第二章 友達



 その女生徒は、他の子とは明らかに違っていた。シェイラと同じ栗毛色の髪が、肩よりも短く切り揃えられている。色白の肌にそばかすが散り、顎が細く、身体も細かった。

 人気のない図書室で初めて見かけた時、彼女は本棚の奥の窓際にある閲覧席にいた。昼食のトレーを持ったまま、シェイラは校舎内のこんなところにまで彷徨い出ていた。一人だと思って、入り口近くの閲覧席に腰を下ろした。

 キティたちのグループにはもう行かない。彼女たちの話題は誰かの悪口と先生への文句だけなので、毎日聞かされるのは辛いと思った。それで顔を合わせるのが気まずくて、食堂を出てきてしまった。

 友達が欲しいという気持ちも嘘ではないが、実際のところ、一人は気楽でよかった。人見知りとは所詮そういうものなのだ。

 本に囲まれていると、知識欲が人間関係の悩みを押しやってくれる。シェイラは学校にあまり通っていなかったせいで勉強が遅れている。年齢からすると第三学年になるはずが、第二学年に編入されたのはそのためだ。他の子と同じように、恋愛や友情に悩んでいる暇はない。勉強して飛び級をし、本来の学年になることがシェイラの目標だった。

 やる気の炎が燃えてくるのを感じながら、パンをかじっていると、どこからかページを繰る音がして、彼女の存在に気付いた。

 髪の短い少女が、一人で昼食を食べながら本を読んでいた。机にトレーと本を並べて置き、身体は食事に向いているが、眼は本から離さない。器用にパンやらスープやらを食べるが、食べ物は本の上を通過させない。ページを捲る前には必ず指をハンカチで拭く。

 シェイラはすぐに、「同類」だと思った。彼女は本に熱中していて、シェイラが見つめていることに気づかないようだった。

 次の日も、また次の日も、彼女は同じ場所にいた。シェイラは彼女の真似をして、食べながら本を読むようになった。シェイラはだんだんと、彼女に話し掛けたくなっていた。

 夜中にエリザベスが、昼休みのシェイラの行動について尋ねた。

「最近、昼休みに見かけないのは、どういうことなの?」

 シェイラはエリザベスがそんなことを意識しているのだと知って、少し怖かった。

「図書室で食べているの。本を読みたいから」

「本なんか食堂で読めばいいのに。それに図書室は飲食禁止よ」

「そうなの? ……他にも食べている子がいたけど」

「知ってる。図書室の亡霊でしょ?」

「亡霊? わたしと同じ歳くらいの生徒よ。髪が短いの」

「シャーロット・ハワーズ。青白くて細くて亡霊みたいな子」

「知ってるのね。どんな人なのかしら?」

 エリザベスは子分を使って情報収集しているらしく、学校内のことに異様に詳しかった。

「あなたのお仲間。ハワーズも私生児よ。父親は裕福みたいだけど、誰なのか本人も知らないんだって。母親が結婚したら彼女が邪魔になって、この学校に入れられたってわけ」

「そうなんだ……」

「ところで……あなたは父親が誰だか知ってるの?」

 エリザベスは話のついでを装っているが、本当はそれを知りたくてしょうがないのだと読めた。父親は国王陛下なのよと言えば、彼女はシェイラに対する態度を改めるかもしれない。一瞬よぎった考えを、シェイラはすぐに打ち消した。王族の不興を買う行動を、敢えてする意味はないのだ。

「わたしも父親のことはよく知らないの」

「ふうん……」

 エリザベスは疑うような目つきをした。

「まあ、誰だろうと関係ないけどね。この国では婚外子には何の相続権もないんだから」

「そうなのね」

 慣れとは不思議なもので、シェイラはエリザベスの意地悪な言動が、だんだんと気にならなくなっていた。それどころか、この分かりやすい性格の悪さが彼女の可愛げなのではないかと思うくらいだった。

 次の日、シェイラはシャーロット・ハワーズに声を掛けた。

「こんにちは。いつもここで本を読んでいるのね」

 シャーロットは上目使いに、向かいの席に誰が座ったのかを確認した。

「そうだけど、何か?」

「わたし、シェイラ・フォースターっていうのだけど、わたしも本が好きなの」

 知らず知らず、媚びるような作り笑いが漏れてしまう。シャーロットは暫くシェイラを凝視したが、また本に視線を移した。あまり大きくはない切れ長の眼で、青い瞳だった。

「それで?」

 吐き捨てるように言って、ページを捲った。シェイラは嫌な予感しかしなかった。

「この本、読んだことあるよ。ヤーサンガー僧院で修道女が殺されるやつでしょ?」

「犯人が誰か言ったら殺す!」

 シャーロットが突然大きな声を出したので、シェイラはびっくりしてしまった。

「言わないよ、もちろん」

「用がないのだったら話しかけないでくれる? 見ての通り、読書中なの」

「そうよね、知ってる。本が好きな者同士、友達になれないかと思って話し掛けたの」

 シャーロットはまたシェイラを見た。無表情で、どう思ったのか読み取れない顔だ。沢山のそばかすと、薄い唇ばかりが印象に残る。

「友達になるのは別に構わないわよ」

 表情を変えずに、そう言った。

「良かった。よろしくね」

「で、友達って何をするの?」

 シャーロットは肘をついて顎に手をやり、シェイラに試すような視線を送った。

「いえ、別に、特には……」

「そう? じゃあもういいよね?」

「はい……」

 シェイラはその場を離れるしかなかった。背後で、シャーロットが溜息をつき、小さく独り言を言うのが聞こえた。

「女子ってどうして、つるむのが好きなのかしらね」

 シェイラはすぐに振り返ったが、シャーロットはもう本しか見ていない。

「……わたしは、女子の中ではかなり、つるまない方だと思うよ」

 聞こえているはずなのに、彼女は返事をしてくれなかった。読書を邪魔されて怒っているのだろうか。そう思うと、再び話し掛ける勇気はなかった。


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