9-5
そのあとの昼食は、険悪なムードとなった。フレデリックとウィリアム、そしてアレクシアは一言も話さない。クレアたちはここでは何も言わないけれど、きっと異変に気付いている。
この事態はわたしのせいなのか? いや、悪いのはウィリアムのはずだ。シェイラは自問自答しながら、そんなに過剰反応しなくても良いのにと、彼らを恨めしく思いもした。
ウィリアムのような人間は、きっと今までだって不誠実でいい加減な行動を幾度となく繰り返してきたはずだ。今さらそれが一つ追加されたからといって、なんなのだ。シェイラからすれば怒るというより、喜劇を見ているようで笑ってしまう。
昼食が終わると驚いたことに、フレデリックとウィリアムは乗馬で運動してくると言って、一緒に出掛けた。アレクシアはエリザベスに声を掛け、応接間に入っていく。シェイラはシャーロットに続いて図書室に入り、クレアが後に続いた。
ソファーに腰掛けると、クレアは早速、あの後ウィリアムと何の話をしたのか、昼食での彼らの態度は何なのかと、遠慮もなく尋ねてきた。シェイラは仕方なく、あったことを話した。
すると、クレアは低俗な好奇心に目を輝かせ、うひゃうひゃと笑った。
「やっぱりね、あの人って、見た目通りなのね! 笑っちゃう!」
どうやらウィリアムのことを言っているらしかった。
「わたし、アレクシアのこと不思議だなって、ずっと思っていたの。どうしてウィリアムみたいな、見るからに明らかに軽薄そうなのと付き合うのだろうって。彼女美人なんだし、もうちょっとマシなのが捕まえられそうなのにね!」
シェイラは驚きと尊敬の眼差しでクレアを見つめた。
「ねえ、ウィリアムが軽薄だってこと、すぐに分かった? どうして分かったの?」
クレアは一瞬怯んだ。
「どうしてって……見た目よ! 雰囲気よ! それに昔からよく言うじゃない? 『美男にいい男なし』って」
「ことわざみたいに言うのね……」
「えっ、これってことわざでしょ?」
「聞いたことないけど……」
別のソファーで読書していたシャーロットが笑い出した。
「ないわよ、そんなことわざ。誰が言っていたの?」
「だってお母様がよく……。いやだわ、ことわざだと思ってた! でもとにかく、ウィリアムは最初見た時から軽薄そうだと思ったわ!」
「すぐに分かるのね、凄いわ」
「じゃあ、ヘイターはどう思う?」
シャーロットが不意に尋ねて、シェイラはドキリとした。
「フレデリック? あの人はウィリアムと同類でしょ?」
クレアが事も無げに言うので、シェイラは一瞬言葉を失くした。代わりにシャーロットが尋ねた。
「どうしてそう思うの?」
クレアは何故訊かれるのか分からないという顔をした。
「どうしてって、フレッドはウィリアムと幼馴染で友達なんでしょ? 『類は友を呼ぶ』って言うじゃない? ……これはことわざで良いのよね?」
「あってる」
「それだけの理由なの?」
シャーロットとシェイラがほとんど同時に応えた。
「あとは……雰囲気よ!」
クレアが悪びれもせずにそう言った。シェイラはシャーロットに向き直った。彼女ならもう少し説得力のある話をしてくれると思った。
「シャーロットはどう思う?」
「そうね、わたしはクレアに賛成。二人とも不良よ」
シャーロットはそう答えて、意味ありげな視線をシェイラに送った。
「フレデリックはやめておけ」と、言いたいのだと思った。さっきクレアに尋ねたのも、その為なのだ。「分かっているわ」というように、シェイラは頷いた。
クレアは壁の本棚を物色し始め、シャーロットは読書に戻った。
シェイラもエリザベスに借りた教科書を開いた。数行読んだだけで、意識が他に逸れて行く。アレクシアとエリザベスが、応接間でシェイラの悪口を言っている気がした。フレデリックとウィリアムは、今ごろ話し合っているのだろうか、喧嘩しているのだろうか。
シェイラはウィリアムとのやり取りを思い返していた。彼を「懲らしめる」ことが出来なかったのは何故だろうと考えて、はなから拒絶するのではなく、気がある素振りを見せてから、突っ撥ねれば良かったのだと気が付いた。相手は水を向けてもシェイラが乗って来ないので、早々に引き揚げてしまったのだ。
負けた、と思った。これがいわゆる「恋の駆け引きに負ける」というやつなのか。いや、それとは違うのか。
その後は教科書に集中していたので、どれくらい経ったのか分からなかった。いつの間にか、クレアが張り出し窓のソファーに移動して、そこから庭園を眺めていた。
「あの人たちって、無邪気よね。いつも楽しそうで、なんだか腹が立っちゃう」
クレアの視線の先では、フレデリックとウィリアムが走り回っていた。ふざけてお互いの帽子を取り合いながら、子犬のようにじゃれ合っている。
「仲直りしたのかしら……」
これにはシェイラも唖然とした。クレアの隣に座り、一緒に様子を窺った。
「男の子たちが幼稚で元気なのは、きっと将来に夢や希望があるからなのよ。わたしは男の子が羨ましいな……」
「男が羨ましいって、何かやりたいことでもあるの?」
シャーロットが尋ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます