第十一章 夏の終わり


 その後は誰の顔を見るのも嫌で、寝室に逃げ込んでいた。体調が悪いと、メイドに伝言を頼んだ。舞踏会は終わった。当初の話では、アレクシアたち三人の滞在は今日までのはずだった。彼らが予定を延長すると言いださないことを、ベッドで祈っていた。

「シェイラ、大丈夫? 何かあった?」

 メイドが運んでくれた昼食を食べ終わる頃に、クレアとシャーロットが様子を見に来てくれた。アレクシアたちが出立するので、見送りに来ないかとのことだった。

 アレクシアは隣のイーストラホースの町へ、フレデリックとウィリアムはメレノイへ戻り、それぞれの実家へ帰る。

「アレクシアとフレデリックは仲良くしていた?」

 シェイラが尋ねると、二人は目を丸くした。

「仲良くどころか、ベッタリとくっついていたわ。でも、どうして知っているの!」

 何があったのかを、秘密にしておく義理はないと思った。シェイラは後で話すと約束し、見送りは断った。

 アレクシアたちが去り、シェイラは滞在予定の金曜日までを平穏に過ごした。ついにセントルイザ女学院に帰る日がやって来て、シェイラとシャーロットはブラッドフォード家の馬車に送られ、イーストラホース駅に降り立った。重い旅行鞄を手にして馬車を見送った時、現実に戻ったなと思った。

 夏期休暇はまだ半分以上残っている。二人はここから駅馬車で学院まで帰る。クレアはクロフォード子爵のクラッグフィールド屋敷からはるばるやって来た迎えの馬車に乗り、ストーンリバー州の領地に帰って行った。エリザベスはもちろんストーンワース屋敷に残り、数日後には、サー・エドウィンとともに旅行に出掛けるとのことだった。

「わたしたち、学院を卒業したら、もう貴族と出会う機会なんて一生ないかもしれないわね」

 メレノイに向かって走る駅馬車の中で、シャーロットがそう言った。

 シェイラは豪華な舞踏会にも高貴な人々にも未練はなかったが、ストーンワース屋敷とだけは別れるのが悲しかった。ストーンワース屋敷は今まで見たどのお屋敷よりもシェイラの趣味に合っていた。あの家に住めるのならば……と考えると、成功や富を追い求める人々の気持ちも解らないではないと思った。

 寮に戻ったシェイラは教科書を買い揃え、残りの夏期休暇中の学習計画を立てた。毎日シャーロットに会い、閑散とする学院に残っていた他の生徒たちとも交流した。特別な娯楽はなくとも、シェイラは勉学に邁進し、自由で充実した日々を楽しんだ。プラム寮での暮らしもエリザベスがいない間は天国である。

 頻繁に会話をする相手がほぼシャーロットしかいないという環境は、勉強に集中するにはもってこいだった。シャーロットは完全なる男嫌いで、時々悪口を言う以外には、男性の話題は皆無だった。彼女の持論によると、家庭問題は言うに及ばず、世界から戦争がなくならないのも、諸々の社会問題も、全て「男のせい」ということになる。辟易するぐらい偏っているのだが、極端だと指摘すると、「極端なのは、男女の腕力の違いの分よ」と、解るような解らないような答えを返された。

 ストーンワース屋敷でフレデリックと決別した後、シェイラはずっと、自分は裏切られたわけでも、傷つけられたわけでもないと信じていた。彼と付き合っていたわけでも、好きだったわけでもないのだから、そうであるはずだと思っていた。だからクレアとシャーロットにすべてを打ち明けた時も、「わたしは平気よ」と言った。

 なのに、何もしないでいるとすぐに思い出す。アレクシアの無邪気な顔や、フレデリックの泣きそうな表情が脳裏に焼き付いていた。がむしゃらに勉強するのは嫌な思い出を振り払うためなのかもしれない。

 寮に戻ってから一月が過ぎた。シェイラは相変わらずだった。平気だなんて嘘だ。本当は裏切られ、傷つけられたのだと、認めないわけにはいかなかった。

 八月最後の日曜日、シェイラとシャーロットはセントルイザ女学院が属する教区神殿の、日曜礼拝に訪れていた。夏期休暇中、学院内の礼拝堂は閉鎖となり、残っている生徒は一般の神殿に出向くことを推奨される。礼拝が終わって神殿を出たところで、シェイラは男性の声に呼び止められた。


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