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 数日前、エリザベスは血相を変えて部屋に戻って来ると、シェイラに言ったのだ。

「シェイラ、あなたが最近一緒にいる金髪巻き毛の小さい子! あの子は、ストーンリバー州ゴールデールのクロフォード子爵の娘だって、本当なの?」

「えっ、し、知らない」

「事務員のパメラから聞いたのだから確かなはずよ」

「よく知らないけど、クレアの実家はゴールデールの郊外だと聞いたわ」

「シェイラ、あなた、紹介しなさいよ。クロフォード嬢とお近づきになりたいわ」

 最初はエリザベスのような性悪と、善良なクレアを引き合わせて良いものかと悩みもしたが、クレアが全く迷惑がらなかったので救われた。

 フレデリックはエリザベスとクレアの顔を交互に見ていたが、やがてその向こうにいるシェイラに笑顔を振り向けた。

「シェイラ、おはよう! 君の隣に行きたいんだけど……」

 これにはエリザベスとクレアが競うように答えた。

「クレアさんに動けと言うの? 図々しいわね!」

「シェイラの前が空いているわ。そこで充分じゃない?」

 フレデリックは諦めてシェイラの前に座ったが、振り返って長机に両肘をつき、身を乗り出してきた。

 濃い青色の瞳が近づいてくる。思わず身を引いたが固定されている椅子では限界があった。

「今日も寝不足でさ、最後まで起きていられるかな」

 二人にしか聞こえない小声でそう言って、苦笑いを浮かべた。

「何時に寝たの?」

 そう応えたシェイラも囁き声だった。それでも会話が出来るぐらい、距離が近い。この状況は隣同士よりも親密さが演出されてしまっている気がした。

「そうだなあ……四時ぐらいだったかな」

「四時? どうしてそんな時間まで?」

「ウィリアムたちと飲んでただけだよ」

 シェイラは返事ができなかった。きっと紅茶を飲んでいたのだろうと、無理やり思い込もうとした。

「うう……飲み過ぎた。頭が痛いよ」

 フレデリックは苦しそうに頭を抱える。

 こんな風に飾らない姿を見せられたら、まるでとても親しいかのようだ。シェイラの脳裏に、妙な想像が浮かんだ。もし、ここにいるのがフレデリックの恋人だとしたら、彼女は彼の飲み過ぎを優しくたしなめたり、体調を気遣ったりするのだろうか。

 シェイラは想像に巻き込まれて、うっかりそれに近い言動をしてしまわないように、気を引き締めた。

「そうなの。大変ね」

 それで、わざとよそよそしく応じてみせる。

 フレデリックは頭を抱えたまま、シェイラの目の前で長机に突っ伏してしまった。

 こうして間近で見ると、手も肩も自分よりずっと大きいのだな、などと考えていると、フレデリックは横目で見上げて、こう言った。

「午後からさ、……駅前の広場に行かない? バラ園が見頃らしいよ」

「午後はみんなでクレアの部屋に遊びに行くことになっているの。ごめんなさい」

「クレアの部屋か……、男は入れないね」

「そうね」

「じゃあ、明日の放課後はどう?」

「平日は勉強するって決めてるから……」

「じゃあ土曜日」

「その日はみんなでメレノイに行くの。クレアが買い物したいって言うから……」

「いいね、それ。僕も付いて行こう」

 フレデリックは起き上がると、クレアに話しかけた。

「ねえ、来週メレノイに行くんだろ? 僕も一緒に行っていい?」

 クレアはエリザベスと話していたところに急に訊かれて、ビックリしながら答えた。

「えっ、別に構わないけど……」

 フレデリックはシェイラを見て、にっと笑った。

「やった!」

 シェイラは呆れて言葉もなかった。彼の方は、相変わらず不敵ににんまり笑っている。

 誘われてセントトマス学院に行ったのが先々週のこと。今日までの間に、近くのグレートハーモニー川沿いを散策しないかとか、土曜日にメレノイに遊びに行かないか、などと誘われた。その都度、シェイラはシャーロットやクレアとの付き合いを理由に断った。先約があることは嘘ではなかった。ただし、小一時間の用事を、半日丸ごとかのように言う程度の嘘は吐く。平日の放課後は勉強するからと言って断る。本当は、小説を読んでいることもあるのに。

