第十三章 二人でつくる未来
『先日ローガンに会いました。君はまだ会いに行っていないようですね』
と、書き出された文面が、彼のいつもの手紙より長文だということは一目で分かった。
『僕は情けないことですが、目の前の相手の言葉の真の意味が、その時には解らないということが結構あるのです。そして、後になって気が付いて後悔するのです。
君がどうして、僕にあんな話をしたのか。
気付かなかったどころか、僕は勝手な思い込みで、君が単にローガンへの気持ちが冷めてしまって会いに行かないことの言い訳をしているとすら思えていたのです。けれど今は、あの時の君の必死な表情や言葉を思い出して、そんなことではないと解っているつもりです。
きっと相手への想いが強ければ強いほど、不安も大きくなるのでしょうね。それが他人には解らなくて、バカバカしく見えることがあるのです。本当にごめんなさい。
本来は、誰も君の恐れを笑うことは出来ないはずです。人を信じるということは、とても勇気のいることなのですから。
僕は始めから、君たちの恋愛には関わらないようにするのが得策と思っていましたが(大きく責任を問われそうだからです)、このような立場になって、実際には二人を引き合わせる方向に動いてしまっています(この手紙もそうですしね)。
ローガンが君への想いに苦しみながら、君の話を聞いて嬉しそうな顔をする様子を見ていて、友達として何とかしてやりたいと思うようになったわけですが、かといって、ローガンの心配ばかりをしているわけではありません。シェイラのことも、同様に心配であり、幸せになって欲しいと願っているのです。シェイラをつまらない男と引き合わせたら、天国にいる君のお母さんに顔向けができません。
ローガン・ナイトリーなら、大丈夫ですよ。彼が不誠実な男なら、僕は決して君に住所を教えません。
もし心が決まったら、同封の物を利用してはどうでしょうか? ローガンからは出席の返事をもらっています』
そして、手紙に同封されていたのは、魔術師協同組合主催の舞踏会の招待状だった。
シェイラは、両手で顔を覆って泣いた。
感謝と後悔が、一緒になって押し寄せてくる。
大切なことを忘れていたことに気が付いた。どうして、いつの間にか自分中心になってしまったのだろう。苦しんでいるのは、わたしではない。自ら身を引いた彼の方がずっと苦しんでいるのだ。それを最初は解っていたのに、忘れてしまっていた。すぐに会いに行かなければならなかったのだ。たとえ深く傷ついても、それがなんだというのだろう。
「ごめんなさい……、ありがとう……」
感謝の気持ちを込めて、シェイラはハート氏の手紙に「必ず出席します」と返事を書いた。自分にあると信じている「強さ」を振り絞って、彼に会いに行くと決めた。
魔術師協同組合の舞踏会は、学期末考査の最終日の二日後だった。シェイラはハート氏が用意してくれた機会を利用することにした。もし、試験前に失恋してしまっては、勉強どころではなくなって、恋愛とともに飛び級計画まで破綻してしまうからである。
その日から、シェイラは落ち着きを取り戻した。彼女は試験勉強をし、同時進行で、再会の準備を着々と整えた。ナイトリー先生を説得する口説き文句を考え、エリザベスにドレスを借りる約束をし、会場のホテルまでの道順を調べた。
そして、様々な最悪の結末を想像して、心の準備をした。ナイトリー先生には妻がいた! 子供もいた! シェイラと出会う前からいた! ……等々、本当にこんなことになったら気絶してしまうと思われるような想像である。けれど本心を言えば、どれも本気で可能性があるとは思っていなかった。シェイラはハート氏の言葉を信用しきっていて、もしそれがなければ、会いに行く勇気はずっと出せずにいたかもしれなかった。
当日になり、シェイラは夜間だからとハート氏が手配してくれた馬車で、市内屈指の高級ホテルに乗りつけた。
今年最後の一週間を迎えて、メレノイ市の繁華街は連日の催し事で賑わっている。
そんな中、有名ホテルで毎年開催される魔術師協同組合の舞踏会は、豪華ながらも出席者の服装は自由という、一風変わった舞踏会だ。そのせいで、毎年この夜だけはホテル内を、正装の紳士淑女に混じって労働者風の一行や、仮装の奇人がうろつくことになる。魔術師界が、一般に変わり者の業界と思われているゆえんは、こういうところなのだろう。
そしてシェイラはというと、今夜は最高に着飾っていた。
ドレスを借りる手前、エリザベスには何があるのかを打ち明けた。彼女は自分のドレスも宝石も総動員して、シェイラの身なりを完璧に整えるのに協力してくれた。エリザベスは不器用だが、美的センスというものがある。その才能と高級品の力で仕上げたシェイラのドレス姿は、夢見るような美しさだった。
「これで落ちない男はいないわね」
一緒に鏡を覗き込みながら、エリザベスが満足げにそう言った。シェイラは鏡の前で時間ギリギリまで自分の姿を点検した。
昂ぶる気持ちを胸に、舞踏会の会場を歩いていると、自分が目立つ存在だということが、周囲の視線の動きで分かる。髪に乱れはないかと不安になったり、早くナイトリー先生を見つけなければと焦ったり、だんだんと、頭の中が動揺してくる。
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