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 新学期の前日に初めて会って以来、シェイラはエリザベスの良きお世話係になった。その仕事は、朝に彼女を起こすところから始まり、身支度の世話や食事の給仕、部屋の片づけ、買い物のお使い等と多岐に及ぶ。

 エリザベスは神経質な完璧主義者で、シェイラは細かいことでよく叱られた。

 鉛筆を削っておけと言われたので、ぴんぴんに尖らせて返したら、刺さりそうで怖いから尖らせ過ぎるなと怒られた。

「暫く書けば、丁度良くなるんじゃない?」

 そう言って取り合わないでいると、

「じゃあ早くそうしてよ!」

 と、鉛筆を突っ返された。

 この時は、さすがに頭にきた。

 頭にきたけれど、自分がしばらく使って少し丸くなったところで返した。

 エリザベスは逆に、もろ手を挙げて褒めてくれることもあった。

 制服のスカートの裾を一インチ短くしてくれと言われた。二十分ほどで裾上げをして返すと、エリザベスはいたく感嘆して叫んだ。

「あなた凄いわ! こんなことが出来るの?」

 嬉しそうな顔をしてくれたので、シェイラも嬉しかった。

 こんな風にエリザベスが満足している時は、シェイラも安心して自分の部屋で過ごすことが出来た。

 シェイラがエリザベスの世話に慣れて、彼女の性格や嗜好を理解するほどに、怒らせることも少なくなってきた。機嫌が良い時のエリザベスは、頼りになるお姉さんという感じで、何も問題はなかった。

 けれど、エリザベスは友達ではない。

 シェイラは、他で友達を作る努力をすることにした。セントルイザ女学院は九月入学が基本なので、四月の今では新入生の間でも友達のグループが出来上がっていた。しかもシェイラは、四月から第二学年という途中編入なのだ。

 シェイラは全校生徒が利用する食堂で、気が合いそうな生徒を探した。

 女生徒たちは皆同じ制服を着ている。肩先が膨らんだ白いブラウスに、脛の中ほどまである紺色のスカートだ。首元にはえんじ色のリボンを結ぶ。

 シェイラは大人しく人見知りで、新学期以来ずっと一人で昼食を食べていた。だが見回すと、他に一人の子など全然いない。自分が普通でない行動をしているのに、そのことに気づいてすらいないのだ。

 シェイラは、食事のトレーを持ったまま、陽光に誘われるようにして、庭に出た。

 一面の芝生の向こうに、樫の並木道が校門へと延びている。芝生や樫の日陰に食事をするグループがいた。

「シェイラ!」

 樫の根元からエリザベスが手を振っていた。その周囲を三人の女生徒が取り巻いている。

「シェイラ、こっちにいらっしゃいよ!」

 エリザベスは地面を叩いて、ここに座るようにという合図をした。

 一瞬声が詰まって、返事が出来ない。シェイラは直感で、ここで彼女の隣に座ったらおしまいだと感じた。そのまま踵を返し、逃げるようにして食堂に戻る。

 気を取り直して、なるべく歳が近くて派手でなく、真面目そうなグループを探した。制服をアレンジしている子たちは何となく近づき難い。二人や三人のグループは邪魔者にされそうなのでやめておく。平凡な五人グループを見つけた。思い切って声を掛け、仲間に加わる。

「あなたプラム寮よね? エリザベス・ブラッドフォードと同室でしょ? 大変ね」

 お互いに挨拶を済ますと、メンバーの一人であるキティがいきなりそう言った。

「ええ。どうして知ってるの?」

「わたしもプラム寮だから」

「そうなんだ。彼女って、有名なの?」

「有名よ」

 キティが答えると、他の女の子たちはクスクスと笑いだした。

「すごく威張ってるでしょ? シェイラさんは、やっていけそう?」

「そうね、なんとか」

「あらそう! 凄いわね」

 キティが弾かれたように驚いたので、シェイラも驚いてしまった。今度は向かいのイザベラが話し始めた。

「あの人、最近機嫌がいいじゃない? あなたのことを気に入ったみたいね」

「そうかしら、けっこう怒ってるけど?」

 イザベラは首を横に振った。

「いいえ、まだまだ全然よ」

 その後を、キティが引き受けた。

「全然怒ってないわよ。前のサリーの時なんか、エリザベスの怒鳴り声がしょっちゅう寮中に鳴り響いていたんだから!」

「そ、そうなの?」

「あの子はね、頭が変なの。病気よ」

 今度は斜め向かいのドロシーが、顔をしかめてそう言った。

「そう、神経症よ。ヒステリーなの」

 キティがそう続けた。次はイザベラが身を乗り出した。

「でも、プラム寮のわたしたちは助かるわ。あの人、同室の子のお世話が行き届いていれば機嫌が良いっていう話よ」

「女王様のつもりなのよ。最低よね」

 キティが怒気をはらんだ声で言った。シェイラは怖くなり、話題を変えたくなった。

「みんなはプラム寮なのね。みんなは上級生のお世話って、大変じゃないの?」

 一瞬、全員がきょとんとした。

「ルームメイトを個人付きメイドにしなきゃ気が済まないなんて、エリザベスだけよ!」

 キティが代表して答えた。

「同室の下級生が、上級生の面倒を見るのが普通……ではないのね?」

 シェイラが念のため確認すると、皆頷いた。

 騙されていたと分かった以上、エリザベスに抗議しなければ。

 授業が終わり、シェイラはどう切り出せばよいのかと悩みながら、プラム寮に戻ってきた。悩むぐらいなら、キティたちの話を聞かなければ良かったと思っている自分がいる。

 部屋に入ると、満面に怒りをあらわにして仁王立ちしているエリザベスがいた。シェイラは昼休みに彼女を無視してしまったことを思い出して、げんなりした。

「シェイラ、カーテンを中途半端に開けるのはやめてちょうだい。気持ち悪いから。それから、レースのカーテンは開けないで。覗かれそうで気持ち悪いでしょ?」

 シェイラは窓の方を一瞥した。

「ちゃんとなってるけど?」

「私がさっき直したのよ!」

「分かったわ……」

 抗議は機嫌が良い時にすることにした。

「それから、昼休みのあの態度はなんなの? せっかく誘ってあげたのに! あんたのせいで、子分たちの前で恥をかいたじゃないの!」

「子分って、一緒にいた子たちのことなの?」

「そうよ」

 やっぱりエリザベスはキティたちの言うとおり、頭が変だとシェイラは思った。

「朝食も夕食もあなたと一緒で、昼食まで一緒なのが嫌だったのよ」

 言い返したが、怖くて顔を背けてしまう。

「ふうん、まあいいわ。昼間のことは許してあげる。どうせあなたが来たら、場が白けるところだったしね」

 エリザベスは気が済んだようだった。シェイラはほっとしている自分が情けなかった。


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