 そもそも、断るという行為自体が罪悪感を伴う。何度も断ると、心に折り重なる罪悪感を一掃するために誘いを受けようという気になってくるから恐ろしい。それで土曜日のメレノイ行きにフレデリックも加わることになって、肩の荷が下りたような気がした。

 それから一週間が経ち、土曜日にメレノイで買い物をした翌日は、また日曜礼拝である。この日はフレデリックの幼馴染のウィリアムと、恋人のアレクシアが揃って現れた。

「僕たちもここに座っていい?」

 独特のハスキーな声で話し掛けられて、フレデリックは仰け反って驚いて見せた。

「なんだよ、珍しいな」

「たまにはちゃんと出席しないとね」

 亜麻色の髪の少年が微笑みかけた。フレデリックの後ろの席にいたシェイラは、その瞬間、彼と目が合ったような気がした。

 ウィリアムはフレデリックと同級生で背格好も似ているが、顔立ちは中性的で幼く見える。ふわふわとした猫毛に、大きなターコイズブルーの眼が可愛らしい。恋人のアレクシアはすらりとした長身の美女だから、二人は美形同士で並んでいると姉弟のようだった。

 ウィリアムの後ろで、アレクシアは唇を尖らせ目を細めて、不満を満面にしている。ウィリアムはフレデリックを奥に詰めさせると、後ろのシェイラに向かって言った。

「シェイラ、ごめんね、ちょっと詰めてくれる?」

 シェイラはずれて、通路側に一人分のスペースを作った。

「ありがとう」

 ウィリアムは天使のような笑顔で微笑みかける。アレクシアがわざと聞こえるように吐いたとしか思えない大きな溜息とともに、シェイラの隣に座ってきた。見ると、憤然としている上に、今にも涙が溢れそうな目をしていた。

 彼と何かあったことは明らかだった。その詳細は、当日中に本人から聞くこととなる。

 夜十時すぎ、アレクシアは疲れ切った顔でシェイラたちの部屋にやって来た。

「今日は最悪だったわ。結局、一度もウィリアムと二人きりになれなかった。午前中は日曜礼拝で、午後からは用事で実家に行ってしまうし、夜はまだ寮に帰ってないし。校門でずっと待っていたけど、門限になるから戻って来ちゃった。ウィルは間に合ったのかしらね。もう知らないけど、あんなやつ!」

「どうして急に日曜礼拝に?」

 エリザベスが勉強机から話に応じる。

「わたしと二人で過ごすのが嫌になった、ってことなんでしょ!」

 吐き捨てるように言うが、声が心なしか震えていた。

「管理人に三回も帰っていないか訊いちゃった。失敗だったかな……。これがウィルに伝わったら、煙たがられちゃうわね。わたしって、いつもそう。相手にのめり込み過ぎて、重い女と思われちゃう」

「アレクシア、あなたって、本当にいつもそうね。そうやって追いかけるから、相手が逃げるのよ。相手に追いかけさせるように仕向けなきゃダメなのよ!」

 エリザベスが幼馴染を叱咤した。

「きっと、今まで一緒にいる時間が長すぎたのよね。土曜に日曜に、平日の放課後もずっと一緒だったから。一緒にいすぎたのだと思う」

「そうよ、それで彼は少し離れたくなったのよ。会う時間を減らしたら、今度は向こうから会いに来るわよ、きっと」

「そうね、寂しいけど我慢しなきゃ。ずっと一緒にいたいけど我慢して、会う時間を減らすことにするわ。会わない時間があった方が、次に会った時に新鮮で盛り上がるもの。そのためにも、会わない時間は大切よね」

 二人はそれで納得していたが、シェイラは疑わしく聞いていた。エリザベスたちの話によく出てくる「恋の駆け引き」なるものが、シェイラには信用できなかったのだ。駆け引きの良し悪しによって、好きでない人を好きになったり、好きな人を好きでなくなったりすることが、現実に有り得るのか。

 エリザベスがアレクシアにする恋愛のアドバイスも、最近は怪しいものだと思っている。エリザベスの恋愛話は子分たちの経験のかき集めで、実は自分自身の恋愛経験は皆無なのではないかと、シェイラは疑っていた。それでさも専門家のように論を垂れるのだから信用ならない。けれど、当のアレクシアは自分の話が出来さえすれば良いので、その点は気にしていないようだ。


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