1-3
門限の十時を過ぎると、アレクシアが部屋に遊びに来た。
アレクシア・キャンベルはエリザベスの幼馴染で、十七歳だが一年留年して現在第五学年だった。准男爵令嬢でバンブー寮だが、ほとんど毎晩やって来て、エリザベスにその日あったことをお喋りする。
彼女は長身で手足が長く、金髪で端正な顔立ちをしている。初対面の挨拶の時には抱擁された。香水の甘い香りが漂い、ドキドキする瞬間だった。
「エリザ、さっきウィルが別れ際にね……」
エリザベスが肘掛椅子に座り、アレクシアが長椅子に腰掛け、シェイラは勉強机にいる。
アレクシアは基本的に、恋愛の話しかしない。
彼女は、セントトマス学院のウィリアムという男子生徒と付き合っている。セントトマス学院というのは男子寄宿学校で、セントルイザ女学院と敷地を隣接する姉妹校である。
ウィリアムと付き合う前の恋人とは、第二学期の学期末考査の前に別れた。そして春期休暇中に、旅行先で偶然ウィリアムと会って、付き合い始めたのだそうだ。
アレクシアはほぼ毎晩、このウィリアムとの生々しい男女のやり取りをエリザベスに報告し、それに対する見解を、二人で話し合う。話がきわどい部分に差し掛かると、二人は声を落とす。シェイラに聞こえるか聞こえないかというひそひそ話をして、急に弾かれるように笑ったり、奇声を発したりする。シェイラは聞き耳を立てずにはいられない。
気になって、勉強に集中できなくなる。もっと正直に言えば、興奮して勉強に手がつかなくなってしまう。二人が使う意味が分からない隠語も、卑猥な想像を掻き立てた。
今夜は、ウィリアムがネックレスをくれたと言って喜んでいるから、平和なものである。
終始ベッドでの行為が話題になっている日もあった。これを最初に聞いたときは衝撃を受けた。シェイラはそれまで、男女が肉体関係を持つというのは、結婚してからの話だと思っていたのだ。
もちろん、婚前交渉なるものが存在することは知っていた。しかし、そんなことをする輩は、余程の事情がある者か、余程の不良のみ。よもや良家の令嬢がこんなことになっているとは、思いもしない。しかも、アレクシアだけが特殊なのではなく、この女学院の生徒で恋人がいることは珍しくなく、恋人とそのような関係になることも、普通のこととして扱われているのだった。
そしてさらにシェイラを困惑させたのは、彼女たちの世界では、恋愛の順序がシェイラの常識とは違うらしいということだった。
アレクシアはすでに何度もウィリアムとベッドを共にしているが、彼が「愛してる」と言ってくれないと悩んでいるのだった。
シェイラにしてみれば、まったく訳が分からない。百歩譲って婚前交渉を認めたとしても、愛し合っているという確信もなくして、性行為に及ぶことがあり得るのだろうか。
それまでのシェイラの常識では、まず「愛してる」があって、次にプロポーズがあって結婚し、初夜を迎えるという順序である。
彼女たちの世界では、最初に性行為があって、次に「愛してる」があり、その後に、おそらくはプロポーズと結婚という順序になっているらしい。
いったい、この国はどうなってしまったのだろう。それとも、シェイラが世間知らずだったのか。
アレクシアたちはネックレスの話が終わり、珍しくエリザベスの恋の話をしていた。エリザベスの想い人はハロルド・メイヤーというセントトマス学院の生徒で、ラップランド伯爵家の長男であるメイヤー子爵ヘンリー・メイヤーの長男なのだという。現在アン・フォックスという女生徒と付き合っているので、子分たちが嘘の噂を流して別れさせようと画策しているが、なかなか別れないのが気に食わないとのことだった。
冗談なのか本気なのか。エリザベスの話はどこまで真に受けて良いのか分からない。
すると、エリザベスが声をかけてきた。
「シェイラ、あなたもこっちに来て話したら? どうせ勉強しているふりをして、聞き耳を立てているんでしょ?」
聞きたくて聞いているわけでもないのに酷いと思ったが、言われるまま二人のところへ行った。
「いらっしゃい、シェイラ! どうぞ座って。エリザ、すごく良い考えだわ。わたしもシェイラの話が聞きたいわ!」
アレクシアが満面の笑顔で迎えてくれた。シェイラは二人の傍にあった肘掛椅子に座った。
「シェイラは好きな人、いるの?」
アレクシアが楽しそうに尋ねた。
「えっと…………いる」
「えっ! いるの?」
エリザベスが叫んだ。
「誰? 誰? 絶対言わせるわよ! セントトマスの生徒なの?」
アレクシアが身を乗り出してくる。
「違う。生徒じゃないわ」
「じゃあ、誰? わたしたちの知らない人?」
「そう、知らない人」
「どういう人なのか教えなさいよ! 付き合ってるの?」
今度はエリザベスが高圧的に尋ねた。
「今は付き合ってはいないのだけど……。この学校に入る前にお世話になっていたお屋敷で、勉強を教えてくれた、家庭教師の先生なの」
「家庭教師!」
二人が同時にそう言った。アレクシアが目を輝かせて、こう続けた。
「なんだか素敵な響き。大人の男なのね! どんな人? かっこいい?」
「まだ二十歳だけど、正神官なの。すごく頭が良いのよ。見た目はね、すごくかっこいい」
「背は高い? 髪の色は?」
「背は高いわ。髪は灰色がかった金髪で、瞳は水色なの。それから、声がすごく素敵」
「あら、いいじゃない。声が良いなんて最高よ」
アレクシアが同意を求めるようにエリザベスを見た。エリザベスは言った。
「そんなに色々揃っているなんて怪しいわ。本当かしら?」
「あら、いいじゃない。好きだと何でも良く見えるものなのよ、きっと」
アレクシアが執り成すように言った。シェイラは心の中で、優越感に笑っていた。
『あばたもえくぼ』じゃないわよ。ナイトリー先生ほどの美男子はそうそういない。彼を実際に見たら、エリザベスだって認めざるを得なくなる。
けれど、そんなことはどうでも良かった。彼に会わせたいとは思わない。ただ、彼のことを語るのは嬉しかった。心の中に面影を浮かべると、とても幸せな気分になる。それに、人に話すと存在を実感できるからだ。
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