10-4
「シャーロットは……楽しんでる?」
「そうね、良い社会勉強になったわ。もう大体見たから帰りたいけど、そうもいかないでしょうね」
「ブラッドフォード家の帰宅に合わせないと……。こんな夜に、歩いて帰るわけにはいかないでしょうから」
シェイラは夜の山道を一人で歩く自分を想像した。今の自分には、それぐらいの罰は当然と思えた。フレデリックの顔を再び見るのが辛くて、本気でそうしようかと考えたが、結局は常識が勝って、思いとどまった。帰りの馬車は彼とは違う方の一台に乗り込んだ。
その夜はなかなか寝付けず、意識がある間中、ずっと罪悪感に苦しんだ。傷つけたと思うと胸が塞がり、身体に鉛でも詰まっているようである。もし逆の立場だったら……と想像すると、ショックで死んでしまうのではないかと思った。
ごめんなさい、ごめんなさい……。
心の中でそう唱えていると、少し救われる気がした。
舞踏会からの帰りが深夜だったために、翌朝はいつもより遅い起床となった。
朝食室ではアレクシアと二人きりになった。始めは気まずいような気がしたけれど、彼女の方はそうでもないらしい。うっすらと笑みを浮かべながら、シェイラに物言いたげな視線を送ってくる。
「アレクシア、わたしの顔に何かついている?」
早く理由を知りたくて、自分から尋ねた。
「わたしね、あなたに言わなければならないことがあって……」
アレクシアはシェイラの隣に来て、意味ありげな視線を送りながら、無言で腕を引っ張った。シェイラは訳が分からないまま、部屋の隅の暗がりに連れて行かれた。アレクシアは扉の方を警戒しながら、そこで、秘密の内緒話を始めた。
「言おうかどうか迷ったのだけど、あなたに黙っているのは悪い気がして……」
「なに? なんなの?」
「わたし…………フレッドと関係を持ったの」
「関係って?」
初めは意味が分からなかった。訊き返して、アレクシアが恥ずかしそうに口をすぼめ、上目使いにシェイラを見る顔を見ているうちに、「関係を持つ」とは、「性交した」という意味なのだと気が付いた。
「えっ、嘘でしょう?」
「嘘じゃないわ」
無垢な目をして、彼女はそう言った。
「それって、いつの話なの?」
「昨夜よ。舞踏会から帰ってから。その前は……先週の木曜日だったかな」
人違いなのでは? そう言おうと口を開けかけて、シェイラは停止してしまった。そんなこと、間違えるはずがないのである。
「もしかしてショックだった? ごめんなさい!」
アレクシアは形の良い眉をひそめて、シェイラを憐れむような眼で見た。
「フレッドは元々あなたを追いかけていたもの。ここへ来たのも彼の頼みだったの。あなたが驚くのも無理はないわ。でも……あなたは彼とは付き合わないって、断ったのよね?」
「そうよ」
「ああ、良かった!」
アレクシアは安堵の声を上げ、両手を胸に当てた。
「それを聞いて安心したわ。じゃあ、シェイラは彼のことを好きでもないし、付き合ってもいないし、付き合ったこともないし、とにかく、彼との間には、全く何もないのよね?」
「何もないわ」
シェイラはキスをしたことなどすっかり忘れて、そう答えた。アレクシアはぱっと花が開くように微笑んだ。
「ありがとうシェイラ、本当に安心したわ。……フレッドはとても優しいのよ。ウィルと別れて落ち込んでいたのだけど、彼が慰めてくれたの。わたし、彼と付き合うことになるかも。応援してくれる?」
「ええ」
シェイラが頷くと、アレクシアは喜びを抑えきれないという風に満面の笑顔になった。
フレデリックとシェイラの間に何もないことを確認すると、彼女の用事は済んだようだった。アレクシアはさっさと朝食の席に戻ると、浮かれた様子で昨夜の舞踏会での出来事を喋りはじめた。
シェイラは、まともに会話をする余裕はなく、相槌を打つのが精一杯だった。アレクシアはシェイラの様子に気づいているはずだが、そのことは何も言わない。彼女は朝食を平らげると、また今度フレッドとの経過報告をするねと言い残して、出て行ってしまった。
それから、皿に載ったベーコンとパンを見つめながら、シェイラは茫然とする頭に鞭打ち、何が起きているのかを理解しようとした。考えたくもないことを一生懸命考えて、やっとのことで「二股を掛けられていたのだ」という結論を認めた。途端に、涙が溢れた。
口で息をしながら、シェイラは手で涙を拭う。しかし考えてみれば、フレデリックと付き合っていたわけではないから二股とは言わない。好きでもなく、昨夜自分から振ったのに、泣くのは理屈に合わないはずだった。
アレクシアの言ったことは本当なのだろうか。ふと、疑問が浮かんだ。確認したいと思う一方で、フレデリックとは何でもないのだから、確認しようとするのはおかしい気もした。
すると、朝食室の扉が開いて、だしぬけにフレデリックが入ってきた。シェイラは驚き、彼もぎょっとして立ち止った。普段と時間帯が違うので、シェイラがそこにいるとは思わなかったのだろう。彼は目を見開き、顔を強張らせたまま歩み寄ると、何を思ったか、シェイラの向かいではなく隣の席に腰を下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます