13-2
大広間は前方の中央にダンスホールが設けられ、その両側に丸テーブルが並べられていた。シェイラは気が気でなく見回して、ついに丸テーブルの一つに、ナイトリー先生とハート氏の姿を見つけた。
ナイトリー先生は、灰色がかった金髪で、足が長く、黒一色の神官服を着ている。
まだ、泣いてはいけない。シェイラは込み上げるものを抑えて、深呼吸を一つした。
近づいたシェイラに、先に気が付いたのはハート氏だった。彼が立つとナイトリー先生も立ち上がり、そしてシェイラと目が合った。ハート氏は知らせていなかったのだろう。彼の眼が驚きに見開かれ、淡い水色の瞳が、怯えるように震えた。シェイラはほとんど上の空で、ハート氏と挨拶を交わす。
ナイトリー先生がシェイラを見つめている。何も言わずに、表情もなく。
シェイラも目を離せずに見つめた。目を離せるはずがなかった。その透き通る水色の瞳も、高い鼻と、ほどよい厚さと赤みがある唇も、白い肌と端正な輪郭も、見たくてしょうがないものだった。見たいのに見られなくて、ずっと頭に思い描いてきたものだった。
まだ泣くな、まだ泣くな。瞼の奥が潤むのを感じて、シェイラは自分に言い聞かせた。久しぶりに会うナイトリー先生は、少し痩せていた。
ハート氏はすぐに用事を口実に離れて行き、二人だけになった。
ナイトリー先生が椅子を引いてくれて、シェイラはそこに腰掛けた。彼も隣に座り、二人は話し始めた。
「ナイトリー先生、わたしのこと、覚えていますか? シェイラです」
「もちろん、覚えていますよ」
思い切ってこちらから切り出すと、ナイトリー先生はそう言って微笑んでくれた。安堵して、思わずシェイラも笑みが漏れる。
「良かった……。お元気でしたか? お仕事はお変わりないですか?」
「ええ、何も問題ありません。あなたはどうですか?」
「わたしも、なんとか頑張っています」
シェイラが喜びや愛おしさで胸がいっぱいなのに比べて、ナイトリー先生は、始めはかなり困惑しているように見えた。当然そうだろう。彼はあくまで、シェイラに会いたくなかったのだから。けれどもう観念したということなのか、言葉を交わすと表情が和らいだ。シェイラが良く知っている、優しい眼差しの彼がそこにいた。こうしていると、二人は九か月前と、何も変わっていない。
シェイラは嬉しくて、ナイトリー先生に抱きつきたい衝動に駆られた。
けれどそうしなかったのは、これが九か月前、二人が別れた場面の再来なのだということを、忘れていなかったからである。
あのときは、ほとんど一方的に別れられた。シェイラが何を言っても、彼は全く聞き入れようとしなかった。
今度はもう、あなたを離したくない。シェイラは微笑んでいたが、内心は必死だった。うまく説得できるだろうか?
ナイトリー先生、助けて……と、いつものように祈ったが、今はその人が目の前にいる。
「ナイトリー先生、聞いてください。わたし、実は、前よりもずっとお金持ちになったのですよ」
笑顔を絶やさずに、シェイラは自然な会話を装って、そう話し始めた。
「そのようですね。今日のドレスも、そのキラキラしている首飾りも、とても似合っていますよ」
ナイトリー先生は警戒感なく応えた。
「あら、これらは友達から借りたものです。そういうことではなくて、わたし、ギャザランド銀行に口座を持っているのですけど、そこにお金を貯めているのです」
「お金を貯めるって、どうやって? また内職でもする気ですか?」
「それも良いと思ったのですけど、勉強に支障が出てはいけないので、今はしていません。実は、あまり大きな声では言えないのですが、ライアン侍従長殿が支援してくださるお金を節約して貯めた、秘密のヘソクリみたいなものなのです。上流の方たちって金銭感覚が十倍くらい違うから、庶民の生活を貫けば、あっという間に貯められるのですよ!」
貯蓄を褒めてもらえるかと思ったが、ナイトリー先生は怪訝そうな顔をした。不正を咎められるのかと、シェイラは一瞬ひやりとする。
「そんなにお金を貯めて、何か買いたい物でもあるのですか?」
「いいえ、これは生活費です」
「生活費?」
「ええ。将来、もしライアン侍従長殿や国王陛下に反抗して勘当されることになっても、当面食べて行けるように、今から蓄えているのです」
後見人である彼らのことなど、恐れるに足りないのだと示すように、シェイラは平然と言ってのけた。予想通り、ナイトリー先生は困惑顔になる。
「あなたは、なにを馬鹿なことを考えているのですか」
「馬鹿なことじゃありませんよ、わたしは真剣です。わたしが学校を卒業したら、もっとお金が貯まるようになります。わたし、一生懸命勉強して、卒業したら教師になるつもりです。求人広告を調べたのですけど、教師の給料って、けっこう良いのですよ。女工やメイドをやるより、ずっと儲かるんです!」
「まさか本気で働くつもりじゃあないでしょうね? あなたはそんなことしなくても……」
「だいたい、先生が考えた私の未来予想は、見通しが甘すぎると思うんですよね!」
彼が何を言おうとしているのかを察して、シェイラは大声で遮った。この人に二度もそれを口にされることは、絶対に嫌だった。ナイトリー先生はあの時、シェイラに他の男と結婚することを勧めたのだ。年頃になれば、ライアン卿か実父である国王陛下が、シェイラに身分も財産もある男を紹介してくれるだろうと、彼は言った。それがどれだけシェイラを傷つけたかを、この人は何も解っていないのだ。
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