9-2



 泥のように眠った翌朝、シェイラが朝食室に下りて行くと、そこにはクレアとシャーロットがいた。エリザベスはすでに朝食を済ませており、他の三人はまだ見ていないとのことだった。朝食を摂りながら、クレアは昨晩の話を聞かせてくれた。

 シェイラとシャーロットが引き上げた後、他のメンバーはトランプをしたわけではなかった。ウィリアムがビリヤードをしたいと言い出し、フレデリックとアレクシアが賛成した。エリザベスは嫌な顔をしたけれど、クレアが初めての遊びに興味が湧いて賛成すると、皆をビリヤード室に案内してくれた。ウィリアムとフレデリックがビリヤード台に飛びついて、早速ゲームを始めた。アレクシアは台の隅を使って、クレアに突き方を教えてくれた。エリザベスは、使った物は必ず元の場所に戻すようにとか、あの棚の物は触らないようにとか、注意事項を躍起になって説明した。

 クレアは暫く球をつついて遊んでいたけれど、ウィリアムたちには邪魔にされるし、台が一つなのでゲームが出来ず、飽きてしまって先に寝室に引き上げた。他の四人がその後何時まで遊んでいたかは分からない……とのことだった。

 朝食の後、この三人にエリザベスを加えた四人は散歩に出ることに決まった。寝室で準備をして玄関ホールに下り、四人そろって出掛けようとしたその時、シェイラは背後から呼び止められた。

「彼女に話があるんだけど、少し借りてもいいかな?」

 振り返ると、ウィリアムが階段を下りながらこちらを見ていた。

「どうするの、シェイラ?」

 シェイラが答えないので、クレアがそう尋ねた。

「えっと、うん、分かったわ」

「じゃあ、先に行ってるね」

 クレアたちは手を振り、シェイラを残して出発した。

 ウィリアムは無言で人差し指をくいくいと曲げて、シェイラにこっちへ来るようにと合図した。シェイラが近づくと、彼は背を向けて歩き出し、朝食室に入って行った。シェイラが今し方朝食を食べ終わったばかりの部屋で、ウィリアムはメイドが運んできた食事を食べ始めた。シェイラは困惑しながら向かいの席に腰を下ろした。

「あの、わたしに話って、なに?」

 ウィリアムは彼女を見つめながら、ゴブレットの水をぐっと飲み込んだ。

「まあ、そう焦るなよ。今、食べてるからさ」

 シェイラは聞き間違いだろうかと思い、首を傾げた。

「じゃあ、わたしから話すね。実はわたしもあなたに話したいことがあるの」

 気を取り直して、そう切り出した。このまま彼が食べる姿をずっと見ているのは、どう考えても妙だろう。

「あ、そう。いいよ、話してくれて」

 シェイラは話さずに立ち去ろうかと思った。一言発するごとに不愉快にさせられる。ウィリアムとはこういう人だったのかと、愕然とした。

「えっと、わたしね、実はアレクシアに聞いてしまったの。学年末考査の直前の土曜日に、二人が喧嘩したことを」

「ふうん、それで?」

「アレクシアはあなたとデートしたかったのだけど、断られて、それで、トムって人とメレノイに出掛けたって」

「うん」

「えっとね……、アレクシアはあなたと喧嘩になって、あなたには彼女が怒っているように見えたかもしれないけど、アレクシアは本当は悲しかったの。それでね、アレクシアはトムと出て行ってしまったから、あなたには彼女がトムに気があるように見えたかもしれないけど、アレクシアはあなたの気を引きたくて、そういうことをしてしまっただけで、トムのことは何とも思ってないの。彼女はあなたのことが好きで、嫉妬させたかっただけなの」

「ふうん」

「だから……、アレクシアはちょっと素直じゃないところがあって、本当の気持ちと逆のことをしてしまうことがあるのよ。それを解ってあげて欲しいの」

「ふうん。そんなことをわざわざ僕に言うなんて、君は見た目だけじゃなくて、心も天使のように優しいんだね」

 ウィリアムはそう言って、天使のような笑顔をシェイラに向けた。

「は? いや、わたしではなくて、アレクシアの話をしているのだけど……」

 シェイラは困惑して目を瞬かせる。今の話は彼になんとも響かなかったのだろうか。さっきから彼は食べたり飲んだりしながらも、目線はじっと値踏みするようにシェイラを見つめている。彼の意識は耳よりも目に集中しているようで、話の内容を理解しているのかも怪しく思えた。

「とにかく、二人の間に何か誤解があって、それで喧嘩になっているのなら悲しいと思って、さっきの話をしたの。お節介だったらごめんなさい」

「キレイだね」

「は?」

「君の瞳は、とてもキレイだ」

 シェイラは背筋に寒気が走るのを感じた。

「……普通の目ですよ」

「僕にはわかるよ。君がそんなに美しいのは、内面の美しさが表に現れているからだって」

 ウィリアムはハムの切れ端が刺さったフォークをぷらぷらさせながら、そう言った。

「わたし、そんなに性格は良くないですよ」

「いや、君ならフレッドが夢中になるのも分かるよ」

「はあ……」

「でも悔しいかな。本当は君はフレッドじゃなくて、僕のものになるはずだったのに」

 シェイラは気持ちが悪くて返事も出来なかった。

「そこで、君に提案がある。僕の絵のモデルにならないか?」

 シェイラはぎょっとして、ウィリアムを見返した。


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