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 アレクシアはフレデリックと付き合い始めて、その恋愛話を以前と同じようにこの部屋で披露していた。シェイラはいつも勉強机にいたが、彼女の話はエリザベスにではなくシェイラに向かって話されていると思えてならなかった。きっと、元々はシェイラのことを好きだった彼が、今は自分のものなのだと、シェイラに思い知らせなくては気が済まないのだ。

 ゆえに、シェイラは毎晩のように、嫌な記憶をアレクシア本人によって掘り返されていた。心の傷がじゅくじゅくと疼くたびに、シェイラは彼らがどうというよりも、恋愛そのものに嫌気がさした。大人から見ればまだまだ序の口と言われようとも、シェイラは今回の一件で、恋愛のごたごたを、もう一生分は味わった気になっていた。アレクシアもフレデリックも、その他の誰も彼も、過去の自分も、異性に惑っている者はみな醜悪に見え、シャーロットは高潔に見えた。

 なるべく宿題に集中してアレクシアの話に耐えているうちに、夕食の時刻になった。三人で食堂へ行く直前に、エリザベスが自分のブラウスをシェイラに手渡した。

「袖のボタンが取れかけているの。後でいいから、縫っておいて」

 それは、シェイラが考えていたある計画を、実行に移す合図だった。夕食の間中、シェイラは気が気でなかった。上手くいくだろうか……?

 無意識に、彼女は祈っていた。

 助けて、ナイトリー先生!

 恐怖で声が震えてしまわないよう、勇気を授けてください!


「ねえ、エリザベス、このブラウスのボタンだけど、一緒に縫わない?」

 夕食を終え、部屋に戻ったシェイラは、そう切り出した。エリザベスはきょとんとした。

「一緒にって、どういう意味?」

「わたしが縫い方を教えるから、あなたが縫うのよ」

 エリザベスが座った勉強机に、ブラウスとお針箱を置いた。エリザベスのこめかみがピクリと動いた。シェイラは慌てて付け足す。

「ピアノを教えてもらったお礼に、お裁縫を教えてあげようと思って」

「裁縫の指導はけっこうよ。授業の課題は子分の誰かに縫わせるつもりだから」

 険悪な声だったが、怒鳴られてはいないので、まだ望みはあると思った。

「エリザベス、わたしね、ストーンワース屋敷で気づいたことがあるの。ストーンワース屋敷のメイドさんたちは本当に優秀! 仕事が完璧なだけじゃなくて、すごく気が利いて、何でも先回りして、気づかないうちにしてくれている。サー・エドウィンの監督が厳しいからなのよ。使用人はみんな彼を恐れてるって言ってた。あの家で育ったあなたは、たぶん、自分の身の回りのことを何もしたことがない。それに、お母様のブラッドフォード夫人はあなたが物心つく前から鬱状態で、あなたと一緒に遊んだり、あなたに何かを教えたりすることはなかった……」

「どうしてそれを? メイドが喋ったのね?」

 斜めに見上げるエリザベスの表情は、どこか悲しげに見えた。

「最初の日に教えてくれたよね? あなたがプラム寮にいる理由を。サー・エドウィンの教育方針で、あえて苦労するためだって。彼は多分、気づいていないのよ。あなたは勉強や礼儀作法はよく出来るけど、日常生活のごく基本的な身の回りのことは、しようにもやり方が分からないの。だから、ルームメイトや寮のメイドさんにさせている。サー・エドウィンの意図は完全に外れてしまっているわ。……そうじゃない?」

「お父様はわたしにメイドの仕事を身に付けさせようだなどとは思っていらっしゃらないわよ」

「そうかしら? それはたぶん違うと思うわ。サー・エドウィンが子供の頃、ブラッドフォード家は今ほど裕福ではなかった。ブラッドフォード家の今の財産は、ほとんどがサー・エドウィンのお父様が一代で築いたものなの。サー・エドウィンはストーンワース屋敷を先祖から受け継いだと言っていたけど、本当は、ストーンワース屋敷も、准男爵位も、あなたのお祖父さまが買ったものなのよ」

 エリザベスは何も答えなかった。シェイラは続けた。

「メイドさんが教えてくれたの。ブラッドフォード家に三十年仕えていると言ってた。あなたのお祖父さまは中産階級の生まれで、成功するまでには苦労もしたはず。だから、若い時にはあえて苦労するというのが、ブラッドフォード家の家訓なのよ、きっと」

「それで? あなたは結局、何が言いたいわけ?」

「ねえ、今からでも、サー・エドウィンの期待通りになるように、ちゃんとしようよ! あなたが学院で『癇癪持ちの女王様』なんて呼ばれていると知ったら、お父様はきっと悲しまれるわ」

「悲しむ? それこそ癇癪を起して、わたしを怒鳴りつけるだけだと思うけど……」

 エリザベスはふっと鼻で笑った。そして背筋を伸ばすと、取り澄ました動きでお針箱から針を取り出した。

「わたしがボタンも付けられないと思っているとしたら、大間違いよ」

 と、大見得を切ったくせに、エリザベスの手際は酷いものだった。針に糸を通さずに、いきなり布にぶっ刺した時には本当に驚いた。シェイラがすれば一分とかからない作業を、随時手伝いながら、十分以上かけてようやく成し遂げた。


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