12-2
「ところでシェイラ、バンブー寮の寮費はけっこう高いのではない? 幾らぐらい違うのかしら?」
「それはまだ訊いていないの」
「きっと大分違うわ。月に一、二パンドでは済まないわね」
「そうね、もっと違うと思うわ」
「庶民にとっては、ほんの一パンド、二パンドのことが大きいのでしょう?」
「そうね、一パンド、二パンドは大金だもの」
「なら、バンブー寮に入って大金を払う必要はなくてよ。ほんの一、二パンドでも、あった方があなたは助かるのでしょう?」
「そりゃあ、お金はあるに越したことはないわ」
「それなら、話は決まったわね」
エリザベスは優雅な足取りで自分のベッドへ歩いて行くと、自らシーツを引っ剥がし始めた。
そうして、なんだかよく分からないままに、エリザベスは自分のことを自分でするようになり、シェイラはプラム寮に残っている。
新学期になる直前に、ライアン卿から一年分の資金が送金されて、シェイラの銀行口座の残高はかつて想像もしなかった金額に達していた。お金が貯まったよと、ナイトリー先生に教えたい。どう話して、彼を説得しようか。
再会した時の言葉を、シェイラはつらつらと考え始めた。それでも、会いに行くことはなかった。
セントトマス学院ではシェイラ・フォースターがまだ一人だという噂が広まったのか、シェイラは再び男子生徒の注目を集めていた。日曜礼拝の帰りに呼び止められたことが二回、ラブレターは三通来た。相手の顔や名前を一度も記憶しないままに、シェイラはすぐさま拒絶する。そういう時、シェイラは相手の男に嫌悪と怒りを感じるようになっていた。
一日の授業が終わり、くたくたになって部屋に戻ると、勉強机に手紙が置かれていた。直接手渡してほしいと言ったのにと、メイドに対して微かに憤る。開封されていないのは良いとして、裏を見ると、知らない男の名前。これで完全に気分が悪くなる。
「一応教えてあげるけど、それは子爵の長男よ。この間も教えてあげたけど、あなたは覚えていないでしょうから」
エリザベスがやって来てそう言った。
「あら、そうなの」
シェイラは座って返信の作業に取り掛かる。本当はこうした手紙に時間を割くことが腹立たしかった。けれど、礼儀を守るために、仕方なく返事を出している。
「また断るの?」
エリザベスが覗き込んでくる。
「ええ」
中に目を通すと、完全にアーロンの代筆だった。腹の底がイライラしてくる。アーロンは大事な手紙に代筆は常識だと言っていたけれど、シェイラは許せなかった。
「ふうん……相変わらず余裕よね。あなたはいくらでも男が寄ってくるものね。そのキレイな顔と身体を使えば、いつでも好きな時に、好きな男を、好きなだけ、自分のモノに出来るものね! わたしにも貴族の息子を分けて欲しいものだわ」
迂闊にも、エリザベスの機嫌が悪いということに、そこで初めて気が付いた。性格のこういう所は全然変わらないのだ。
「変なこと言わないでよ。わたしはただ、心に決めた人がいるから、それ以外の人には断っているというだけなんだから」
「心に決めた人?」
エリザベスが怪訝そうに片眉を上げる。ややあって、はっと息を呑んだ。
「いやだ! あなた、まだ貧しい家庭教師に未練があるの?」
「その通りだけど、どうして驚くの? ずっと一人の人を好きなのは、そんなにおかしいことなの?」
なんだか突っ掛りたくなって、言い返した声が上ずっている。シェイラも機嫌が悪かった。
「ちょっと待って、いつの間にか、よりを戻したの?」
「戻してない! 会ってもいないのに戻るわけがないわ」
「連絡は取っているの?」
「取っていない……」
「いつから会っていないわけ?」
「三月から……」
エリザベスがにやりとした。
「バカな子ね。向こうはとっくに忘れてるわよ」
「それが忘れていないのよ。向こうも私のことをまだ好きでいてくれているの」
シェイラは負けていなかった。エリザベスのこめかみがピクリと動いた。
「いやに自信があるのね」
「本人には会ってないけど、ハートさんが教えてくれたから……」
エリザベスはふんと鼻を鳴らした。
「勝手にしなさい! 貧乏人なんか、早く忘れた方が身のためだと思うけど」
そう言い捨てて、行ってしまった。シェイラは苛立ちが収まらないままに、返事を書く作業に戻った。
十一月が終わりに近づいていた。西日が黄色い葉っぱをキラキラさせて、鳥の声が高い空に昇って行く。今年最後の理事会が行われたその日、シェイラは正面入り口前でハート氏を待っていた。
とうに他の理事は帰ったのに、なぜパメラに気を使って、今か今かと外で待ち構えていなければならないのか。構わず会議室まで行こうと思い立ち、足を踏み入れたら、ちょうどハート氏とパメラが談笑しながら廊下の角を曲がって来るところだった。
「見て、またあの子だわ。あの子はいつも何の用事であなたに?」
隣のハート氏にすり寄って、パメラがそう耳打ちした。まるで自分の方が親しいような口ぶりに、シェイラは唖然とした。
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