそこで聞いていなさい」

 さっそく不機嫌な声が飛んでくる。エリザベスはアレクシアに急かされて、貴族の子女である新入生を、順番に紹介し始めた。セントトマス学院の男子生徒から始まり、それが終わると、次はセントルイザ女学院の女生徒に移る。それも終わると、彼女はこう言った。

「シェイラ、ここから先はあなたが良く聞くのよ。あなたが世話になったっていう魔術師のサイモン・ハートだけど、彼は凄いらしいわよ!」

 思いがけない名前を聞いて、シェイラは振り返る。エリザベスは小さなメモ帳を読み上げていた。

「祖母のマーガレット・ハート女史は両学院の理事で、ハート家の現当主。資産家で投資家、ストアー州の大地主。魔術師の家系。ハート家の年収は、地代だけで推定三万パンド! その財産の大部分を、次の代はハート氏が受け継ぐらしい……ということよ! 聞いてる? シェイラ! 三万パンドよ!」

「金額が大きすぎてよく分からない……」

 と言ったシェイラと、エリザベスの目が合った。

 エリザベスが意地の悪い笑みを浮かべて、長椅子に座っているアレクシアを見た。

「シェイラは、ヘイターにしなくて正解だったわね。こっちを狙った方がいいわ! 爵位がないから私はやめとくけど」

 アレクシアは口を尖らせた。

「わたしはお金が目当てじゃないもの!」

 シェイラはうんざりする。

「ハートさんは財産目当てで狙われて、その気になるような人じゃないわ」

 あなたたちの世界に彼を巻き込まないで、……と心の中で付け足した。

「そうなの? パメラは目の色を変えてたけど? 『ハート家の後継ぎと結婚できたら、事務員なんか一瞬で辞められる~』とか言って。まあ、本気かどうかは知らないけど」

 なんて図々しい! 一瞬、頭に血が昇った。

「ねえエリザベス、さっき新入生の情報をパメラから聞いたと言ったよね? 彼女、生徒や理事の個人的な情報を、あなたに話すの?」

「そうよ。パメラはほんと使える。ちょっとプレゼントを持って行ったら、何でも話すから。あなたも知りたいことがあったら彼女に訊くといいわ」

 シェイラは、これをハート氏に告げ口すればパメラを解雇できるかもしれないという妄想を膨らませた。

 そこからは、アレクシアの話が始まった。シェイラは宿題に戻り、聞いていない振りをする。


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